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しめかざり探訪記[5]――展覧会「渦巻く智恵 未来の民具 しめかざり」を振り返る〈後編〉

 前回に続き、東京・生活工房で開催された展覧会「渦巻く智恵 未来の民具 しめかざり」(2020.11.28〜12.27)を振り返る。今回は第1室と第3室を見ていこう。

【第1室 しめかざり時空探訪】
 ここでは、しめかざりの多様性、地域性、歴史、構造などを写真やグラフィックで紹介した。

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↑第1室会場風景(☆)

■しめかざり地図
 順路の最初に展示したのが「しめかざり地図」。私の20年に及ぶ調査を日本地図に落とし込んでいる。訪れた場所に印を付け、その土地で撮影したしめかざりの写真を3〜4cm角にプリントして貼る。徐々に写真を貼るスペースが無くなってきたこともあり、実は数年前に更新をやめた。長年使い込んだので地図を開閉するたびにピリピリと裂け、黄ばみもひどいが、私にとっては宝の地図だ。自己紹介に最適な1枚だとして展覧会の冒頭にもってきた。

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↑しめかざり地図。サイズ76cm×109cm(☆)

 この古ぼけた地図を眺めていると、さまざまなことが思い出される。「この土地にあった歳の市や露店は消えてしまったな」「これを作っていたお爺さんは天国で元気にしているかしら」「ここの田んぼは住宅街になったらしい」「このしめかざりは継承されたのかな」「ここの正月は暖かかったな」「このあたりはコンビニが少なくて、しめかざりの発送に苦労したな」「この山で雪穴にはまったんだよね…」などなど。

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 この地図は展覧会全体からすれば小さな存在だが、実は全てを語っているともいえる。しめかざりの多様性、地域性が一瞬でわかるのはもちろん、本展開催の動機や私の人生まで、ある意味生々しく地図の上に置かれているのだから。

 会場では、この地図の前から動こうとしない人が少なからずいた。地図から滲み出る何かを、懸命に汲み取ろうとしている。その頭の中を見たくなって話しかけてみると…。

 「確かにお爺ちゃんの家はこんなかたちだった気がする!」「え? ウチの地域はこんなかたちなんですか?」「昔、ここに住んでいました。ちゃんと見ておけばよかったな」「私の土地のしめかざりは地図上にないですね」「この地図、なんだかずっと見ていられます」「死んだ親父が作ってたのはどんなかたちだったかな…」と、想像以上に多彩な感想が出てきた。私の記憶と誰かの記憶がリンクすることで、この地図がどんどん広く深くなっていく。はたして皆さんは、この地図をスルーせずに見てくれただろうか。

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↑「玄関用しめかざり形態分布地図」も横に並べた。

しめかざりのリバーサルフィルム
 私はよく「人の数だけしめかざりがある」と言う。それは、同じ土地でも家により人により、かたちや風習が少しずつ異なるからだ。長年、多種多様なしめかざりを撮影してきたので、写真の量は膨大。その全てを展示することはできないが、それでも可能な限りたくさんの写真をお見せしたいと思った。その「量」が、しめかざりの「多様性」を理屈抜きで証明してくれるから。

 そこで、これまでに撮影してきたリバーサルフィルムを並べることにした。私がデジカメに移行する前、フジフィルムのPROVIA 100Fで撮影した写真が2000枚ほどある。デジカメネイティブ世代には想像できないかもしれないが、リバーサルフィルムは手間がかかる。現像は業者に頼むが、現像が終わったスリーブを自分で一枚一枚切り出し、マウントケースに挟み、日付や情報を書き込む。我ながらよくやっていたと思うが、ここまで手間をかけた後の「物質感」は何とも言えない。スリーブの中で連結されていた写真たちが、自由な体を得て「オレ、カッコイイだろ?」と主張してくる。この勢いを使わない手はないと思い、フィルムの中から945枚を会場に「そのまま」並べることにした。

 本来リバーサルフィルムは紙焼きをしたり、スライド上映に使用したりするもので、そのままの姿を眺めるものではない。また、見るためにはバックライトも必要だ。そのような面倒な代物を、やはり東京スタデオさんが見事に展示してくれた。横幅7m75cm、奥行60cmの透過テーブル(行灯タイプ)を製作し、会場にスライドの天の川を出現させた。

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 フィルムは北から南へ移動するように配置し、最後は「どんど焼き」の写真で締めた。写真の中には探訪中の食事や自然の風景など、しめかざりと直接関係のない場面も出てきたが、それがよかったとも言われた。現在のデジカメと違い、フィルムは撮影しながら画像を確認・消去することができない。だから高いフィルム代を無駄にしないよう、当時は緊張感をもって大切に「その1枚」を撮影していた。そんな私の執念がこもるフィルムたちを、今回初めて公開。現在では消えてしまったしめかざりや正月の風情が写っていたと思う。

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 また、多くの方に驚かれたのはフィルムがむき出しで展示されていたこと。盗難にあってもおかしくない状況だったが、最終日までそのようなことは一切なかった。それは来場者が当然の倫理観を持っていたということであり、決してあのフィルムに魅力がなかったから…ではないと思っている。

しめかざり時空探訪
 この部屋で一番スペースを使っているのが「しめかざり時空探訪」というコーナー。横幅約10メートルの壁面に、しめかざりの写真をいくつかセレクトして地方ごとに並べた。ここではキャプションが重要となり、その一文があるか無いかで写真の見え方が違ってくる。実はこのコーナーの執筆作業が、展覧会準備の中で一番楽しかった。その写真を撮った時の驚きや感動を思い出し、「この面白さをどうにか伝えたい!」と夜中に筆が踊った。

 また、壁面を貫く赤帯部分には、『日本の民俗 全47巻』(第一法規)から、その地方に伝わる正月の風習を抜粋して掲載した。私の撮影した写真は古くても20年前のものなので、さらに昔の風習と比較しながら、「しめかざりの時空」を縦横無尽に探訪していただきたいと考えた。

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 壁面の最後には、各地の「しめかざり露店」の写真を15枚ピックアップして、北から南へ並べてみた。個人的には大好きなコーナーだ。風土によって変わる露店の大きさ、構造、販売人の数、その服装、しめかざり以外の販売物(餅花や野菜、正月道具)など、さまざまな違いを比較できる。そして、いかに「日本の正月」が全国で異なるのかを再認識させられる。

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その他の展示
 以下、写真を中心に第1室を振り返る。

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↑「素のすがた 装飾の下のしめかざり」
ここでは、しめかざりに付いている橙や裏白などの装飾を外し、藁の「素のすがた」に注目した。そこには作り手の思いがはっきりとあらわれている。


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↑「しめかざりの形態チェックポイント」

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↑「一本の縄からしめかざりへ」
一本の縄がしめかざりへ変化する過程を、「歴史」と「造形」を並べることで表現した。


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↑「しめかざりカルタ」
森の手製カルタ。ある日突然、「しめかざりの造形をたくさん並べて比較するにはカルタが最適なのでは!?」と思い立ち、作ってみた。正直、大変だった。裏面に地名が書いてある。カルタのサイズは10cm×7cm。


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↑「しめかざり探訪カルタ」
こちらも森の手製。カラー写真とコメントで探訪の雰囲気を楽しんでもらうカルタ。(☆)

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↑「標の縄」「トシガミの発見」


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↑「みんなの縄ない」
さまざまな作り手の「縄ない」の手元映像だけをつなぎ合わせた。「縄ない」と一口にいっても、その方法はさまざまで個性がある。
会場には他にも6つの映像を流し、各地のしめかざり製作の現場を見ていただいた。

【第3室 渦巻く智恵 未来の民具】
 第3室は大きく2つのカテゴリーに分かれている。一つは、第2室「月下のしめかざり」に展示されていた実物のしめかざりを解説、考察したコーナー。もう一つは、「未来の民具」として「輪飾り」を紹介したコーナー。

 前者はいつか本のようなかたちでまとめるとして、今回のnoteでは後者の「輪飾り」についてお伝えしようと思う。

輪飾り 〜感謝を数える道具〜
 ここで言う「輪飾り」とは、「普段よく使うモノや場所」に掛けるための小さなしめかざりのこと。その名称や形態は土地によってさまざまだが、多くは「細く、小さく、丸い」かたちをしている。一般的には水回りや勝手口に掛けるとされ、昔ならば農機具や倉の入口、井戸、風呂、厠にも掛けた。

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↑日本各地のさまざまな輪飾り。

 しめかざりといえば、多くの人が玄関用や神棚用の大きく細工の凝ったものを思い浮かべるかもしれない。私もそうだったし、実際そのようなしめかざりを収集して本展の第2室に展示した。しかしここ数年は、この小さく目立たない「輪飾り」こそ、人それぞれの事情や小さな気持ちに寄り添ってくれるのだと気づき、意識的に調査・収集するようになった。それを教えてくれたのは、なんと俳句と短歌だった。

 「輪飾り」を詠んだ俳句・短歌を集めてみると、輪飾りを掛けている「場所」が想像以上に多様で驚いた。中でもこの句が私に火をつけた。

 三味線に輪飾かけて芸に生く(中村秋星)

 おそらく芸妓さんが、日々大切にしている「三味線」に輪飾りを掛け、この一年の感謝と更なる精進を誓ったのだろう。私はこの句を読んで、「三味線に輪飾りを掛けて良いのか!」と心底驚いた。そして他の句も調べてみると、「海女さんの桶」「母の鏡台」「先祖の墓」「笛」「生簀(いけす)」「糸車」「仏間」「本」など、さまざまな場所に輪飾りを掛けている。正岡子規の短歌(俳句ではない)にも、愛用の「寒暖計」に掛けたとある。

 つまり輪飾りとは、年末に自らの一年を振り返り、愛用したモノ、大切にした場所を一つ一つ確認しながら掛けていくものなのだ。「今年もありがとう。来年もよろしくね」という気持ちをこめて。そして、家のあちらこちらに掛け終わったころには、自分が多くのものに「生かされている」ということを実感する。

 輪飾りは、「感謝を数える道具」として、これからの未来に必要な民具ではないかと提案した。会場では、全国から収集した輪飾りの「実物」を並べ、俳句・短歌とともに本物の三味線も展示した。

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↑実際には三味線に、どんな輪飾りをどのように掛けていたのだろう。(☆)

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↑「父と輪飾り」
私の父は昔、年末になると「長男の仕事」として実家の内外14ヶ所に輪飾りを掛けていたそうだ。絵を描くのが得意な父に当時の風景をイラストにしてもらい、会場に展示した。精麦工場を営んでいたので、ボイラーや電話機にも掛けていたのが面白い。


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↑私の母校である小学校で「しめかざり講座」を行った。5年生100人に輪飾りをプレゼントしたところ、子供たちはちゃんと「自分が感謝すべきモノ(場所)」に掛けてくれた。キーパーグローブやセロハンテープの台、けん玉、ベッド、玄関、テレビなどなど。私の講座が伝わって嬉しい。


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↑「あなたは輪飾りをどこにつけますか」
一年を振り返り、自分にとって感謝したいもの(輪飾りをつけたい場所)はどこかを付箋に書いてもらった。「スマホ」「食洗機」「ランドセル」「恋人」「酒びん」「故郷」「空の雲」など、本当にたくさんの方が書いてくださって楽しかった。

その他の展示
 第3室もコンテンツが多いので、以下、写真を中心に振り返る。

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↑「宮城県丸森町の門飾り」
宮城県丸森町出身の荒川美津三さん(91歳)が幼少の頃に父親と製作していた正月の「門飾り」。本展のために再現、設置していただいた。門の奥に見える「雪ん子」も荒川さん作。写真2枚目が荒川さん。会場で直接、指揮・指導してくださった。(1枚目☆)


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↑「藁と生活・ワラで始まりワラで終わる」
荒川さん曰く「正月が過ぎたら、仕事始めに『荷縄』を綯います。そして年末の仕事納めは『しめかざり』づくりです。農家の生活は、ワラで始まってワラで終わるのです。」
そのような当時の生活を取材し記事にした。また、荒川さんが製作した日常の藁細工もお借りして展示した。


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↑「伊吹島・カケノイオ」「会津若松・ケンダイ」
香川県伊吹島に伝わる漁師のしめかざり「カケノイオ」と福島県会津若松市に伝わる2種類の「ケンダイ」についての取材記事。ケンダイのほうは製作時の映像も流した。


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↑「年男・『みようみまね』だから繋がる」
家のしめかざりを自作している3名の若い「年男」を、「3世代家族の年男」「遠距離の年男」「初代年男」として取材。2名は製作風景の映像も流した。現代の「年男」事情を知るとともに、「みようみまね」だからこそ物ごとは継承されるのではないかと考察した。

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「フシ・フシで心に節目をつける」
「シメノコ・風で会話をする」
「しずく型・イノチのカタチ」
「ゴキ・器はもてなしのしるし」
第2室で展示していた実物から特徴的な形態をピックアップして解説。

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↑「ダンボールの家伝書 〜辰巳正月〜」
このダンボールは、香川県在住の友人がお母さんからもらった「家伝書」。香川県には「辰巳正月」と呼ばれる「今年亡くなった方のための一日だけのお正月」という風習があり、お母さんはイラストまで駆使して娘に一生懸命伝えようとした。ダンボールに書いた理由は、花屋を営んでいるため身近にたくさんあったから。しかし、紙では無くしてしまいそうだから厚紙に書いて、「ずっと持っていてほしい」という気持ちもあったのではないだろうか。「辰巳正月」という風習も、お母さんの「気持ち」も、温かい。


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↑「呪術による治療」
北東ニューギニア レロン川上流域 ヴァントート族の映像。繊維状のものを撚ったり結んだりすることに呪術的な力を感じるのは人類共通なのだろう。


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↑「ちょっと前の故郷の正月を覗いてみませんか」
『日本の民俗』47巻を自由に閲覧できるコーナー。各巻の「正月」のページに付箋を貼ったので、自分の故郷の正月がすぐに探せる。本は全て森の私物。


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↑「公募写真展覧会」
SNSで公募した全国のしめかざり写真を展示した。たくさんの来場者が「ウチはこの近所だ!」などと興味深げに見てくれた。


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↑「輪飾りプレゼント」
ボランティアの方々が、会期前に何日もかけて500個以上の「輪飾り」を手作りしてくださった。毎日数量限定で来場者にプレゼントし、大変喜ばれた。ボランティアの方々には感謝しかない。


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↑「しめみくじ」
会期ラストの2日間は、急遽「しめみくじ」なるものを製作して置いてみた。しめかざりで来年を占う、森のオリジナルおみくじ。意外と喜んでいただけて、徹夜した甲斐があった。


おわりに
(以下、会場に掲示していた「おわりに」の文章を加筆修正)

 私は当初、展覧会の仮タイトルを「しめかざり道」としていました。「道」とは「生き方」であり「方法」です。茶道なら「茶」、華道なら「華」を媒介にして、身の回りの「自然」や「自分自身」に向き合ってきました。しめかざりも正にそうだと思ったのです。

 藁を触ることで、「米」やそれを育む「自然」の大切さを知る。しめかざりをさまざまな場所へ掛けることで、自分が多くのものに「生かされている」ことを知る。このような謙虚さを、毎年年末に取り戻す術が「しめかざり道」なのでしょう。

 必ずしも、実際にしめかざりを掛けなくても良いのかもしれません。心を落ち着けて、「自然」や「自分」に向き合う時間をもつことが大切なのだと思います。

 先人は厳しい環境の中、必死に正月を迎えてきました。正月は寝ていたら勝手にやってくるものではなく、迎える準備が整ったところへ訪れると信じていたからです。

 今年は私たちも、無事に正月を迎えることが「毎年の奇跡」だったと知ることになるでしょう。皆さんの新たな一年に平安が訪れますよう、心から祈っております。 2020.11.28 森須磨子」

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最後になりましたが、本展にご支援、ご協力いただきました皆さまへ心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。


*写真のキャプションに☆印のあるものは本田犬友氏撮影。
それ以外は全て森須磨子撮影


森 須磨子(もり・すまこ)
1970年、香川県生まれ。武蔵野美術大学の卒業制作がきっかけで「しめかざり」への興味を深めてきた。同大学院造形研究科修了、同大学助手を務め、2003年に独立。グラフィックデザインの仕事を続けながら、年末年始は全国各地へしめかざり探訪を続ける。著書に、自ら描いた絵本・たくさんのふしぎ傑作集『しめかざり』(福音館書店・2010)、『しめかざり—新年の願いを結ぶかたち』(工作舎・2017)がある。
2015年には香川県高松市の四国民家博物館にて「寿ぎ百様〜森須磨子しめかざりコレクション」展を開催。「米展」21_21 DESIGN SIGHT(2014)の展示協力、良品計画でのしめ飾りアドバイザー業務(2015)。2017年は武蔵野美術大学 民俗資料室ギャラリーで「しめかざり〜祈りと形」展、かまわぬ浅草店「新年を寿ぐしめかざり」展を開催し、反響を呼ぶ。収集したしめかざりのうち269点を、武蔵野美術大学に寄贈。
2020年11月には東京・三軒茶屋キャロットタワー3F・4F「生活工房」にて「しめかざり展 渦巻く智恵 未来の民具」開催。
https://www.facebook.com/mori.sumako

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