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【小説】恋愛なんてよく分からない(仮) 第9話 非常勤講師

第9話 非常勤講師

「今日から、しばらくの間、魔法学を担当することになったカミュスヤーナです。」

生徒に向かって挨拶をすると、生徒たちから黄色い歓声が上がった。

なぜだろう。女子生徒だけでなく、男子生徒も歓声を上げているのは。

カミュスヤーナの斜め後ろでは、そんな生徒の様子を言葉なく見つめている、テラスティーネの姿があった。

結局のところ、テラスティーネにかけられた術を解除するのに、薬を作らなくてはならなかったが、その作り方が分からなかった。

薬学に精通している、テラスティーネの父アルフォンスに、事情を話したところ、薬の作り方は分かったが、問題は、それらの素材がすべて手に入りにくい物であることだった。
素材を集めるのには、アルフォンスも協力をしてくれるという。

素材は折を見て集めていくとして、それらを調合する場所だが、普段使っている自身の工房では、設備が足りないことが分かっていた。

前回、疫病えきびょうの薬を調合した時は、元々自分が、疫病にかかりにくいことが早々に分かっていたことから、自分の魔力に似た素材を集めて調合すればよく、それほど設備は必要としなかった。

今回は使う素材も初めてだし、アルフォンスからも、特殊な調合を合わせないと、薬を作るのが難しいと言われていた。カミュスヤーナが調合の場として、目をつけたのは、いんにある薬学系の研究室にある調合室だった。

薬学系の研究室を担当している講師は、カミュスヤーナが院にいた時からいる者で、彼は面識があった。院の学生が使っていない間、一時的に調合室を借り受けたい話をしたところ、その申し出は受け付けられた。

その交換条件として出されたのが、今回カミュスヤーナが魔法学の非常勤講師に就くことだった。

元々魔法学を教えられる人材が不足していること。そして、既に非常勤講師として務めていたテラスティーネが、術をかけられ、一人で講師を務めるのには不安があること(院側には、やまいわずらい、サポート役がいないと講師をするのが難しい旨、領主のアルスカインから説明されている)。など、複数の要件が重なり、ならば、テラスティーネと共に、魔法学を教えてほしいという話になってしまったのだ。

普段は摂政役せっしょうやくを務めているが、それも摂政役代理のフォルネスがいれば、カミュスヤーナが携わらなくても問題はない。普段魔人の住む地ユグレイティに行っている間は、フォルネスが摂政役を務めているのだから。

ただ、テラスティーネに関しては、魔王が関わっているから、カミュスヤーナ以外に対応できる者がいない。アルスカインからも「薬の調合をしつつ、非常勤講師を務めてきてください。」と社交的な笑みと共に言われてしまっては、断ることもできない。

庶務しょむをするのに使う部屋は、テラスティーネと共用することになった。テラスティーネも、カミュスヤーナが命を与えれば、講師を務めることは問題なくできる。だが、命以上のことはしないということにもなる。

だから、生徒の前で講義をするのは、テラスティーネに任せ、授業の進め方や生徒の相談を受けるのはカミュスヤーナが行うことにした。いろいろ判断が必要なことを、カミュスヤーナが一挙に行うことにしたのだ。

今回カミュスヤーナたちが受け持つ生徒の中に、突出した能力を持つ者は、今部屋のソファーに座って、堂々とお茶を飲んでいる彼以外はいなかった。

「だから、なぜここにそなたがいる?」
「それは、もちろん。興味のある先生方が揃っているからに決まっているではありませんか?」

桃色の髪に、黄色の瞳を持つ少年。魔王ディートヘルム改め、ディートリヒは、ニッコリと笑みを浮かべる。
頬杖をついて、息を吐くカミュスヤーナの隣で、小首を傾げて、テラスティーネが彼の様子を見つめている。

ディートリヒは、がらりと口調を変えて、告げる。

「それにしても、まさか術の対象を変えるなんてね。いろいろ考えるね。貴方も。」
「褒めているのか、けなしているのか分からないが、さっさと彼女にかかっている術を解いてもらいたいものだ。」
「それは、しないっていったでしょう?自分たちで頑張って。」

「カミュスヤーナ様に何かされるのであれば、私が相手になります。」
「へぇ。君が?一体何ができるの?」

あざるようにディートリヒは、テラスティーネに向かって告げる。テラスティーネは、右のてのひらを上にかざした。掌の上が白く光ったかと思うと、光が細剣レイピアの形に姿を変える。

テラスティーネは、その剣の柄を持って、ディートリヒに対して、剣先を向けた。

「テラスティーネ?」
テラスティーネが剣を扱っているのを初めて見て、カミュスヤーナは声を上げた。

「お父様にお願いして、扱い方を教えていただいたのです。」
カミュスヤーナとディートリヒの間に立って、こちらを見ずに彼女は声を発した。

確かに彼女の父のアルフォンスは、以前エステンダッシュ領の騎士団長を務めており、剣の腕に優れている。カミュスヤーナ自身も彼から剣術を習った。だが、いつの間に彼女は剣術など習っていたのだろうか?

「術はしっかりかかっているみたいだね。流石だな。私は。」
ディートリヒは、テラスティーネを見て自画自賛して笑った。

「でも、この場で何かするつもりはないから、武装を解いてほしいな。先生。」
「テラスティーネ。剣を収めよ。」
「承知しました。」

テラスティーネは右手を軽く振って、細剣を消した。

「貴方たちに興味があるのは確かだけど、今のところ観察?以外に何か仕掛けるつもりはないよ。できれば、近くで見ておきたいだけだから。それに、私の正体を知っているのが、貴方たちだけだから、ここは自分を繕わなくてよくて、居心地がいい。」

「そなたは、ここでは生徒、我々は講師だ。余に度が過ぎた振舞いは、そなたの居心地を悪くするぞ。」
「そうですね。先生。せいぜい気をつけます。」

彼は、その黄色い瞳を細めて、あでやかに笑った。

第10話に続く

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