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短編小説Only

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普段は長編小説を書いていますが、気分転換に短編も書いています。でも、この頻度は気分転換の枠を超えている。 短編小説の数が多くなってきたので、シリーズ化している(別のマガジンに入っ…
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#仕事

【短編小説】指の上に輝く星

通販サイトを眺めていて、気に入ったリングがあった。 夜空に輝く星をモチーフにして作られたものらしい。商品説明にそう書いてあった。七宝焼きを思わせる藍色の線に、キュービックジルコニアが星のように飾られている。 金額は高くなく、会社員としてもらっている給料で、自分へのご褒美に買うのに、何の躊躇もなく出せる価格帯。でも、欲しいものリストに入れて、いつまでも買わないでいるのには、理由がある。 それは、このリングは、ペアリングの片割れであるということ。 私には、もう一方のリングを

【短編小説】涙腺崩壊

自分の涙腺は、何が理由か分からないが、おかしくなってしまった。 それは、仕事の打ち合わせの時に、意見を求められた時。皆に向かって淡々と、意見を述べていたら、自分を見ていた他のメンバーの表情が驚きのものに変わっていく。それほど、変わったことを言っているわけでもない。どうしたのだろうかと思いつつも、自分の意見を言い終えると、皆が口々に自分に向かって、言葉を投げかける。 「どうした?飯岡?」 「体調でも悪いのか?」 「何か、あったんですか?」 皆が、心配そうな表情でこちらを見

【短編小説】気づかれないようにしてるけど愛してる。

遼生がスマホに目を向けながら、「木曜日、休みとったから。」と言った。その言葉に私は、洗い物から視線を上げて、彼の方を見たが、私に背を向けている彼は、もちろん気が付かない。 いつも、仕事バカの彼にしては、珍しいと思った。一応、私も休みを取ったほうがいいか聞いてはみたが、断られた。別に私と休みを過ごしたいわけでもないらしい。どこかに出かけるのかと聞いてみても、曖昧にはぐらかされた。 もしや、浮気でもしているんじゃないかと、疑念が浮かんだが、それなら休みを取ると私に言わなければ

【短編小説】僕たちは同じような事を考えてた。

自分しかいなかった部屋の隅に、いくつか段ボール箱が運ばれ、その持ち主が今日、こちらに向かって、ペコリと頭を下げた。 「これから、しばらく、よろしくお願いします。」 「・・気使わなくていいから。」 彼女は、僕の言葉を聞くと、顔をあげて、微笑んだ。 「本当にごめんね。芦田君しか頼れる人がいなかったの。」 「もう何度も聞いた。」 学生の時には、それなりにやり取りがあった彼女から連絡があったのは、一ヶ月ほど前の話。離婚することになった彼女が、次の仕事が見つかるまで、家に置いて

【短編】君を繋ぎ止めるためならば ♯2000字のホラー

俺が彼女に会ったのは、自分が大学生の時だった。 俺と彼女は学部が違ったが、人数合わせで連れてこられたコンパで、同じように迷惑そうな様子を隠さず、会場の隅で飲み物を飲んでいる彼女に出会った。 色白で、綺麗に肩あたりで当てられた内巻きカールの髪。着ている服も女性らしいもので、色はパステルカラー。多分笑っていたらかなり人目を引いただろうに、その表情がその様相にそぐわなかった。 自分のように人数合わせで参加させられたのだろう。友達がいる様子もなく、一人でぼんやりと会場を眺めていた。

【連作短編】笑う女 吉川4

私は小さい頃からよく泣く人間だった。 変に負けず嫌いだったから、自分の思ったように物事ができないと、悔しくて涙を流した。 小学校の通信簿の備考欄に、「よく泣く子」だと書かれるほどだった。 よく泣く子は、よく泣く人間に成長した。 社会人になっても、些細なミスや上司からの指摘にも、涙ぐんだ。さすがにその場で泣くことはなかったが、トイレや人のいないところを探して一人で泣いた。 だが、このままではいけないと思い、あれこれ考えた結果、行きついた結論は、仕事以外の場で意識的に涙を流す

【連作短編】泣く男 吉川3

映画のエンドロールを見ながら、俺は大きく息を吐いた。 手元にあるフェイスタオルで顔を拭う。タオルは大分湿っていて、顔も吐き出す息も熱かった。 隣に目をやると、まだ画面に視線がくぎ付けになっている彼女の姿があった。自分以上に涙を流しているのに、その涙を拭おうともせず、動きを止めている。 エンドロールが終わると同時に、深々と息を吐いて、隣にいる自分に今気づいたとばかりに視線を向けた。 「どうでしたか?」 「こんなに泣くとは思ってなかった。」 俺の言葉を聞いて、彼女はどうだと言

【連作短編】似た者同士?β2

突然だが、私は勤務時間外に仕事をすることが嫌いだ。 だから、残業や休日出勤もできる限りしたくはない。 残念ながら、今の職場は、ほぼ在宅勤務で、働く時間も厳密に管理されておらず、勤務時間というものも曖昧なところがある。 子どもが小さいうちはまだよかった。時間の融通が利くというのは、給料の高さよりも私にとってはメリットになった。 だが、子どもも大きくなってきた今、私はできれば、夜や休日は、それこそパソコンを立ち上げることすら、本当は嫌だと思っている。 キーボード操作をしていた

【連作短編】似た者同士 β1

水出ししたルイボスティーを飲みながら、目の前のパソコン画面に目を向ける。プログラムのソースを別の担当が構築したサーバーに対応するように書き換えていく。 今は自宅にいるのは、私だけだ。 妻と娘は、ここから離れたショッピングモールに買い物に出かけた。ランチもあちらでとると言っていたから、帰りは夕方になるだろう。 実際今日は連休中だ。でも、私は特に予定もないので、家のデスクにノートパソコンを置き、普通に仕事をしている。 パソコンに入れているグループウェアが反応する。 『言われてい

【連作短編】笑う男 吉川1

仕事で忙しい時、辛いと感じる時、自分は無理やりにでも、笑みを浮かべるようにしている。 いつも夜中に自宅に帰ることになっても。 休みの日に、自宅でパソコンの前で作業をしていることが増えても。 食事の大部分がコンビニ弁当となっても。 まぁ、無理やり笑みを浮かべようとしなくても、自然と笑えてはくるのだが。 この状況に。 笑みを浮かべていると、あいつは余裕があるんだなと思われるらしい。 一つの仕事が終わると、見計らったように違う仕事が降ってくる。 自分の手元には、常に数件の案件が並