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【短編小説】涙腺崩壊

自分の涙腺は、何が理由か分からないが、おかしくなってしまった。

それは、仕事の打ち合わせの時に、意見を求められた時。皆に向かって淡々と、意見を述べていたら、自分を見ていた他のメンバーの表情が驚きのものに変わっていく。それほど、変わったことを言っているわけでもない。どうしたのだろうかと思いつつも、自分の意見を言い終えると、皆が口々に自分に向かって、言葉を投げかける。

「どうした?飯岡?」
「体調でも悪いのか?」
「何か、あったんですか?」

皆が、心配そうな表情でこちらを見つめている。なぜ、そのような言葉をかけられるのかが分からず、戸惑とまどっていると、隣に座っていた同期の田村が、自分に向かってハンカチを差し出す。

「これ使ってください。」
「?」
「飯岡さん、涙が出てます。」
「!」

田村の言葉に、自分の目元に手をやると、指先が濡れた。どうやら、自分で気づかない内に、涙を流しているようだった。でも、そのきっかけが分からない。だが、皆が驚いた後、心配した理由はこれだったのかと理解した。大の大人が、突然泣き出したのだから、何があったかと思うだろう。

自分は、動揺どうようしていたのか、田村のハンカチを礼を言って受け取って、目尻を拭った。自分のハンカチもちゃんとポケットにあったのにもかかわらず。困ったことに、一度崩壊ほうかいした涙腺るいせんは、絶え間なく涙を生産し続け、なかなか泣くのが止められない。せっかく借りたハンカチもぐっしょりと濡れてしまった。

打ち合わせは、泣いている自分をよそ目に、そのまま進められた。自分が特に問題ないと発言したからだ。皆、自分のことを気にしてはいたが、逆に放っておくことで、こちらが気にしないように配慮してくれているようだった。自分もその方が嬉しかった。

たぶん、優しい言葉をかけられたら、自分は更に泣くだろうことが目に見えていたから。


「落ち着きました?」
「うん、もう大丈夫。」

田村とレストスペースで、軽く話をする。手に持ったコーヒーの熱さが、自分の喉を滑り落ちると、胃の中で主張して、体を僅かに温めた。普段ブラックばかり飲んでいる自分だが、今飲んでいるものは、たっぷりとミルクが入っている。持ってきた田村が気をきかせたのかもしれない。

「・・何かありましたか?」
「いや、特に何も。」
「何もないのに、泣きますか?」
「と、言われても。具体的に思いつくことがなくて。」

大きく息を吐くと、またじわっと視界が滲んできた。今度は自分のハンカチを取り出して、目を抑える。それを見て、田村は表情を強張らせた。

「やっぱり、原因は仕事でしょうか?打ち合わせの時に突然そうなったのなら。」
「どうなんだろう?」
「でも、仕事で大きな変化もないですよね?」
「そうだね。・・それより、借りたハンカチ、洗って返すから。」

「気にしなくていいのに。」と彼女は自分に向かって呟いた。田村の表情を見ていると、自分の中によく分からない焦燥感のようなものが湧き上がってきた。自分のことで困らせてはいけない。早く気分を晴らさなきゃという思いが。

「本当に、大丈夫だから。きっと、一時的なものだと思う。」
「・・よく眠れてますか?」
「それは、眠れてないけど。」
「長く続くようなら、心療内科受診した方がいいと思います。」
「分かった。そうするよ。」

そう答えつつも、実際に受診することはないだろうと思った。眠れないことと、何もないのに涙が出ること。特に生活に支障もないのに、わざわざ病院に行く必要性を感じない。

ただ、泣くということは、意外と体力を使うものだと知った。実際、自分の頭の中は少し霞がかかったようにぼやけているし、全身的なだるさを覚える。今日は定時で上がった方がいいかもしれない。先ほどのこともあって、上司も許してくれるだろう。

もう少し、非難の目で見られるかと思っていたが、皆の目には心配の色しか載っていなかった。めんどくさいとか、突然泣き出す奴なんて、仕事上必要ないとか、そういうふうに見られるかと思っていたのに。田村と同様、優しい声をかけられるか、普段と変わらず接してくれるか、どちらかだった。

「もし、誰も来ない状況なら、飯岡さんの事、抱きしめてあげるのに。」
「・・自分で何言ってるか分かってる?」

突然、こちらを見て呟いた田村の言葉に、自分はそう言葉を返す。その間も、自分の目からは涙が溢れていて、頭がぼうっとし出した。田村とは、同期で同じ部署でもあるから、他の同僚よりはやり取りをすることも多いし、私語をすることもあるが、そういう関係にはないはずだ。

「人の温もりは安心するって言うじゃないですか?」
「軽々しく言わない方がいい。期待する。」

それに抱きしめられたところで、この涙が止まるとは思えない。余計に止まらなくなるような気がする。

「期待しても構いませんけど。」

田村は、自分の言葉にそう返して、真面目な表情を作った。自分は彼女の顔を見て、動きを止める。彼女の顔を正面から見つめたのは、考えてみると初めてのような気がする。容姿関係なく、田村はいい奴だった。そして、相手が弱っている時に、冗談を言うやつでもない。

「・・ずるいぞ。」
「?」
「もっと、頭が働いている時に、もう一度言ってくれ。」
「そうですね。ひとまず今日は早退して、家でゆっくり寝てください。」

早退?定時上がりで十分なのに。

「田村。」
「飯岡さん、ひどい顔してます。皆も心配してますから、今日は早く帰ってください。仕事は引き受けますから。」
「・・それは。」
「他の人に頼ってもいいと思います。」

そう言われてしまうと、自分が必要とされていないような気がする。とはいえ、このまま仕事をしても、何かミスをしてしまうような気もしていた。その気持ちが表情に出たのか、田村はこちらを安心させるかのように、優しい笑みを浮かべた。

「そんな顔されたら、余計に抱きしめたくなります。」
「・・。」
「飯岡さんを家まで送りましょうか?そうしたら、別れる時に抱きしめても問題ないですかね?」
「どこまでが本気なんだ?」

熱くなってくる顔を感じながら、何とか絞り出した言葉に、彼女は、「最初から最後まで。」と答えて、自分の左手を取って優しく握った。

自分自身にも、眠れない及び訳もなく涙が出る症状が出ていて、それを元に書いたもの。以前にも同じような症状が出て、心療内科で安定剤処方されたことがあります。今回も長く続くようなら行かないと。それか仕事を辞めるか。。さすがに一日休みをもらいましたが、それで落ち着くかな。

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