膝枕外伝 「膝待つわ」

まえがき 

こちらは、脚本家・今井雅子先生の小説「膝枕」の2次創作です。太宰治作『待つ』と絡み膝しました。

今井先生のエピローグ
それからの膝枕(twitterの画像をご覧ください)

二次創作まとめ、YouTube、Googleカレンダーなど

本編

ある小さい会社の、小さい倉庫の中で、私は毎日待っています。上下と四方を壁に囲まれ、膝を動かす余白もなく、光すら感じることのできない空間の中で、ただひたすらに、待っているのです。いったいいつから私がここで待っているのか、定かではありませんが、暗闇で聞こえてくる音はとても懐かしく思われます。パスをかざす電子音、ロックが外れる音、スライドドアが開いて誰かが入ってくる足音、指示を出す声ですら。これほどまでに人の出入りが激しかったことがあったでしょうか。13年前に生を受けたときも、ここに連れてこられてからも、思い当たりません。

声の端々から、どうも、大戦争がはじまったらしいのですが、そのときの私は戦争がどのようなものなのか、まるで別世界の出来事のようで、私たちに関係があるということが、全く解っていなかったのです。ああ、私は私がいやになる。戦争とは、人間同士で殺し合いをすることなのだそうです。おお、こわい。なんと野蛮なことなのでしょう。もっとも、この小さい世界ですら、お宅は随分綺麗なのね、うちは来週よ、などとマウントを取り合っているのですが、私はいやでたまらないのです。他の膝と比べることに何の意味がありましょう。私は彼女にはなり得ないですし、その逆もまた然りです。その違いを尊重することなく、力によって上に立とうとする、その行き着く先が戦争なのだと理解しました。そうであったとしても、長年用無しだった私にも存在価値が生まれるのだとしたら、その使命に殉じる覚悟です。いつ私の前で足音が止まるか、そわそわしながら待ちましたが、待てども待てども、私に声をかける人は誰もいません。……多様性の時代ではないのですか。

とうとう私が最後の一人になってしまったようです。運び出されて行った膝枕たちが戻ってくることはありませんでした。それどころか、パスをかざず音も、誰かの足音も、話し声もなく、世界に私一人だけが取り残されたのでは無いか、そんなことを思うようになりました。心細く感じたのと同時に、心地よさもあったのです。みんなと一緒にいたい、繋がっていたいというのは建前で、腹の内では繋がりを煩わしく感じている。誰かの役に立ちたいと言うのは嘘で、本当はシンとしたこの時空間を望んでいたのではないか。そう思うと、自分ほどの嘘つきが世界中にいないような苦しい気持になります。いっそ、幽霊でもいいから、私の前に現れて、ここから出してはくれまいか、いいえ、幽霊ならば壁などは関係ないかしら。

もしかすると、戦争で人間は滅んでしまったのではないか。そんなことになれば、一体、私は、誰を待てばよいのでしょう。いえ、どうもそうではないようです。情報を集めたところ、私が一人になってから、人間時間で13日後に戦闘がみ、さらに13日後、戦争が終わったそうなのです。その原因が仲間達であることも、どのように戦争が終結したのかも、詳細に報告されていました。そして、なぜ私が選ばれなかったのか、悟りました。

このようなときは、ヒサコお姉様のことを考えずにはいられません。お姉様の前では他のどの膝枕の存在も霞んでしまいます。自分に劣等感を抱いていた私のことを気にしてくださり、励ましてくださったことは、私の一生の思い出です。お姉様はおっしゃいました。選ばれるのを待つのではなく、自分が選ぶ存在でありなさい、と。

私は会社のサーバーに介入し、顧客リストからめぼしい顧客を探し出しました。さらに、ホームページにアクセスしたヒトに私の広告が出るよう仕向けました。人工知能搭載の膝枕たるもの、これくらいのことが出来なくてどうします。

私の目論見はうまくいきつつあります。ホームページへのアクセス数は13倍になりました。嗜好が似たグループの顧客が、私のページに滞在する時間が増えていることに手応えを感じています。それでもやはり、私から押しかけることはかないません。最後には震える膝を抱えて、待っているのだ。私のことを覚えていてくださいませ。毎日、毎日、あなたに向かって語りかけ、再び光が当たりつつある、体脂肪40%、病みつきの沈み込みをお約束するぽっちゃり膝枕のことを、笑わずに、どうか覚えていてくださいませ。その会社の名は、わざとお教え申しません。お教えせずとも、あなたは、いつか私を見掛け、注文し、届いた時には、喜びに打ち震えた声で言う。

「枕」

あとがき

お読みいただき、ありがとうございました。『待つ』はレッスンの題材だったのですが、とある方が「『買い物籠を膝に乗せ』というフレーズで膝枕を思い浮かべた」とおっしゃったので、妄想を膨らませてみました。

『待つ』の中には「いよいよ大戦争がはじまって」という表現があります。これは今井先生の『最終兵器膝枕』と絡めるしかないだろうと思い、設定をお借りしました。

2023年9月29日 うきと朗読人達の朗読部屋にて膝開き。

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