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【短編小説】好きだけど別れてみたら 古内莉乃視点/有森・古内シリーズその19

天気は良くなった。でもまだ肌寒い。
ずっと待っていた卒業式は、あっという間に終わってしまい、学校では、よそよそしい付き合いをしていた彼とも、笑顔で別れることができた。
いつの間にかなくなっていた第2ボタンの行方を、彼は周囲から指摘をされていたが、「落としたんじゃないか?」としらばっくれていた。

意味ありげな視線を向ける杏奈あんなに、私はそ知らぬふりをしてみせる。
元々着いていた予備ボタンを、彼が外しただけの話だ。第2ボタンはもう一年以上前から私の制服のポケットの中に入ったままなのに。
他の制服のボタンを渡すことはしなかったらしい。多分後から私に指摘されることを嫌がったのだろう。・・でも、もう少ししたら、私はそれを指摘する立場でもなくなるのだけど。

進学する高校が違ってしまう杏奈とは、涙のお別れをした。
と言っても、お互い会おうと思えば会える位置にいる。きっと、高校進学してしばらくは頻繁にやり取りをするのだろうと思った。

私が行く高校には、仲のいい友達(友達はそれほど多くない)がいない。今から高校に慣れることを考えると、気が重くなる。電車通学も始まるし。そんな私のことを分かっている杏奈は、「たくさん連絡するから!」と宣言してくれた。とても心強い。

そして、卒業式に別れた私達は、こうして、川沿いの桜並木の下に立っている。残念ながら、桜は全く咲いていない。天気が良くて、綺麗な青空が広がっていた。まるで、私達の未来を応援してくれるような、元気の出る青さだった。

「とうとうこの日が来ちゃったな。」
「そうだね。来てしまいました。」

隣に立っている有森君は、足元に黒のボストンバッグを持っていた。
これから彼は、新幹線で進学する高校の寮に向かうのだ。既に引っ越しの荷物は送ってあって、後は身一つで向かえばいいらしい。

つまり、今日で私達は別れるということ。

「本当に早かったな。一年間。」
「付き合って、ちょうど一年だったね。」
「どうだった?僕と付き合ってみて。」
「とっても楽しかった。・・ずっと続けばいいと思うくらい。」
「僕も楽しかったけど、なんか自分の情けなさを感じることも多かったな。」
「そう?」

彼は私に向かって、頭をかいてみせる。

「何か、今まで知らなかった自分のことも知ったような気がする。」
「・・それは何となく気持ちが分かるかも。」
「これからも自分はいろんなことを知りながら、成長していくんだろうな。」
「そうだよ。まだまだだよ。私達まだ15歳だし。」

そう、私達はまだ15歳の子どもでしかない。優先するのは、自分のはっきりと分かっている将来へ繋がる道だ。

「僕は、もっといろんなことを知って、成長して、それからまた戻ってくるから。」
「・・・。」
「その時には連絡する。連絡にはちゃんと応えてくれるよね?」
「うん。別れても、私にとって有森君は特別な人だから。」

そう言ったら、彼はその目を見開いた後、嬉しそうに笑った。私も何とか彼の笑顔に呼応するように笑ってみせたけど、うまくいっているかどうかは分からない。

「特別だと思ってくれるの?」
「当たり前だよ。」
「そうか、少し元気出た。」
「・・私にも、その元気を分けてほしい。」

彼は、無言で私の体を引き寄せて、強く抱きしめてくれた。涙がこらえきれなくて、彼の服を濡らしてしまう。

「別れる時に言うことじゃないけど。僕は本当に莉乃りののことが好きだよ。」
「私も、・・理仁りひとのことが好き。」
「・・最後に名前呼び捨てにするなんてずるい。」
「だって、これが最後だから。」

顔を上げた彼の目尻から、透明なしずくあふれた。私が手で拭おうとする前に、彼が自分でやや強引に袖で拭った。それでも拭いきれなくて、ポロポロ溢れてくる。私も多分同じだ。さっきから涙腺るいせんがおかしなことになっていて、全く涙が止められない。

「笑顔で別れようと思ってたのに。」
「卒業式の時は、我慢できたのにね。」
「あれは、学校では隠してたし。」
「今は思いっきり泣こうよ。泣くとスッキリすると思う。」

私の言葉に彼は少しあきれたように答える。

「これから電車や新幹線、乗り継ぐ身になってよ。」
「私も明日は顔が大変なことになってると思う。」
「でも、春休みだし。」
「家に引きこもると思う。」
「また、莉乃の家に遊びに行きたかったな。」
「来ればいいじゃない。好きな時に。」

彼は軽く息を吐くと、私の前髪を払って、おでこにキスをする。私は彼がキスをしたところに手を当てて、彼を見上げた。

「もう、私達は付き合ってないんだから。」
「・・これは、おまじない。」
「何の?」
「それは言わない。」

彼は、私に言わないことが多すぎる。私は不満げに彼を睨みつけた。
今度、彼に会った時には問い正してやろうと、心に刻む。

彼の泣き笑いの顔や、大好きな髪の手触りや、その優しい声や、自分とは違う長いひんやりとした指や、今までに一緒に過ごした思い出とか、それら彼に関するもの全てと共に。

「今までありがとう。理仁。」
「一人でいる時に泣くなよ。莉乃は結構泣き虫だから。心配。」
「もっと強くなるよ。次に会うまでには。」
「寂しくて我慢できなくなったら、連絡してほしい。」

彼は、そう言って、優しい笑みを浮かべる。

「そうしたら、幾らでも慰めてあげられるから。」
そう言って、彼は私の髪を撫でた。横の髪を三つ編みにして後ろでまとめた髪形。彼を意識するきっかけになった髪形。

やっぱり、私は理仁のことが。

私はもう片方の手を、決意を込めて、指を絡めて握った。

次回の「好きだけど別れてみたら 有森視点」で、有森・古内シリーズは最終回予定です。切りよく20回にしてみました。


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