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【小説】恋愛なんてよく分からない(仮) 第8話 好きな人

第8話 好きな人

日当たりのよい窓辺に置かれた椅子の上で、うとうとと微睡まどんでいる女性の顔を、その隣に立って、じっと見つめる。

波打った黄色い髪、肌の色は白く、ディートヘルムと同じように大きな耳が生えている。見た目は20代後半くらいの女性だ。見た目と実年齢はかなり異なってるが、魔人としてはさほど珍しくもない。

伯母上おばうえ。」
少し強めの口調で声をかけると、エステファニアのまぶたが開き、紫色の瞳がディートヘルムに向けられた。

「あら、ディータ。久しぶりね。」
「このようなところで寝ていると、体調を崩されますよ。」
「大丈夫よ。今日は暖かいもの。」

エステファニアは、ニッコリと笑みをこちらに向けると、ディートヘルムに椅子に座るよううながした。ディートヘルムについてきた侍女が、卓に手早くお茶の用意をしていく。

「伯母上は、将来どうされたいとか、希望はないのですか?」
ディートヘルムが彼女に問いかけると、彼女は目をまたたかせた後、くすくすと笑った。

「私は、ここでのんびり過ごせれば、それで十分だわ。」
「じゃあ、もちろん、魔王の座なども望まれませんよね?」
「そうね。私に務まるとも思えないし。どうしたの?魔王の座を捨てたいの?」
「捨てようかとも思いましたが、ちょっと興味のあることが出てきたので、まだしばらくはこのままでいようかと。」

彼女は、頬に手をやって、首を傾げる。

「貴方は、しっかりしているようでいて、不安定なところがあるから心配だわ。」
「不安定・・ですか?」
「突然、ふらっといなくなりそうなところが。弟に似て。」
「父上にですか?」
「そう。あの子も魔王に成ったのに、貴方が大きくなった頃にいなくなってしまったから。」

エステファニアの弟、ディートヘルムの父である前魔王は、ディートヘルムがよわい10くらいの頃に、姿を消している。そのため、血縁であるディートヘルムが魔王と成った。

母が誰かは知らない。物心ついた頃には、既に母の姿はなかった。父に聞いてもいなくなったとしか聞かされなかった。エステファニアもそのことについては口を閉ざしている。

彼女はディートヘルムを見て、フッと笑ってみせる。

「好きな人でもできたら、変わるかしら?」
「・・伯母上は、今までに好きな人はいらっしゃったのですか?」

そう問いかけると、彼女はその顔を曇らせた。聞いてはいけないことを、聞いてしまったらしい。

「失礼なことをお聞きしました。」
「いいのよ。今はもういない人だから。」

彼女が自嘲的じちょうてきな笑みを浮かべる。普段の彼女がしない表情に、ディートヘルムは口をつぐむ。

あの穏やかな伯母上がそのような表情を見せるのだ。人を好きになるということは、やはり心を震わせることなのだろうか?そして、自分にそれができるのだろうか?

好きな人ができれば、この退屈な毎日も払拭ふっしょくされるのか?

ディートヘルムがここアンガーミュラーの血を治めてから20年。
元々安定した治世を引き継いだこともあり、特段大変な思いをしたこともない。彼はこの安定した生活に飽いていた。

父も、同じようなことを考え、いなくなったのかもしれない。時折、遠くに向けられた視線はどこに向けられていたのだろう。

「ディータ?」
フッと意識を戻すと、目の前で彼女が心配そうに見つめていた。

「伯母上。私もつがいを探してみようと思うのです。子を儲けたいので。」
「それはいいかもしれないけど。見つけようとして見つかるものかしらね?」
「もし、見つからなかったら、伯母上が私の番になってくださいますか?」
「私と貴方は、番にはなれないわ。・・血が近すぎるから。」

ディートヘルムの言葉に、彼女はフフッと笑った。

「ディータ。貴方は不安なのですね。」
「不安・・そうかもしれません。私には人を好きになるという気持ちがよく分かりません。」
「そうね。少なくともその相手と離れていたくはないと思うかしら。一緒にいたいと願うわね。急ぐ必要はないのではないかしら。貴方にもその内現れるでしょう。」

ディートヘルムは、まだ誰かを好きになったことがない。だから、興味を持って、手を出してみたくなったのだ。ディートヘルムが持っていない絆を持っている、あの2人に。

第9話に続く

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