【短編小説】「お届け物です。」リターンズ
「お届け物です。」
玄関ドアを開けた私の目に飛び込んできたのは、大きな段ボール箱を抱えた宅配便の人の姿だった。
デジャブ。
私は頭を抱えたくなった。
去年も同じ光景が、目の前に繰り広げられた気がする。
「住所、氏名、あっていますか?」
私に向けて、宅配伝票を見せて、相手は問う。
去年と同じ人かどうかは分からない。
私がその場に立ち尽くしていると、相手は訝しげな表情をした後、「あの・・。」と戸惑ったような声をあげた。
その言葉にハッとして、私はその伝票に視線を走らせる。
確かに私の住所、氏名が記載されていた。
問題は、ご依頼主のところにも、『同上』と書かれていて、しかも、品名のところには、『肉』と書かれている。
去年と全く同じ。
段ボール箱自体は、私がよく使っている通販のものだ。クリスマスが近いせいか、張られている紙テープが赤くて、クリスマスモチーフが散りばめられている。他にも『なまもの』のラベルがペタリと張られている。大きさで言うと、今、段ボールを抱えている人の上半身くらい。かなり大きい。
これも去年と同じ。
もちろん、この荷物に覚えはなかったが、宅配伝票の筆跡は見覚えがあった。私は一瞬考えたが、受け取りを拒否はせず、その問いに答えた。
「あっています。」
「では、ここにハンコかサインをお願いします。」
私は差し出された宅配伝票を受け取り、ハンコを言われたところに押す。
「そこに置いていいですか?」
「はい、かまいません。」
段ボール箱は、そっと玄関の床に置かれた。置いた様子を見る限り、重くはなさそうだった。
これも去年と同じ。
「ありがとうございました。」
宅配便の人は、キャップのツバを指先で持ち、軽く頭を下げると、玄関から外に出て行った。私はその背中に「ありがとうございました。」と声をかけた後、玄関の鍵を閉め、床に置かれた段ボール箱と向かい合う。
思わずため息が漏れた。
私は今年、七夕に『今年のクリスマスに、好きな人と2人で過ごせますように』とは願ってない。去年はそのせいで、大変なクリスマスになった。
確かに願いは叶ったけど、その後一緒にケーキを食べて、一緒にバイトへ行っただけだ。彼が着替えるために、家に寄ったから、私も上がらせてもらったけど、それだけだ。
その後、私たちの距離が縮まったかというと、バイト先では相変わらず仲良くしてもらってるし、バイト以外で2人で会ったこともある。でも、私は自分の気持ちは打ち明けてないし、彼からも、はっきりとしたことは言われてない。
ただ、今年は、クリスマスにバイトは入れてない。しかも、その好きな人は、私の家にこれから来る予定になってる。お互い、クリスマスの予定がないと言い合い、どうせなら一緒に祝おうという話になった。ゆっくり過ごしたいから、バイトも入れるのを止めようとなった。バイト先はよく働く2人が入らなくて、今頃大変だろうとは思う。
だから、私は朝から浮かれていた。本当に分かりやすいくらい浮かれてた。
仲のいい友達が見ていたら、「ちょっとは落ち着け」と言われるくらいに。
私の家から出るか分からないのに、ちゃんと女性らしい恰好もしてるし、メイクだってヘアセットだって、普段より時間をかけてしてる。
もちろん、バイト先でだって会うから、普段から全くしてないわけではないけど。バイトはバイトだから、気合を入れると、他の人にいろいろ突っ込まれる。ちゃんとTPOはわきまえてるのだ。
なのに、なぜこれが届いちゃうんだろう。
そして、これの中には何が入ってるのか。
私はしばらくその箱を見つめていたが、箱に変化はない。
前回は中から叩くような音がして、大きく震えたのに、段ボール箱は音もたてずに鎮座してる。軽く、段ボール箱を叩いてみたけど、何の反応もない。
私は手元にある宅配伝票の控えに目を落とす。そこに書かれた筆跡は、前回と同じく私のものだった。
私はもう一度大きなため息をつくと、段ボール箱上部の紙テープを手で剥がした。剥がしても蓋が閉まったまま。私は恐る恐る蓋を開く。
私の目に入ったのは、男性が気持ちよさそうに寝息を立てながら、寝ている姿だった。それを見て、安堵の息を吐く。同時に「よく寝られるな、この人。」と考えたことは、私の頭の奥の奥にしまっておこう。
「山城さん。起きてください。」
腕を中に入れて、彼の肩に手を置き、体を揺らすと同時に声をかける。しばらくすると、彼の目がうっすらと開く。
「神木・・。」
「そうです。神木です。目、覚めましたか?」
彼は、目を瞬かせ、大きく伸びをした。そして、私に目を止めると、表情を緩める。
「綺麗だな。神木。」
「・・ちゃんと整えましたから。って、そうじゃなくて、なぜまた宅配されてるんですか。」
彼は私の言葉に、私に視線を固定したまま、自分の顎を触った。
「神木の家に来ようと、自宅を出たら。」
「出たら?」
「突然、頭の上に何か被せられて。」
私は何も言えなくなって、口を噤む。
「体が揺れるから運ばれてるなとは思ったんだけど。その揺れが気持ちよくて、眠くなってきて。昨日、よく眠れなかったから。」
「昨日もバイトでしたっけ?」
「確かにバイトは入ったけど、それが理由じゃなくて・・何か目が冴えちゃって。」
「・・そこから出てください。」
彼は、私の言葉に頷くと、そろそろと段ボール箱から出てきた。その間、箱がひっくり返らないように、私が箱の側面を支える。
出てきた彼は、ロングコートを羽織った綺麗めな姿をしていた。少なくとも普段バイトに来る恰好とは違う。髪もヘアワックスでアレンジしているらしい。
あ、やばい。かっこいい。
ずっと見つめてると、顔が赤くなるか、ゆるゆるで見ていられない表情になりそうで、私は少し視線を外す。
彼は段ボール箱の中で脱いだ靴を手にすると、私に断って、玄関に置きに行く。戻ってきた彼は、コートを脱いで、軽く頭を振った。
「まぁ、目的地に運んでくれたんだから、良しとしよう。」
「聞いたことないです。タクシー代わりですか?」
「外は全く見えないけどな。」
相変わらず、物事に動じない人だ。それどころか、この状況を楽しんでる。
私は改めて目の前の段ボール箱を見た後、中を覗き込んだ。
箱の中には、小さな紙袋が一つ残されている。
「これは?」
「あぁ、プレゼント。」
「もしかして、私にですか?」
「そう。クリスマスだし。」
彼は、段ボール箱の中に身を乗り出すと、紙袋を取り上げて、私に差し出す。
私は紙袋を受け取って、なんで、私もプレゼントを用意しなかったのかと、自分を責めたくなった。
「私は・・何も準備してないです。」
「別にいいよ。気にしなくて。」
「・・開けてもいいですか?」
「どうぞ。」
彼に見守られながら、紙袋の中の小さな箱を開けると、中には水色の宝石がついたネックレスが入っていた。
「よかったら着けようか?」
「・・お願いします。」
背にかかった髪を前に払う。背後からネックレスをつける彼から意識を逸らそうと、私は声をかけた。
「山城さんが自分で買いに行ったんですか?」
「うん、まぁ。結構緊張した。」
「何て言って、買ったんですか?」
彼の手がピタリと止まった。
不思議に思って、私が振り向くと、彼の顔が思った以上に近くにあった。
「山城さん?」
私の顔を見ると、彼は私から距離を取って、「クリスマスプレゼントを買いたいと言って、店員の人に一緒に選んでもらった。」と答えた。
「・・誤解されませんでした?」
「誤解?」
私は、彼が着けてくれたネックレスに手を添える。
「恋人にあげるんだと思われませんでしたか?」
「店に来てる人は、自分か恋人へのプレゼントを買いに来ている人ばかりだった。」
「それはそうでしょう。クリスマス前ですし。」
「それが一番、神木に似合いそうだから選んだ。」
「・・ありがとうございます。」
バイト仲間にネックレスをプレゼントしようと、あまり思わないんじゃないかな。少しは意識してもらってるなら、それはそれで嬉しい。私は緩む口元を手で隠す。背後にいる彼には見られないだろうけど、私は今、見られては困る表情をしてると思う。
「とても、嬉しいです。」
「気に入ってくれたなら、良かった。」
「今日は無理ですけど、私もお返し、用意しますね。」
「自分は一緒にクリスマスを過ごせるだけで十分だけど。」
「・・はぁ、ダメです。全然足りません。」
「じゃあ、リクエストしてもいいか?」
彼が耳元に自分の願いを囁く。
そして、私の顔に手を当てて、嬉しそうに笑ってみせた。
逆にそれを聞いた私は、こう思う。
やっぱり私は、彼には勝てない。
終
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