【連作短編】一つの願いを叶える者 第六話 お気に召しましたでしょうか?
第六話 お気に召しましたでしょうか?
「容姿を変えたいというのが、貴方の願いですか?」
新島絵里の前で、白い靄でできた人が首を傾げるようなしぐさを見せた。
「そう。だって、私、顔は大きいし、目は小さくて一重だし、鼻は丸いし、唇は分厚いし、いい所なんてどこにもない。」
「すみません。私には人の美醜というものが分からないのです。私は、貴方の顔にいい所がないなどとは思いませんが。」
「ダメなの。とにかくダメ。私の顔をモデルのように綺麗にしてほしいの。」
「モデルのように・・ですか。」
相手は困ったように呟いた。
「まさか、できないなんて言わないわよね?何でも願いを叶えるって言ったでしょ?」
私が言葉を連ねると、相手は少し考えるように口を噤んだ。
「いえ、できます。ですが、先ほど言った通り、私には人の美醜が分かりません。できれば、何か参考になる写真とかはありませんか?その写真の通りに変更することはできます。」
「・・そしたら、そっくりな顔の人が、2人存在することになっちゃうじゃない。」
「そうですね。。では、複数の人をパーツに分けて参考にするのはどうでしょうか。」
なるほど、それはいい考えだ。
絵里は、部屋の本棚にあった女性ファッション誌を持って来て、相手の前に広げた。
「目はこれで、鼻はこれ、口はこれで、顔の輪郭はこれで・・。」
相手は、絵里が指さす女性モデルの写真を言葉なく見つめる。そして、その写真を左手で触りつつ、絵里の顔を右手で撫でていった。
近くで見ても白い靄のようなのに、手で触れられる感覚は確かにある。絵里はそれをくすぐったく感じながら、白い靄の人をじっと見つめた。
この白い靄の人物は、突然、絵里の目の前に現れた。短い髪、白く体のラインを拾わない服を着ているように見え、年齢や性別は分からなかった。
そして、彼もしくは彼女は、絵里に向かって、その腕を広げて、こう言った。
「貴方は選ばれました。貴方の願いを一つ叶えましょう。」
その後、相手が説明した内容によると、絵里の願いを一つだけ叶え、叶えたら消える。叶えることに見返りや代償は必要ない。そして、一つだけの願いを複数に変えることはできない。ということだった。なぜ、絵里が選ばれたのか、この白い人は何者なのか、そういったことは全く分からないという。
そして、絵里は願いを口にした。
「私の容姿を変えてほしい。」と。
絵里は、自分の容姿が、他の女性に比べて劣っていると思っていた。そのせいで、ひどいいじめにあったこともある。異性と付き合ったこともない。今まで自分の人生がうまくいっていないのは、全て自分の容姿のせいだと思っている。だから、叶えてくれる一つの願いに、迷わず自分の容姿を変えることを選んだ。
そうすれば、勝利さんとも付き合えるに違いない。
勝利は今の職場の同僚だ。上司には叱責を受けたり、他の同僚には無視されたりもするが、彼は、私に優しくしてくれる数少ない人だった。絵里は勝利のことが好きだった。でも、自分の容姿のせいで、告白しようにも、とても口にできなかった。
「はい。できました。」
白い靄の人が、絵里の顔から手を離す。絵里はすぐさま鏡がある洗面台に向かった。
鏡には、モデルのように美しい女性が映っていた。絵里が自分の顔に手を滑らせると、鏡に映った女性も同じように顔に手を滑らせた。
「これが、私・・。」
「お気に召しましたでしょうか?」
「すごい。すごいよ。完璧。」
絵里の言葉を受けて、相手は笑ったようだった。
「貴方の願いは叶えました。」
その言葉を最後に相手は姿を消した。
絵里が、会社に向かったところ、エレベーターホールで、同僚の角田勝利と一緒になった。
「おはようございます。角田さん。」
「・・おはようございます。」
絵里はその美しい顔に艶やかな笑みを浮かべるが、対する勝利の顔はどことなく強張っている。絵里は勝利の顔を見て、自分が何かしてしまっただろうかと不安になった。何か勝利に言葉をかけようと思うのだが、何を話していいか分からず、結局無言のまま、2人でエレベーターが来るのを待っていると、絵里の肩を叩く男性が現れた。
「絵里ちゃん。おはよう。」
「谷崎部長。おはようございます。」
絵里に挨拶をしたのは、彼女の上司である部長の谷崎だ。絵里は谷崎があまり好きではなかった。大体名前で呼んでくるところからして、馴れ馴れしいと思っている。でも、もちろん態度や言葉には出さない。
その内、絵里の周りに、出勤してきた職場の上司や同僚が集まってきて、彼女は勝利と話す機会を失った。その後も何とか勝利と話す機会を持ちたいのだが、職場の上司や同僚が、何かと理由をつけて彼女に絡んでくる。皆の目的はもちろん絵里と親しくなること。絵里はとても美しい容姿なので、人目を引く。特に異性の。
それを職場の女子社員が遠巻きに見つめている。皆いつもの光景だから、表立って口には出さないが、面白くはない。
「あれ?角田さんは新島さんのところには行かないんですか?」
女子社員の一人が、勝利に声をかけた。
「・・綺麗な人を前にすると、緊張して話せなくなるんだよね。」
「まぁ、確かに綺麗ですよね。新島さん。私もあんな綺麗な顔だったらよかったのに。」
勝利はそう言う女子社員の顔をじっと見つめる。
顔は大きいし、目は小さくて一重だし、鼻は丸いし、唇は分厚い。
「俺は君のような容姿の方が好きだけどね。」
そう言って勝利が微笑むと、女子社員は顔を赤くさせた。
終
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