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短編小説Only

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普段は長編小説を書いていますが、気分転換に短編も書いています。でも、この頻度は気分転換の枠を超えている。 短編小説の数が多くなってきたので、シリーズ化している(別のマガジンに入っ…
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2022年4月の記事一覧

【連作短編】泣く女 吉川2

職場に、とても仕事ができて、そしていつも笑みを湛えている男性がいる。 私は直接やり取りをする立場にはないし、彼と話をすることもあまりない。 私は、仕事を定時で切り上げて帰宅するけど、彼は大抵遅くまで仕事をしているらしい。残業をしているということは、仕事ができないことに直結しそうだけど、どうも仕事を進めるのが早くて、いろいろな仕事が彼に回ってきてしまうかららしい。私なら、自分に関係なさそうな急ぎでない仕事は、やんわりと断るけどな。 彼はあの笑みを湛えながら、仕事を引き受けて

【連作短編】笑う男 吉川1

仕事で忙しい時、辛いと感じる時、自分は無理やりにでも、笑みを浮かべるようにしている。 いつも夜中に自宅に帰ることになっても。 休みの日に、自宅でパソコンの前で作業をしていることが増えても。 食事の大部分がコンビニ弁当となっても。 まぁ、無理やり笑みを浮かべようとしなくても、自然と笑えてはくるのだが。 この状況に。 笑みを浮かべていると、あいつは余裕があるんだなと思われるらしい。 一つの仕事が終わると、見計らったように違う仕事が降ってくる。 自分の手元には、常に数件の案件が並

【連作短編】まだ気持ちを残している。翔琉2

彼と別れて、足を運ぶことが少なくなった駅ビルのギャラリーから、珍しく連絡があった。 駅ビルからそのギャラリーが撤退してしまうらしい。 私は、ギャラリーで同じ画家の絵を3枚購入している。その内1枚は自宅の部屋に飾って、毎日のように眺めているが、2枚はそれよりも大きく、自宅に飾るスペースはないので、ギャラリーの倉庫に預かってもらっていた。 ギャラリーを運営していた会社自体も、規模を縮小するとかで、預けていた2枚の絵も引き取ってほしいと言われた。飾るスペースはないので、保管してお

【短編】指輪の行方

やってしまった。 私は、ホームドアの上から、線路を覗き込んだ。 線路の間の床の上に、銀色の輪が見える。 少なくとも落ちた場所が確認できてよかったと安堵する。 今日は、昼休みに会社近くのヨガスタジオに寄って、レッスンを受けてきた。レッスン時は、指輪の類は全て外している。汗を掻くので、気になってしまうからだ。 そのまま午後仕事をし、今は仕事帰りだった。駅のホームの隅で、外していた指輪を着けようとしたら、手が滑って、指輪が落ちた。 指輪はそのままホームの床の上を転がり、ホームド

【連作短編】浮気の定義の裏側 α2

10年以上連れ添った夫がいる。彼との間には、子どももいるし、毎日の生活に不満はない。 普段は、子どもと一緒に寝てしまい、仕事で遅くなる夫の帰りを待つことはしないのだが、その日は寝つけなくて、子供を寝かしつけた後、珍しく起きていた。 夫はいつも帰りが遅い。終電で帰ってくることも度々ある。それほど仕事をしていて、体調は大丈夫なのか心配しているが、彼は問題ないというばかりだ。 以前、職場の同僚と夫の帰りが遅い件に関し、話をしたことがある。その時彼女に、夫は浮気しているのではない

【連作短編】浮気の定義 α1

10年以上連れ添った妻がいる。彼女との間には、子どももいるし、毎日の生活に不満はない。 仕事から帰った時、普段は子どもと一緒に寝ているはずの妻が、まだ起きていて、俺に向かって問いかけてきた。 「ねぇ、私と付き合ってから、浮気したことある?」 「した覚えはないけど。」 なぜ突然この質問をしてきたのか、不思議に思いながらも、俺は妻の質問にそう返した。 妻の顔を見ると、どこか悲しげな顔をしている。 それは思った通りの答えが得られなかったからなのか、別の理由なのかは分からない。

【短編】料理を失敗する理由

目の前の彼が、夕飯を共に食べながら、なにか言いたげな顔をしている。 言いたいことは、よく分かっている。 このところ、私はことごとく料理に失敗している。 炊き込みご飯を作って、芯のあるご飯になってしまった。その時は、彼がご飯を水とともに煮てくれて、リゾット風にして食べた。 味付きの豚バラ肉を焼いたけど、所々赤みが残ってしまった。その時は、レンジでチンして食べた。 そして、今日は、ハヤシライスを作って、盛大に鍋を焦がしてしまった。取り敢えず、食べられる部分を食べた。濃くて

【短編】私の気持ちを写し撮る

いつものようにスマホを弄っていて、ふと思い出して、今日撮った写真を開いた。 綺麗に咲いている桜の木の下で、彼女が柔らかな笑みを浮かべて、桜を見上げている。 撮って正解だったと思う。とてもいい表情をしている。 でも、この写真を私が撮ったことを、彼女は知らない。 今日は、自分が副業をしている会社で打ち合わせがあり、久しぶりに会社のメンバーと顔を合わせた。 普段は、ほぼテレワークで、顔を合わせるのは、数ヶ月ぶりという状況だった。 打ち合わせをした後、お昼を兼ねて外出した。 そ

【短編】エイプリルフール

こんな日を理由にしないと行動に出せない自分は、情けない奴だと思っている。でも、少しでも自分の逃げ道を作っておかないと、と冷静に考えている自分もいる。 テーブルの上に、所狭しと置かれた総菜の数々。 仕事帰りに買ったものや、冷蔵庫に常備されていたものなど、一つ一つの量は少ないが、小皿にとって、テーブルに並べつくすと、かなり圧巻だ。 「明日は休みだし、ゆっくり飲めるね。」 グラスにビールを注いで、テーブルの前に座った未来は、俺の方を向いて、笑ってみせた。 「これ、全部食べ切れる