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【漫画原作】君をなくした夢喰い獏夜【悪堕ち男子×戦う男子】 第1話

あらすじ

「ぼくはやっぱり、きみがいい。きみの夢が食べたいな」

高校生の朝比奈 朔夜は、社会人の兄・陽太と共に互いを支え合って生活していたが、交通事故で入院していた陽太が行方不明になる。
必死で探す朔夜の夢の中に、陽太は夢を喰らい尽くして人を殺す魔物――「獏夜びゃくや」として現れた。
朔夜の夢に惹きつけられた兄は、弟に襲い掛かり、夢を喰らおうとするが…。

――最早想い出は失われ、己の内にしか存在しない。
その夢を守るためだけに、想い出を交わした者に手をかける覚悟は…あるか?

『悪堕ち男子』と『譲れない夢を守る男子』が闘う、現代バトルファンタジー!

補足(世界観設定)

獏夜びゃくや
人と夢に焦がれて夢を喰らう、夢の世界でのみ生きる実体のない魔物。
脳に近い位置にある耳をかじって夢を食べる。
食べられた者は現実世界の耳にも穴が空き、食い尽くされた人間の多くは死ぬ。
しかし、奪われた夢に悔いがある人間のうちの少数が、「獏夜」になる。
元人間の「獏夜」に、以前の記憶は残っていないことが多い。
彼らの纏う死者のような和装の白装束には、眠りを妨げられた者を表すように、太陽の刺繍が施されている。

旭夜きょくや
夢の中で「獏夜」に遭遇し、対抗する手段に目覚めた、闘う人間たち。
「旭夜」は総じて自身の夢に対しての執着が強いため、すべての夢を奪われた際に「獏夜」になりうる危険性もはらんでいる。
弔い人・または眠りをもたらす者を表すように、月の刺繍を施した黒衣を纏う。

補足(キャラクター)

朝比奈あさひな 朔夜さくや
【主人公。高校二年。陽太の弟。人間】
外見:
 短く切りそろえた若干癖がある黒髪。
 光が当たると若干オレンジ色に光る。
 真っ直ぐな眼差しの黒目。
性格:
 裏表なく、それなりに素直。信念に真っ直ぐで、曲がったことは苦手。
 兄のことを尊敬し慕っており、彼の負担になりたくない、支えたいと思っている。

朝比奈あさひな 陽太ようた
【二十二歳。朔夜の兄。人間】
外見:
 ふんわりとした質感の、短く少し赤色の掛かった黒髪。
 垂れ目で優しくも、自信のない眼差しの黒目。
 髪を耳にかけるなどしており、耳が時折露出する。
 朔夜より背が少し低く、童顔。
性格:
 穏やかで優しく、落ち着いている。
 自己主張はあまりせず、人からの頼みごとに弱く、要領は良くない。
 要領が良い弟を羨ましく思う反面、褒め上手の弟に頼られることが心の支えになっている。
状態:
 人を助けて交通事故に合い、下半身に後遺症があり入院。
 ブラックな職場から解雇通告を受け、恋人に別れを切り出される。
 夢の中でハツゾメに遭遇し、自分の境遇を嘆いたが…。

黒鉄くろがね
【高校二年。朔夜のクラスメイト。旭夜/人間】
右耳たぶに一か所、噛まれた跡がある。
現実の世界では陰鬱で気が弱く、対面での会話が不得意。
気を強く持とうと願った夢の世界では、厨二な口調でスラスラと喋る。
漆黒の魔導士の衣装に魔術書を堂々と携え、前髪をあげてセットし、右目に眼帯を付けている。
気兼ねなく接してくる白瀧とは息のあったタッグで闘い、時折激高しがちな彼をなだめる。

白瀧しらたき
【高校一年。朔夜の後輩。旭夜/人間】
普段は落ち着いた仕草と丁寧語で喋る、資産家の息子。
一見、愛想が良く人間関係良好そうに見えるが、親しくない者の前では非常に猫を被っている。
内面に深く踏み込むと毒舌が止まらない生意気系後輩で、気を許した仲間たちを揶揄っては楽しんでいる。
現実で弓を嗜んでおり、夢の世界でも漆黒の袴姿で弓を手に闘う。
少し伸ばした髪を一つにまとめた純和風美男子。
相棒に虎のような大型の猫を操り、黒鉄とタッグを組む。
ドジ気味な黒鉄のことをからかいながらも、それとなく気遣う。

◇ハツゾメ
【獏夜(魔物)】
外見:
 外見年齢はおよそ三十前半。
 くるぶしまで長く伸ばした白髪。
 白目の部分が真っ黒で、月のように金色の瞳。
 八重歯があり、耳に穴は開いていない。
 肌色は白く、立ち姿は幻想的。
 死人のように真っ白な和服を綺麗に着こなす。
性格:
 人間に優しい素振りを見せて、狡猾に夢を奪っていく。粘着質。
 闘いでは獲物を絡めとるように糸を操る他、その糸を織り上げ硬質化し武器化する。

◇ヨウ(元・陽太)
【獏夜(魔物)・陽太の堕ちた姿】
外見:
 林檎のように真っ赤な目、黒髪は出会う時期に応じて白味を帯びていく。
 笑うと八重歯が控え目に見え、両耳は穴だらけ。
 和服を頑張って着付けているため、若干着崩れしている。
 大人の姿だが、どこかあどけない仕草と表情で、ちぐはぐした印象。
性格:
 記憶と人としての倫理観が無く、感情のままに行動する。
 大人の姿で子供の様に、無邪気に人の夢を食い荒らす。


第1話

■夢の世界:陽太の夢
ハツゾメに羽交い締めにされて耳をかじられる陽太。

陽太「う…やめ…。たすけて…朔夜…!」

陽太を助けるために、朔夜が刀を持ってハツゾメに斬りかかる。

朔夜「兄貴!」
ハツゾメ「おっと、危ないな」

ハツゾメは陽太から離れ、愉悦に溢れた表情で糸を繰り出す。
朔夜はそれを刀で斬り刻む。

ハツゾメ「これは良い。まだ余力を残していたか」
朔夜「くそっ! なんなんだよ、お前は!」

朔夜が陽太の前に立ち、ハツゾメと対峙する。
陽太は上体を起き上がらせる形で地面に伏せた。

陽太「朔夜…」
朔夜「兄貴に何をした⁉」
ハツゾメ「ふふ。なんてことはない。彼が大切にしている夢を、少し頂戴しただけさ」

ハツゾメが自身の耳を指さす。

ハツゾメ「お前のここから」

陽太の両耳には鋭い牙で噛まれた跡が複数あり、耳から血が流れている。
ハツゾメが口の端から零した血を拭う。

ハツゾメ「ああ、違うな。少しずつ頂いたものだから、お前に残る夢はもう僅かばかりだ」
陽太「ぼくが大切にしている夢を…?」
ハツゾメ「ああ、そうだ」
ハツゾメ「さて、ぼんやりとしていて良いのか? 私はお前の夢をすべて喰らってしまうよ?」

ハツゾメが朔夜を指差す。
ハツゾメをにらんで刀を構える朔夜。

ハツゾメ「彼の存在とかね」
陽太「朔夜をっ⁉ だ、だめだっ!」
ハツゾメ「ほうら?」

ハツゾメの足元から糸が一本伸びる。
陽太の頬を威嚇するように掠めた。

陽太「ひっ!」

焦りで顔を青ざめる陽太。

朔夜「兄貴ッ! 逃げるぞ!」

陽太を救うために、強く右手を差し出す朔夜。
弱弱しく右手を伸ばそうとする陽太。

陽太「朔夜…!」
朔夜「早く!」

陽太の腕を引いて起き上がらせようとする朔夜。
陽太は立ち上がれず、悲観的な表情で頭を振る。

陽太「で、でも…ぼくは足が…。歩けないよ…」
朔夜「大丈夫だ!」

朔夜は力ずくで陽太を起き上がらせた。

朔夜「俺が兄貴を背負うからな!」

朔夜が陽太を軽々と背負って、ハツゾメから逃げる。

陽太「朔夜…」
朔夜「なあ兄貴」

真剣なまなざしで走る朔夜。

朔夜「困ったらいくらだって俺を呼んでくれよ。兄貴のこと、俺が絶対に助けるからさ」

背負われたまま陰鬱そうに語る陽太。

陽太「でも歩けないぼくは、足手まといだよ…。朔夜の力にもなってあげられない…。だからぼくのことなんか…」

朔夜の眉間に皺が寄る。

朔夜「そんなの関係ない!」

力強く語る朔夜。

朔夜「兄貴が動けなくなったって、俺にとって兄貴は大事な家族なんだからな!」

目を見開く陽太。

朔夜「俺は絶対に兄貴を見捨てたりしない!」

陽太は朔夜の肩に顔をうずめて、呟くように謝った。

陽太「…ありがとう、朔夜」
陽太「でもぼくは…もう…朔夜のことを…あまり覚えていないんだ…。忘れたくないのに…」

ナレーション〈ひとの夢を喰らう魔物、獏夜びゃくや。彼らに夢を喰われた人間は、奪われた夢や想い出を失ってしまう〉

二人を見逃したハツゾメが愉快そうに呟く。

ハツゾメ「まだ大きな心の拠り所が残っていたようだな。それがお前の大切な記憶だと言うのなら好都合さ」
ナレーション〈失う毎に、夢の中の景色は色褪せ、現実の記憶までも覚束なくなり…〉

舌なめずりするハツゾメ。

ハツゾメ「ご馳走を頂くのは、また次としよう」

ハツゾメは紙吹雪に姿を変えて、姿を消した。

ナレーション〈やがて…〉

陽太「ぼくはまだ、朔夜の名前を呼んでいられるかな…?」

~場面転換~

■現実の世界:病院の廊下

※陽太は夢の世界での出来事を覚えていない。「陽太の夢」での朔夜は、陽太の創造物であり、現実の朔夜にはその記憶はない。

兄が入院している病室の前に辿り着いた朔夜。
病室から突き放したような酷く冷たい女の声が漏れる。

陽太の彼女「陽太。私たち、別れましょう」

病室に入ろうとしていた朔夜が足を止める。

陽太の彼女「だってあなた、いつ退院できるかも分からないんでしょう?」
陽太「……」
陽太「そう、だね。ぼくの足はもう動かないから…きみのためにも、そうしたほうが良いね…」

室外からこっそり聞き耳を立てていた朔夜が、彼女の言葉に怒る。

朔夜(なんだあいつ! 兄貴の足が治る見込みがないって言われた途端に、別れを切り出すのかよ⁉)

部屋から出て来た彼女に遭遇しないように、朔夜は物陰に隠れて遠ざかっていく彼女を睨みつける。

朔夜(あいつだけじゃない! 兄貴をはねた奴も、兄貴が犠牲になってまで守った子供とその家族も、なんで一度も見舞いに来ないんだよッ…!)

朔夜はレジ袋の持ち手をぐしゃりと音を立てて握った。

朔夜(これ以上落ち込んだ兄貴を見ていられない…。俺が…もっとしっかりして、兄貴を支えないと…!)

朔夜は気鬱な空気を払うように、元気良く病室の扉を開けた。

朔夜「兄貴!」
陽太「……」

朔夜の声に気付かない陽太。
目に見えない存在に誘われた様子で今にでも消えてしまいそうな様子で、ぼんやりと虚ろな目で窓の外の風景を眺めていた。
陽太が髪を耳にかけると、所々で穴の空いた耳が露出する。
消え入りそうな様子の陽太を見て、朔夜は顔を青ざめる。

朔夜「兄貴!」

朔夜が陽太の顔を覗き込んで、肩を掴んで強く呼びかける。
陽太の肩が驚きで跳ね上がった。

陽太「えっ…?」

朔夜を忘れかけている陽太は、顔を見てキョトンとした顔をする。
彼の反応に少し怪訝な顔をする朔夜。

朔夜「兄貴? どう…したんだ? 大丈夫か⁉」
陽太「…っあ。ああ…さ…?」

朔夜の名前がなかなか出て来なくて、泣きそうになる陽太。

陽太「さくや…?」
朔夜「えっ?」

覚えていたことが嬉しくて、朔夜の服をぎゅっと掴む陽太。

陽太「朔夜…だよね…! 来てくれたんだ…!」

陽太の思わぬ反応に、戸惑う朔夜。

朔夜(兄貴…? いまなんで俺の名前がすぐに出てこなかったんだ…? まさか、事故の後遺症か⁉)

~場面転換(場所変更なし・時間経過のみ)~

朔夜がベッドの傍の椅子に腰を下ろす。
陽太がほっとした顔をする。

朔夜「兄貴、落ち着いたか?」
陽太「うん。…朔夜、来てくれてありがとう。ぼくなんかのために…」

微笑むが、どこか泣きそうな表情で言う陽太。

朔夜「来て当然だろ!」

自らを卑下する陽太に、朔夜は声を荒げる。
陽太は眉尻を下げて答えた。

陽太「でも…朔夜の負担になっているだろう?」
朔夜「負担なんかじゃない! それを言ったら俺なんか、親父たちが死んでからずっと兄貴の世話になってばかりだろ!」

記憶が薄れているため、苦笑して答える陽太。

陽太「…そう、だっけ?」

朔夜は反抗するように強く断言する。

朔夜「そうなんだよ! 兄貴は、俺の自慢の兄貴なんだからな!」

自慢の兄と言われたことに、陽太は目を見開いて驚いた様子を見せた。

朔夜「俺はそんな兄貴を支えたいって、ずっと思っていたんだ!」

朔夜の言葉に段々と泣きそうな表情になっていく陽太。

朔夜「だから俺にだって、恩返しさせてくれよ。俺のこと頼っていいくらい、兄貴は頑張っているんだからな! 一人で頑張りすぎなんだよ!」

朔夜が陽太の手を握り締めた。
陽太の体温の低さに病人であることを思い知らされ、悲しさを覚える朔夜。

朔夜「今くらいゆっくり休もう。な、兄貴?」
陽太「朔夜…」

陽太は切ない表情で朔夜に手を伸ばす。
頭を撫でたそうにしていた陽太に、朔夜はくすぐったそうな表情で思わず頭を差し出した。

陽太「ありがとう…」
朔夜「礼を言うほどじゃないだろ」

こそばゆい気持ちになった朔夜は照れ隠しするように顔を背けた。
陽太は不甲斐なさそうな表情で苦笑する。

陽太「朔夜はね、十分ぼくを支えてくれているよ。こうなってしまったぼくでも必要とされているんだって思えるくらいに。だから、ぼくをいつも励ましてくれてありがとう…」

後に陽太と敵対し、朔夜の葛藤に影響する台詞のため、力強く、印象深く描く。

朔夜「当たり前だ! 俺は絶対に、兄貴のことを見捨てなんかしない…!」

陽太の腹の虫がぐうっと鳴る。

陽太「朔夜…あっ」

陽太が腹を摩って苦笑する。

陽太「あはは。お腹が空いたみたいだ」
朔夜「じゃあリンゴ食おう。兄貴と一緒にどうぞってバイト先でもらったんだ」

ベッド脇の机に置いたレジ袋から林檎を取り出す朔夜。
林檎とナイフを手にした朔夜に陽太がねだる様に首を傾げる。

陽太「ねえ朔夜、ぼくがやりたいな」
朔夜「でも…」
陽太「ぼくにやらせて、ね? なんでも良いから、朔夜にしてやれることをしたいんだ」
朔夜「分かった…」

手を伸ばした陽太に、朔夜は林檎とナイフを渡す。
陽太がしゃりしゃりと小気味良い音を立てて皮をむく。
その様子を見ながら、朔夜は回想する。

■朔夜の回想:家のリビング
◇時系列:過去・兄弟の二人暮らし直後の頃

朔夜が宿題をするそばで、元気な頃の陽太が林檎の皮をむく。
出来上がった微妙な出来具合の皮つきのうさぎ林檎を見せながら、陽太が優しく微笑んだ。

陽太「ほら、見てよ朔夜。初めてにしては可愛く出来たと思わない? うさぎさんだよ」

■回想から戻る

回想と同じく、皮つきのうさぎ林檎を差し出した陽太。
林檎は以前とは違い、きちんとした剥き具合。
過去と今の陽太が被って見える描写をするが、今の彼は不健康で自信を無くして縋るような表情。

陽太「はい、朔夜。うさぎさんだよ」

過去の光景を重ねた朔夜は一瞬言葉を詰まらせる。

朔夜「あ…」
陽太「どうしたの?」

陽太に悟られまいとすぐに気を取り直した朔夜。

朔夜「いや、相変わらず器用だよな」
陽太「そう…かな?」

自信がなさそうな陽太。
朔夜は少し不機嫌な表情をして、皿の上の林檎を少し乱暴に手に取る。

朔夜「そうなんだよ。…頂きます」

朔夜がしゃくっと音を立てて林檎をかじり、美味しそうに顔を綻ばせた。

朔夜「んっ。これ貰い物なのに蜜がたっぷりで旨いな。ほら、兄貴も食えよ」
陽太「うん。美味しいね、朔夜」

林檎を食べる陽太の頬をつう…と涙が伝う。
泣くほど美味しかったかと思った朔夜は驚いて言葉を詰まらせる。

朔夜「あ、ああ」
陽太「こうやって一緒に食べるのは久しぶり…だよね?」
朔夜「ん…そうだな」
陽太「朔夜と食べるご馳走は美味しいだけじゃない。楽しくて、ぼくはとても幸せだよ」

はっとした朔夜は、強い口調で応える。

朔夜「じゃあ明日もなんか持ってくるから、一緒に食おう」
陽太「無理しなくても良いんだよ」
朔夜「無理じゃない! 俺だって兄貴と飯食いたいし」
陽太「そっか。…ありがとう、朔夜」

陽太が苦笑しながら力なく頷き、残りの林檎を咀嚼する。

陽太「…おかしいな」
朔夜「ん?」
陽太「こんなに美味しいものを食べているのに、不思議だよ。なぜか、まだ食べたりない気がするんだ」

落ちていた髪を耳にかける陽太。
耳がところどころ穴が開いて痛ましい描写をする。

林檎を食べる二人の元に、病院の職員が訪れる。

職員「朝比奈さん、面会時間の終了です」
朔夜「もうそんな時間か…」

朔夜が立ち上がると、陽太は無意識に朔夜の服の裾を引っ張る。

朔夜「明日もまた来るから…兄貴?」

朔夜が振り返る。陽太自身も自分の取った行動に目を丸くする。

陽太「え? あ…ごめん」

陽太は手を放して苦笑する。

陽太「はは、朔夜が帰るのが寂しいのかもしれないね」
朔夜「っ! 俺明日も絶対に来るからな!」

陽太は悲しく微笑んだ。

陽太「うん。ずっと…いつでも待っているよ、朔夜」

~場面転換~

■夢の世界:病室

床にコロンと転がる丸い林檎。
林檎を取り落とした陽太の手を、朔夜の姿に擬態したハツゾメが掴む。
偽朔夜は哀れそうな表情で、陽太を見つめる。

偽朔夜「可哀想だな、兄貴は」

思いもよらない朔夜からの台詞に、陽太は顔色を変えた。

陽太「さ…朔夜?」
偽朔夜「いつまで、俺を覚えているフリをするんだ?」
陽太「なに…を」
偽朔夜「つい最近の俺のことしか覚えていないんだろう? なのに、こんな演技をしてまで俺に縋るんだ? 何のために?」
陽太「おまえは…朔夜じゃ…ない?」
偽朔夜「どうしてそう思う? 兄貴の知ってる俺って何だ? 一瞬、俺の顔を見て思い出すのに時間がかかっただろ?」
陽太「っ。ちがう、朔夜はこんなことを言わない…! 朔夜はそんな子じゃないって、それはちゃんと覚えているんだ…」
偽朔夜「ほら、他のことはもう覚えてないだろ?」
陽太「でも! こんなことを言うはずがないんだ…! きっと僕は夢を見ていて、だから夢から覚めないと…!」
偽朔夜「じゃあ兄貴が否定するような夢なんて、いらないよな?」
陽太「え」

病室だった光景にヒビが入り、ボロボロの病室に様変わりする。

擬態を解いたハツゾメが正体を現し、掴んでいた陽太の手を糸で拘束する。
陽太は呆然とした表情でハツゾメを凝視した。

陽太「おまえ…は?」
ハツゾメ「私は、お前の望みを叶えてやった者さ」
陽太「ぼくの…望み?」
ハツゾメ「何故自分ばかりが辛い目に合うのか、こんな現実から逃れたい。そう願っただろう? だから辛い現実から目を背けたいと願うお前の苦悩に溢れた夢を、喰らって、失くしてやったのさ。もう殆ど覚えていないだろうがね」
陽太「夢を喰らって…失くす?」
ハツゾメ「ああ。しかし、お前が辛いと嘆く夢をすべて喰ってやったというのに、未だ苦しみから解放されないとは。人間とは哀れなものだな」

穴だらけの陽太の右耳に、ハツゾメが右手で触れる。

ハツゾメ「そんなに辛い夢ならば、私がすべて喰らってやろう。そうすればすべてを失くしたお前は、しがらみから解放されるだろうからね」

ハツゾメが耳から手を離すと全身を糸で拘束する。

ハツゾメ「だから、お前と弟との想い出も、喰らってやらなくてはいけないな」

陽太は我に返って糸から抜け出そうと抵抗する。

陽太「く、は、離せ!」
ハツゾメ「逃げられないよ」

ハツゾメは微笑み、獲物を品定めするように陽太の周囲を歩く。

陽太「助けて! 朔夜…!」
ハツゾメ「お前の夢には、弟を作り上げるほどの記憶は残っていない。だから誰も助けに来ないのさ、可哀想にね」
陽太「やめてくれ! ぼくから朔夜を奪わないでくれっ…! ぼくは…朔夜の兄だから、がんばってこれたんだっ…! それが無くなるなんて…!」
ハツゾメ「しかし、ろくに覚えていないのだろう? それならば喪ったところで、さほど変わらないさ」
陽太「それでも、ぼくは…!」

ハツゾメが背後から陽太を羽交い絞めし、耳元に顔を寄せて囁く。

ハツゾメ「そこまで言うのなら…。喪ってもなお、お前の心が記憶を求めるのなら」

ハツゾメが八重歯を陽太の耳に突き立て、陽太が痛みに苦しむ。

陽太「うっ!」
ハツゾメ「すべて喪ったあとに、奪えば良い」

陽太が助けを求めて手を伸ばした先に林檎が転がっている。

陽太「さく…や…!」
ハツゾメ「お前が望むなら、私がその術を教えてあげよう」

林檎を視界に残した陽太の瞳がゆっくりと真っ赤に染まる。

陽太「ぼくは、さくやを…失いたくないんだ…」

(第1話・了/第2話へ続く)

第2話リンク

第2話:https://note.com/koutounokarin/n/nb295148849d7

第3話リンク

第3話:https://note.com/koutounokarin/n/n33d97f7ef124

#創作大賞2023 #漫画原作部門

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