未来学者と未来のリスクについて考えた
多摩大学大学院グローバルフェロー公開セミナー「Innovate for Impact」2021から(5)
シナリオプランニングと未来学
今回の「Innovate for Impact」2021 プログラムの昨年最終回は、多摩大学大学院グローバルフェロー、フューチャリストのエイミー・ウェブ(Amy Webb)氏(以下エイミー)に参加いただいた。
エイミーはすでにレビュー(第3回)したイヴ・ピニュール教授とともに、世界的経営思考家ランキングThinkers50の常連メンバーであり、ニューヨーク大学スターンビジネススクールで教鞭を執りながら、フューチャー・トゥデイ研究所(Future Today Institute:FTI)のCEOを務めている。FTIのクライアントの多くはフォーチュン100社の企業や政府機関である。日本との繋がりも深い。また、映画の脚本やテレビ番組の制作など、未来を舞台にしたあらゆる種類の創造的な仕事について、作家やプロデューサー、番組制作者とコラボレーションしているかなりの有名人でもある。
多摩大学大学院ではすでに紹介したようにシナリオ・プランニングをカリキュラムとして展開して久しいが(多摩大学大学院グローバルフェロー公開セミナー「Innovate for Impact」2021から(2)参照)。ただし、VUCA(不安定、不確実、複雑、曖昧な)の時代のシナリオプランニングは単にいつかやってくる未来の衝撃に備えるだけのものではない。そもそも日々が不確実なのだ。そこで現実的にアクションを生み出すためにいくつかの方法を併用する必要がある。
従来のシナリオ・プランニングが場合によっては超・長期的に戦略のコンテクストを洞察する質的方法論なのに対して、FTIのアプローチは、5年から10年の未来を対象とする。まず①「定量的(加えて質的)」に変化のシグナル(兆候)を集め、②それらをマップ化して意味を読み取ってシナリオを構築し、③戦略的アクションを導出する、というアプローチだ。とくに技術的な変化の激しい業界の企業のために実用的な知見を提供している。ちなみに、デザイン思考は時間的には数年の範囲での消費者インサイトを提供してくれるだろうし、ファストファッション分野などのトレンドウォッチャーはさらに短期の兆候を扱う。以上のように長期シナリオ、中期のトレンドのシナリオ、短期のトレンドなど、未来アプローチを組み合わせていくのが望ましいといえる。
「未来学者が教える経営の未来リスクを見抜く方法」
今回のプログラムでは未来を描くことと同時に、いかに未来のリスクを創造的にとらえそれらに対応するかという視点でレクチャーが行われた。
エイミーは次のようにいう。
「企業は未来を築くことに集中しています。しかし将来のチャンスだけでなく、将来のリスクについても考えなければなりません。リスクとチャンスを評価することで、不確実性を減らし、より良い判断ができるようになります。」
「問題は、企業や政府が"将来の保証"を求めていることです。これはまったくのナンセンスで何かを将来的に保証する方法はありません。まず第一に、未来を予測できなければなりませんが、未来を予測する(数理的な)方法はありません。」
「私の学歴はゲーム理論と経済学ですが、ある種の物事を予測することはできても人工知能の未来や地政学など、より広範な未来の話になると、変数の数が多すぎ、予測を立てることはできません。その代わりに別の方法を使う必要があります。未来に対応するためには何が求められるかというと、地球上のあらゆる場所で常に起こっているすべての出来事について包括的に情報や知識を得て、それらを瞬時に処理する必要があるのです。」
変化のシグナルを読む
FTIが重視するのは変化のシグナルを見極めることだ。マクロな変化の力、弱いシグナル、強いシグナル、そして、トレンド。ここでいうトレンドとは、短期のものではない。さまざまな変化を縦断する長期的なトレンドを意味し、主に科学技術に注目している。そして、それらの情報をもとにインプリケーション(意味のマップ)を作成する。つまりシナリオであり、多くは5〜10年を視野にしている。そしてバックキャスティングによって企業がどのような戦略的アクションを取るべきかを考える手助けする。
ちなみにバックキャスティングという言葉は流行ってはいるが、単一のシナリオや「低品質」のシナリオを起点にしていては有効でないだろう。
企業は未来ビジョンを立てようとして重要な不確実性を探求し、変革について考えようとして視野を広げ、挑戦しようとする。そして、具体的な目標、たとえば利益率や顧客基盤、業界内での地位などにそれらを結びつける。しかし、エイミーは、しばしばその前に行うべき膨大な作業が欠けているという。それは広範囲のマクロな力を把握し、シグナルとトレンドを識別しマッピングしなければならないということだ。これは、通常の調査分析や情報のダウンロードだけではできない。
時間の物差しにとらわれてはいけない
次の点もきわめて重要だ。シナリオプランニングではよく5年、10年、15年とかの"時間枠"を設定する。あるいは中期・長期戦略なら3-5年とか7-10年とかを設定する。しかしこれには問題がある、とエイミーはいう。それはわれわれが一般的な時間軸にとらわれてしまうことだ。
ほとんどの企業は時間軸に沿って将来の計画を策定する(時間を横軸にして、t1・・t2・・t3・・などというような時間単位で目盛を刻む)。しかし、現実の出来事は、あなたのカレンダーを気にしていない。例えばCOVID-19は、「さあ、第4四半期だ、世界的なパンデミックに取り掛かろう」といったようには振る舞わない。現象と現象、時間軸を超えた意味的な因果で世界は変わる。世の中は必ずしも企業のカレンダー通りには進まないのだ。
企業では多くの場合、3〜5年の範囲で取り組んでいるもの(たとえば利益率の向上)、10年の範囲で検討しているもの(たとえば顧客開発)などがある。これらは重要な業績評価指標(KPI)でビジョンの達成度を示すものだが、時間軸にとらわれずに、シームレスにこれらをつなげて考えていかねばならない。
有効なツール① 未来の円錐
こういった作業のためにFTIが活用しているツールのひとつは下図の"未来への時間円錐(タイムコーン)"だ。左端が今日を表しており確実性が高い。未来(右)に行けば行くほど、低くなる。しかし、だからといって行動や決定をしないということではない。不確実性の高さを考慮し、非常に近い将来においては、戦術的・戦略的な意思決定を行うべきだ。しかし未来について、ほとんどの企業は変革について真剣に考えていない。将来のビジョンや変革を決定づけるシグナルを真に見ようとするならば、時間が経てば経つほど、真に大きな影響を与えることを理解すべきだ。つまり、短期的な視点と長期的な視点の両方が必要だ。
有効なツール② 10+1の外的変化要因サイクル
そのためには兆候となるシグナルデータを集め、トレンドをマッピングする必要がある。そのために使用されているのが次の"車輪"だ。外輪には11のマクロ的な破壊的要因が位置付けられているが、これらは一企業や一国が完全にコントロールできない、外部の不確実性を表している。
テクノロジーが内なるリングに位置付けられているのは、現代生活のあらゆる側面に絡み合っているからだ。
"弱いシグナル"(weak signals)とは、まだ主流になっていない新技術や、小さなイノベーション、小さな開発プロジェクト。"強いシグナル"(strong signals)とは、より大きなイノベーションや、重要な投資や開発プロジェクトなど、明らかに大きな警告の指標となるものだ。シグナルが得られたら、それらのシグナルから意味あるトレンド(図の中核)をいくつかの特定の基準によって判断する。このトレンドは、マクロ的変化の要因とシグナルが交わることで発生し、長期的に発展する傾向を持つものだ。このような長期的なトレンドを予測することで、リアルタイムに物事を把握することができる。
こうしたプロセスには多くの時間がかかるが、これによってシナリオ・プランニングは非常に正確なものとなり、リーダーが大きな賭けの決断を下すことができる。車輪と円錐を使って、注意すべきだと思われるリスクを考えていく。もちろんそのリスクはただ避けるのでなく、そこからチャンスを見出す視点も重要だ。
未来トレンドとしての"合成された現実"
レクチャーの後半では「合成された現実」というテーマで具体的なシナリオ思考を経験した。バーチャルでもオーグメンティッドでもメタでもない現実の出現といっていいだろう。これは「合成された生命」という問題にも繋がっている。
「合成された生命」についてさらに興味があれば、エイミーの最新刊The Genesis Machine: Our Quest to Rewrite Life in the Age of Synthetic Biology を参照してもらいたい。「創世(genesis)機械(machine)」というタイトルの本書は合成生命・生物学がもたらす革命とともにリスクについて論じている。
「ここ数週間で、FacebookとMicrosoftがメタバースについてかなり大きな発表をしましたが、実は今朝、ある多国籍企業から電話がありました。彼は”私はメタバースが私たちが注目すべきものなのか、それとも別のものなのかを知りたいと思う”と聞いてきました。そこで、こんな仮説を立ててみましょう。近い将来、私たちの現実がバーチャルでもオーグメンテッドでもメタでもなく、合成されたものになるとしたらどうでしょうか。これからその意味合いを説明します。」
「まず合成メディアに関するものです。皆さんもご記憶の通り、AKB48の例があります。10年くらい前でしょうか、あるとても魅力的なメンバーが一人いました。彼女は雑誌の表紙を飾りました。コマーシャルにも出ていましたし、とても人気がありました。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、彼女は本物ではありませんでした。人造人間だったのです(注:これは架空キャラクターとして造られたAKBの研究生、江口愛実のことを指していると思われる)。
ある意味、彼女はディープフェイク(AIを利用した人物画像合成)のようなものでした。ディープフェイクが流行るずっと前のことです。いまや実在の人物の属性に基づいて合成キャラクターを作り、そのデータを利用して、意味のある会話ができるようにプログラムすることができます。つまり、これはデジタルヒューマンを造ることができるシステムの一例なのです。そして、時間をかけて学習し、実際の人間と対話できるようになります。今では、人造人間を購入することもできます。オンラインマーケットでは、これらのキャラクターをプログラムして、好きなことをしたり言ったりすることができます(注:Alethea AIなどを指している)」
では、こうした「合成生命」の技術がもたらすリスクとは何だろうか?エイミーは3つのレベルに分けて解説した。
「合成された生命」がもたらす3つのレベルのリスク
① はっきりしたリスク
「たとえば今後10年以内に、私たちは携帯電話をあまり使わなくなり、さまざまな種類のデバイスを使うようになるでしょう。これらのデバイスは、新しいタイプの体験やお金の使い方への入り口であり、同時に、監視される新しい方法であることはいうまでもありません。人々が携帯電話を見るだけではなく、常にコンピュータを身につけているとしたら、それはビジネスをどのように変え始めるでしょうか?カスタマージャーニーはどのように変化するでしょうか?記憶や衣服を保存できるようになったら?サイバーセキュリティについても、これまでとは違った考え方をする必要があるのではないでしょうか? 」
②あまり目立たないリスク
「あまり目立たないリスクは、お金に関係しています。90年代のカリフォルニア大学バークレー校では、自分のコンピュータにアプリケーションをダウンロードして、バックグラウンドで計算機資源を寄付するというシステムを導入していました。つまり、あなたのコンピュータのパワーをネットワークで結び、スーパーコンピュータのようにして、その時間をさまざまな科学的活動に提供することができました。
これが形を変えて復活しています。今では、自分のデバイスにソフトウェアをダウンロードしてお金をもらうことができます。Airbnbのようなものだと思っていただければいいと思います。今のところこれは主にコンピュータや携帯電話で機能しますが、インターネットに接続できるデバイスであれば、どんなものでもすぐにこの種の技術を利用できるようになると思います。
今のところ、報酬は従来の現金ではなく、暗号通貨で支払われています。ほとんどの人にとっては、デジタルウォレットの使い方がわからないため、それはとても難しいことです。しかし、これも変わりつつあります。決済が変わり始め、お金の使い方も変わり始めています。」
「では、ここでのリスクは何でしょうか?人々が自分のデバイスで新しい方法でお金を稼ぐとしたら?それはもしかしたら、彼らが仕事をやめてしまうことになるのではないか?つまり、若い人たちはフルタイムの仕事に就かず、パートタイムの仕事を選ぶようになるのではないでしょうか。その代わりに、パートタイムの仕事を選び、スマートホームに働いてもらうのではないでしょうか?税金はどうなるのでしょうか?これは世界経済に何をもたらすのでしょうか?」
② 気づかないリスク
最後のリスクは「オブリビアス(oblivious)・リスク」と呼ばれる、われわれが注意を払っていないリスクだ。
「あるスタートアップが食料品店で顧客のDNAサンプルを集めようとした実験がありました。つまり、DNAベースのマーケティングというわけです。消費者はスーパーでリストバンドを手に入れ、そのリストバンドで商品をスキャンすると、あなたの体のためにはイチゴを食べるべきだが、オレンジは食べてはいけないなどと教えてくれるのです。」
「もし科学者に、DNAがマーケティングに使えるかどうかと聞いたら、彼らはそれは難しいというでしょう。しかし、実際にはこの分野にいくつかの企業が参入しており、大きな投資を行っています。そして、消費者はこのアイデアを気に入っています。ある調査によると、アメリカの平均的な消費者は95ドルで自分のDNAを第三者に売るそうです。」
「生物の内部にあるDNAを取り出して、コンピュータを起動するように細胞を起動する方法を発見した科学者がいます。ワープロソフトのようなものを使いテキストの代わりに遺伝子コードを使って、プリントアウトすることができたのです。彼らが編集された生命を作り出すことができたということです。信じられないかもしれませんが、このバクテリアには透かしが入っていました。"生きる、誤る、倒れる"(注:“To live, to err, to fall, to triumph, to recreate life out of life")という言葉です。これはジェームズ・ジョイスの言葉です。」
「同じ技術を使って、ウイスキー作りをはじめ様々なことができるのです。合成生物学を使っておいしいウイスキーを作り、その分子を調べ、分子をコピーしてプリントアウトすることができるのです。つまり、20年かけて熟成させたウイスキーを、20時間で同じものを作ることができるのです。しかも、分子の観点から見れば、まったく同じものができるのです。」
「日本はクラフトマンシップで知られていますが 、同じようなことが一晩でできたらどうなるでしょうか。遠い将来、私たちは生命を再設計し、細胞とコミュニケーションをとることができるようになるでしょう。その意味するところは非常に大きいものです。人類の未来に影響を与える決定を下すという、大きな責任を負うことになるでしょう。」
日本企業に向けて
「最後に日本企業にとってのリスクに触れておきましょう。日本は文字通り、そして比喩的にいっても世界の中心、地政学的に絡み合っている米国と中国の間に位置しています。また、日本の企業はAIや合成生物学の分野の技術の多くに十分な投資をしていないと思います。企業が短期的なゲームの利益を優先し、長期的なリスクに対処していないことも見受けられます。そして、最大のリスクは、リスクを取ってチャンスを掴むということをしないことだと思います。」
「私は、近い将来、私たちの現実がバーチャルでもオーグメンテッドでもなく、合成されたものになるとしたらどうだろう、という仮説から始めました。そこで想像を絶するものを想像し、未来のリハーサルをすることを厭わなければ、すべてのリスクは軽減され、あるいはチャンスとして捉え直すことができます。そして、もっと先のことを考えて行動しなければなりません。今日の経営陣は、より大胆に、よりシステマティックに、近い未来と遠い未来を同時に考えなければなりません。未来を考え、自分に合った方法でデザインする方法を学ぶのです。今日はありがとうございました。」
エイミーは日本の社会や企業が持つポテンシャルを高く評価している。ただし、現状を意識せず未来のビジョンを語っても、あるいは現状維持の正当化を行なっても、いずれも変化は訪れない。そこでまず未来のリスクを想定することで、これまでとは異なる、何らかの先んじたアクションをとらざるを得ない、というのは理に適っている。今後のエイミーの活動に大いに期待したい。
なお同氏のレクチャーは下記日時で開催された。
2021年11月6日(土)AM9:00〜AM10:00
「未来学者が教える経営の未来リスクを見抜く方法」
[メインスピーカー]エイミー・ウェブ
エイミー・ウェブ氏は、ニューヨーク大学スターン経営大学院の教授であり、世界で最も注目されている未来学者の一人です。エイミー氏が創設したFuture Today Instituteは、アメリカで最も急成長している企業の1つとしてInc.5000にリストされています。同社が開発したテクノロジー&データドリブン型未来予測メソッドは、世界数百社の企業で導入されており、エイミー氏は世界の多くのCEOのアドバイザーを務めています。
エイミーは、BBC選出の「2020年の女性100人」としてリストされ、フォーブス誌の「世界を変える5人の女性」の1人にも選出されています。
エイミーは、現在、世界経済フォーラムのメンバー、オックスフォード大学のSäid Schoolo Businessの客員研究員、Atlantic CouncilのGeo TechCenterの非居住者シニアフェロー、米国政府説明責任局の戦略的先見性センターのフェロー、ブレトンウッズ委員会のメンバー、アメリカ外交問題評議会の終身会員、日米リーダーシッププログラムの生涯フェローなどを務めています。
近著「BIG NINE~巨大ハイテク企業とAIが支配する人類の未来」(光文社)は、ビジネスとテクノロジーに関する最高の本で2020ゴールドアクシオムメダルを獲得しました。
その他の著書「シグナル:未来学者が教える予測の技術」(ダイヤモンド社)は、ビジネスとテクノロジーについての最高の本として、Thinkers 50 Radar Awardを受賞し、Fast Companyの2016年のベストブック、Amazonのベストブック2016の1つに選ばれ、2017年のGold Axiom Medalを受賞しました。
最新刊:The Genesis Machine: Our Quest to Rewrite Life in the Age of Synthetic Biology
[パネリスト]紺野 登(多摩大学大学院 教授)
[モデレーター]河野 龍太(多摩大学大学院 教授)
「Innovate for Impact」2021 プログラムの1-5回へのリンク
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