↑これは「スコップ」? 「シャベル」?(調査継続中)
土を掘るときなどに使うハンディサイズの道具を「スコップ」と言うか「シャベル」と言うかが、東日本と西日本とで異なることはしばしば話題になる。『日本国語大辞典 第二版』や『現代国語例解辞典』の編集に携わった神永暁氏による『悩ましい国語辞典』(時事通信社、2015年;角川ソフィア文庫、2019年)でも取り上げられている。
『日本国語大辞典(日国)』第二版では、「スコップ」は「小型のシャベル」と説明されている。この語釈に違和感を感じた方もいらっしゃるかもしれない。
ちなみに、筆者は『日国』の語釈と同じく、スコップ<シャベルと思っていた。
そしてこの項目は次のように結ばれている。
ということで、調べてみた。結論を先に述べると、地域差は確かにあるが境界ははっきりしない。
先行研究
田園調布学園大学の染谷裕子教授は「シャベルとスコップ」(田園調布学園大学紀要、1995年)、「類義語の混乱—『シャベル』と『スコップ』の昭和史—」(同、1996年)という2報の論文の中で、国語辞典・外来語辞典におけるこれら2つの語釈の違い、および各単語がどのように取り入れられ普及していったかを解説している。アンケートも取っているので興味深い。
ちなみに、染谷教授は『三省堂国語辞典』第五版の項目執筆も担当された。
『三省堂国語辞典』の版による違い
もう一つ、7冊の国語辞典を比較した2011年の記事を紹介したい。
この記事では
『精選版日本国語大辞典』2005〜2006年
『広辞苑』第六版、2008年
『三省堂国語辞典(三国)』第六版、2008年
『明鏡国語辞典(明鏡)』第二版、2010年
『新明解国語辞典(新明解)』第六版、2005年
『新潮現代国語辞典』第二版(?)、2000年
『岩波国語辞典(岩波)』第七版、2009年
(掲載順、版は2011年時点での最新版、括弧内は略号)の語釈を比較していた。特に『三国』の項目が興味深かったので引用する。
この語釈はおそらく第六版(2008年)のものであると考えられる。なぜなら、手持ちの第四版(および第五版)の語釈と明らかに異なるからである。
記事には『三国』の編纂にあたった飯間浩明先生へのインタビューも載っていた。
実際の第七版(2014年)では変わったのだろうか。
主たる意味は同じであるが、〔関西などの方言〕が新たに追加された。なお「ショベルカー」は「ショベル」の派生語に昇格していた。
国語辞典では「東日本型」と「西日本型」、どちらが多い?
『悩ましい国語辞典』の分類に倣って、スコップの方が大きいと書いている辞典を「東日本型」、シャベルの方が大きいと書いているものを「西日本型」とする。大きさについての記載が無いものは「明記せず」と分類する。また、主たる意味において「東日本型」「西日本型」に分類される辞典でも、『三国』第七版のように(地域による)呼び方の違いについて言及しているものについては◎をつけることにする。(頭のアルファベットは後の項と関係する。)
東日本型(スコップ>シャベル)
『角川国語中辞典』
a6『三国』第六版
a7『三国』第七版◎
『三国』第八版
b1『新明解』初版、第二版
西日本型(シャベル>スコップ)
a1『三国』初版
a4『三国』第四版、第五版
b3『新明解』第三版以降◎
c『新辞林』(三省堂)
d『大辞林』第四版(三省堂)
e『日本国語大辞典』第二版(小学館)
f『デジタル大辞泉』(Web)
g『日本語新辞典』(小学館)
h『現代国語例解辞典』第五版(小学館)
i『岩波』第八版
j『学研現代標準国語辞典』改訂第四版
k『講談社国語辞典』第三版
l『集英社国語辞典』第三版
m『ベネッセ新修国語辞典』第二版◎
n『旺文社国語辞典』第十一版
o『明鏡国語辞典』第三版(大修館書店)◎
明記せず
p『新小辞林』第五版(三省堂)
q『見やすい現代国語辞典』(三省堂)
r『三省堂現代新国語辞典』第六版
s『例解新国語辞典』第十版(三省堂)◎
t『新選国語辞典』第九版(小学館)
u『広辞苑』第七版(岩波書店)
v『学研現代新国語辞典』改訂第六版
w『旺文社標準国語辞典』第八版
各辞典の語釈
併記の例:『デジタル大辞泉』
「東日本型」の例:『角川国語中辞典』
「西日本型」の例:『ベネッセ新修国語辞典』第二版
論文「シャベルとスコップ」の表を補足する
染谷教授の論文「シャベルとスコップ」では、国語辞典の中で「シャベル」を言い換えた言葉、そして「スコップ」の語釈に使われている単語を表した表が示されている。本稿で調べた辞典(+『三国』第六版)について同様の表を作ってみた。
表1「シャベル」の言い換え
△の印は、「当該見出し語を見よ」と書かれていたことを表す。(例えば、上の『デジタル大辞泉』(f)など。)ほぼ全ての辞典で「シャベル」の言い換えに「ショベル」を挙げていた。また、半分以上の辞典で言い換えに「スコップ」が載っていた。
次の表2に、「スコップ」の語釈にどのような語が現れるかを示す。
表2「スコップ」の語釈に現れる語
「移植ごて」は「シャベル」、「スコップ」両方の言い換えとして書かれている。「園芸」は用途であろう。「小型」(または「小さい」)は専ら「小型のシャベル」の表現で用いられ、「西日本型」の辞典において確認できる。最後の「短い」は柄について描写したもので、この語も「西日本型」の辞典で主に用いられている。
国語辞典の記述「シャベル」
(※本項と次項は別記事を作成中です)
土・砂をすくふに用ひる具。シャブル。(三省堂『明解国語辞典』1943)
(見出語は「シャヴェル」)土砂をすくひ、肥料等を切返すに用ひる具。形は十能に似て大きく,鐡製の鍬に木柄をつけたもの。(博友社『言苑』1949)
(見出語は「シャヴェル」)土砂をすくい、又は土をほるに用いる具。形は十能ににて大きく、先端にぶくとがった鉄製物に木の柄をつけたもの。ショヴェル。(全國書房『言林』昭和廿四年版1949)
土砂などを抄(すく)ふに用ふる工具、火斗(じふのう)に似て大形なり。[挿絵有](三省堂『広辞林』新訂版1954年発行1159版(=刷))
土掘りや砂まぜなどに用いる具。鉄製の大きなさじ形のものに木の柄をつけたもの。シャブル。スコップ。(三省堂『辞海』1952)
土・砂をすくうにつかう道具。シャブル。(三省堂『明解国語辞典』改定版1952)
十能に似た土砂をすくうに用いる具。shovel シャヴル。(金鈴社『国語新辭林』1956)*文末の「シャヴル」は英語の発音を示す可能性がある。
a《シャベル・シャヴル・ショベル》土・砂などをすくったり、穴を掘ったりするための道具。(小学館『日本国語大辞典』)
b砂・砂利・粘土など軟らかい土質を掘削し、すくうのに用いる道具。匙形鉄製で、木柄をつけたもの。シャブル。ショベル。スコップ。(岩波書店『広辞苑』第四版)
c土砂などをすくうのに使う(先のとがった)さじ状の道具。スコップ、ショベルとも。(三省堂『広辞林』第六版)
d土・砂などを、掘りおこしたりすくったりするさじ形の道具。ショベル。(参)→スコップ(『学研国語大辞典』1978)
e土砂をすくったり、穴を掘ったりするのに使う用具。ショベル。スコップ。(『角川国語大辞典』第三版)
土砂をすくったり、穴を掘ったりするのに使う道具。ショベル。スコップ。(『角川国語中辞典』1973)
f土・砂などをすくい、穴を掘る用具。スコップ。ショベル。(講談社『日本語大辞典』1989)
g2土砂をすくったり、穴を掘ったりするのに使う匙(さじ)形の道具。ショベル。スコップ。(『岩波国語辞典』第二版1971)
g4土砂をすくったり、穴を掘ったりするのに使う匙(さじ)形の道具。ショベル。スコップ。(『岩波国語辞典』第四版)
h《ショベル》土・砂をすくったり、穴を掘ったりするための道具。(小学館『現代国語例解辞典』初版?)
i ①土・砂などをすくったりするのに使う道具。②⇒スコップ ③⇒ショベル(『三省堂国語辞典』第四版)
j土砂をすくったり、穴を掘ったりする道具。スコップ。ショベル。(永岡書店『実用国語辞典』)
k土砂や雪をすくったり、穴を掘ったりするのに用いる道具。ショベル。→スコップ(『集英社国語辞典』)
l土砂を掘る道具。ショベル。(『常用国語辞典』)
m土・砂をすくったり、穴を掘ったりするスプーン形の道具。スコップ。(小学館『新解国語辞典』)
n=ショベル 土砂をすくったり、穴を掘る道具。スコップ。(小学館『新選国語辞典』第六版)
o土・砂などを掘りすくうのに使う道具。ショベル。スコップ。(『新潮現代国語辞典』)
土・砂を掘りすくうのに使う道具。ショベル。スコップ。(『新潮国語辞典 現代語・古語』1965)
p土・砂を掘りすくうのに使う道具。ショベル。スコップ。(『新潮国語辞典 現代語・古語』改定版)
q土砂や石炭などをすくったり穴を掘ったりするのに使う道具。[スコップと同義にも用いられる](『新明解国語辞典』第四版)
土砂・石炭・雪などをすくったり掘り起こしたりするのに用いる、さじ状の道具。ショベル。→スコップ
[補説]東日本では大型のものをスコップ、小型のものをシャベルといい、逆に西日本では大型のものをシャベル、小型のものをスコップということが多い。JIS規格では、上部が平らで、土を掘るとき足をかけられるものをショベル(シャベル)とし、上部がなだらかな曲線状のものをスコップとしている。また、土を掘りやすくするために先が尖っていているものをシャベル、雪かきをするための先がまっすぐなものをスコップと区別する場合もある。(小学館『デジタル大辞泉』)
土や砂などをすくったりほったりする道具。[参考]「ショベル」ともいう。👉スコップ(『ベネッセ新修国語辞典』第二版)
国語辞典の記述「スコップ」
さじ形で、柄の長い大形のシャベル。(『角川国語中辞典』1973)
小型のシャベル。→シャベル[補説](スコップとの違い)(小学館『デジタル大辞泉』)
①柄の短い、小型のシャベル。園芸などに使う。移植ごて。②土をすくい取るのに使う柄の長いスプーン形の道具。シャベル。[参考]人により「スコップ」と「シャベル」はそれぞれ逆の形状のものをいうことがある。(『ベネッセ新修国語辞典』第二版)
clubhouseでの調査
いつもお世話になっているルーム「声優うのちひろが新明解国語辞典を読む。あの声で」で簡単なアンケートを取ってみた。部屋主うのさん(富山県にお住まいだったことがある)は「東日本型」(スコップ>シャベル)。長崎県出身の方は筆者と同じく「西日本型」(スコップ<シャベル)。石川県在住の方も「西日本型」で、先が尖っているものを特に「剣スコ」、雪かきに使う先が平たいものを「平(ひら)スコ」と呼んでいるとのことだった。東京生まれの方は「東日本型」、千葉出身の方は「東日本型」だが、お子さんが幼少期に砂遊びをしたときの道具は「スコップ」と呼んでいたとのこと。新潟県出身の方も「西日本型」だが、氷を割るために先が尖っているものは「剣スコ」であるとのこと。ただし、同じ新潟の中でも逆になっている地域もあるらしい。埼玉県出身の方も「西日本型」であった。飛び地のようになっているのかもしれない。現時点では、東西の境界はよくわからない。
(2022年1月12日追記)某家庭用ゲームで、柄がついて足をかけるところがある道具を「スコップ」と表していることがわかった。ちなみに小型のものは実装していないようである。
雑記
宮崎、広島出身の方は「西日本型」、北海道出身の方は「東日本型」であった。
愛知県出身(岐阜寄り)の方から「西日本型」であるという情報を得た。
「北海道博物館における言語展示への試み(報告)」では、
とあった。さらに「アイヌ文化環境保全対策事業 -平取ダム地域文化調査業務- 2012(平成24)年度 調査成果報告」の44枚目上の方には長い柄のついた道具の写真があり、キャプションから「スコップ」であることがわかる。
『新編大言海』(初版、昭和57年)には「シャベル」はあるが「スコップ」はなし。
スコップ/シャベルがニュースで取り上げられるときはたいてい傷害事件である。下は2021年8月31日付の記事である。神奈川県で発生した事象であるので、ここでの「スコップ」は東日本型の柄が長く足をかけて使うものであると予想される。(裏取り中)
「手のひらは小さなシャベル」は1979年に放送された連続テレビ小説『マー姉ちゃん』のイメージソングである(作詞:荒木とよひさ、作曲・編曲:大野雄二、歌:岩崎宏美)。制作局がNHK東京であるため、シャベルとなっているようだ。(くりはらつとむさん提供)
Jタウンネットの調査
教えてくださったSatoshiさんに感謝致します。
その他記事
「スコップ」と「シャベル」の違いは多くの記事で扱われている。ごく一部を列挙する。
画像はいらすとやさんから。
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