見出し画像

【短編小説】本当にそれでいいのですか?♯一つの願いを叶える者

note一周年記念を祝して、書き上げた短編です。

職場の入っているオフィスビルを出て、最寄り駅までの国道横の道を歩く。国道の車通りは激しい。どうせ、まっすぐ帰っても、少し寄り道しても、帰る時間はそれほど変わらない。家では、妻が夕食を準備して、帰りを待っていることは分かっていたが、僕は、最寄り駅への地下への階段の脇を通り抜けて、その先の歩道橋を登った。

歩道橋の、国道のちょうど中央辺りで、足を止めて、下の国道を見つめた。
光の川だ。色とりどりの光が、国道を走っていく。
どれくらい、ぼうっとその光の川を眺めていただろうか。ふと気づくと、隣に人が立って、僕と同じように光の川を見つめていた。

相手は、僕の視線に気づいたのか、こちらを向いて、ふんわりとしたとらえどころのない笑みを浮かべた。
短い髪、白い長そでのスウェットを着て、下は白いジーンズ。スニーカーまで白。全身白一色の姿は、夜の暗闇の中、浮かび上がって見える。オフィス街では、まずお目にかかれない服装だ。

顔立ちは中性的で、年齢や性別ははっきりとしなかった。ただ、この辺りで普通に歩いていたら、人目を引いた事だろうと思う。でも、この歩道橋の上にいるのは、僕とその人物しかいなかった。もしかして、自殺でも考えたりしていないだろうか?と、ちょっと身構えた。

その人物は、僕の顔を見つめた後、腕を広げて、こう言った。
「貴方は選ばれました。貴方の願いを一つ叶えましょう。」
「何を言っているのか分からないが、からかっているのか?」
「いえ、言葉の通りです。」
彼または彼女は、真面目な表情でそう答える。

「私は貴方の願いを叶える者。貴方の願いを一つ伺ったら、それを叶えて差し上げます。」
「願い。」
「そう、願いです。何でも構いませんが、叶えられるのは一つだけです。また、叶えられる願いを複数にすることはできません。叶えられるのは・・。」
そう言って、相手は僕の目の前に人差し指を立ててみせる。

「一つだけです。」

もし、僕と同じように目の前に、一つの願いを叶える者が現れたら、君は何を願うだろうか?

僕はそう言われて、今となっては絶対に叶わないことを願うべきだと思った。努力などで叶うものではないもの。
確かに今の生活は幸せだ。だが、幸せであればあるほど、今の生活に張り合いがないと感じれば感じるほど、自分はあの時こうしていればと思ってしまうんだ。

「僕は、大学生の時に付き合っていた美空みそらに、プロポーズしたいんだ。」

僕は、大学生の時に、同じ大学に通っていた美空と知り合った。そして、美空と恋人同士になったが、大学卒業と同時に、美空は地元に帰って、そちらで就職をすることになった。いわゆるUターンだ。だが、僕は大学近くの大都市での就職を選んだ。お互い結婚は考えていたが、地元に帰りたい彼女と、大都市で自分の力を試したい僕とでは、将来進む道が合わなかった。

だから、結局僕は彼女にプロポーズすることなく、大学卒業と同時に別れた。別れる時は二人とも涙を流して、相手を責め合った。それから、美空とは連絡は取っていない。彼女と僕の地元は違うので、彼女が今どうしているのかは分からない。僕はその後、友達の紹介で知り合った彩香あやかと結婚した。彩香との生活は、刺激はないが、幸せだ。だが、どうしても、美空のことを事あるごとに思い出してしまうのだ。彩香には悪いと思いつつも。

「それは、貴方が大学生の時に時間を戻せとおっしゃっていますか?」
「できないのか?」
「できますけど。プロポーズしたら、受けてもらえるのですか?その美空さんという方に。」

そう問われて、僕はどうだろうかと考える。彼女の故郷に自分も一緒に行って就職するとなったら、受けてくれたのではないだろうか?ただ、そう問われると自信がなくなってくる。

「であれば、貴方は今結婚しているんですよね?」
その言葉に僕が頷くと、相手は少し考えるように宙を見つめた後、僕に視線を向けた。
「今結婚されている方と、その美空さんとを入れ替えることは可能ですよ。」
「どういう意味だ?」

「つまり、貴方が美空さんと結婚したことにできます。」
「本当に?」
「はい。ただし、貴方が美空さんを結婚したことに合うように、周囲の記憶、つまりこの世界が補正されます。そして、この願いを取り消すことはもちろんできませんし、貴方の今の生活、つまり今の結婚されている方との生活はなかったことになります。」
本当にそれでいいのですか?と、相手は続けて問いかけた。

たぶん、彩香とは出会わなかったことになるんだろう。彩香のことは、もちろん愛している。だから、結婚したし、今の生活は幸せだと思う。それでも、僕はその提案に抗えなかった。僕は思っていた以上に、美空と別れたことを後悔しているらしかった。

僕が頷くと、相手はまたふんわりとした笑みを浮かべて言った。

「貴方の願いは叶えました。」


枕元の目覚まし時計が、けたたましく鳴った。止めて、その場に起き上がり、大きく伸びをする。もう、妻はパートに出かけて、家にはいないだろう。
僕は、手早く朝の支度をし、職場に向かう。

僕の職場は、ロードサイドに面したチェーン店でもある本屋だ。そこにいる店員の内、店長を除いた唯一の正社員。他はパートやアルバイト。店長がいない間は、店の責任者となる。休みはシフト制で、また店長の予定に大きく左右される。基本給が安いから、残業代で給料を稼がないとならない。自然と夜中近くまで働くようになった。

それでも家計は豊かとはいえないから、妻の美空には週何回かパートに出てもらっている。大学卒業と同時に結婚し、妻の地元に移って、僕は就職したが、彼女は1年ほどで仕事を辞めてしまった。職場での折り合いが良くなかったと言っているが、実際はどうなのかよく分からない。だから、パートに出てほしいと言った時も、散々文句を言われた。

僕だって、本当は外資系のIT企業の内定をも、もらっていたのに、彼女の地元に帰りたいという希望を受けて、そちらを蹴ったのだ。地方ではあまり希望する職がなく、結局は今の職場に落ち着いたが、美空に給与の低さをなげかれる度に、やはり、彼女と結婚せず、大学近くの大都市で就職していた方が良かったのでは、と思ってしまう。

気持ちが上がらないせいか、不規則なシフトのせいなのか、体調は良いとは言えなくなっている。美空に言ったところで、また自分の給与の話に差し替えられて、口論になるかもしれないと思うと、僕は口をつぐんでしまう。

今日は珍しく店長と一緒のシフトになった。店長は僕の顔を見るなり、心配そうに「顔色が悪いね。」と言った。
僕は、軽く「そうですか?」と返して、今日の予定を確認する。
体調が悪いと感じるのはしょっちゅうだ。今更辛いとも思わない。
店長は、「辛かったら、休んでくれて構わないから。」と言って、バックヤードを出ていく。僕はそれを見送って、返品作業をしようと、椅子から立ち上がった。

が、立ち上がれなかった。
頭がくらっとして、足がもつれた。
体の側面が床に叩きつけられる。視界が徐々に暗くなる。
背後のドアが開き、店長が僕を呼ぶ声。更にはその時に入っていたパート店員の声も聞こえた。

これは・・だめかもな。

そう思って、僕はまぶたを閉じた。


光の川だ。色とりどりの光が、国道を走っていく。
どれくらい、ぼうっとその光の川を眺めていただろうか。ふと気づくと、隣に人が立って、僕と同じように光の川を見つめていた。

相手は、僕の視線に気づいたのか、こちらを向いて、ふんわりとしたとらえどころのない笑みを浮かべた。
短い髪、白い長そでのスウェットを着て、下は白いジーンズ。スニーカーまで白。全身白一色の姿は、夜の暗闇の中、浮かび上がって見える。オフィス街では、まずお目にかかれない服装だ。

顔立ちは中性的で、年齢や性別ははっきりとしなかった。ただ、この辺りで普通に歩いていたら、人目を引いた事だろうと思う。でも、この歩道橋の上にいるのは、僕とその人物しかいなかった。もしかして、自殺でも考えたりしていないだろうか?と、ちょっと身構えた。

その人物は、僕の顔を見つめた後、クルリときびすを返して、僕に背を向けて歩き始めた。僕はそれも何も言えずに見送った。腕時計で確認すると、思った以上に、ここで国道を見下ろしていたらしい。流石にこれ以上は、妻が心配するだろう。

僕は歩いてきた道を戻って、妻、彩香が待つ自宅へと歩を進めた。

この結末になった理由は、以下の短編を読んでいただくと分かります。


一つの願いを叶えてくれるものが出てくる関連短編は、以下マガジンにまとめてあります。

「願い」リクエスト、一つの願いを叶える者が出てくる短編を書いてくださる方、随時募集中です。9月22日に、短編を書いてくださった方がいらっしゃいましたので、紹介しています。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。