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しめかざり探訪記[11]滋賀県大津市――「ミさん」に守られた、大津のしめかざり
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しめかざり探訪記[11]滋賀県大津市――「ミさん」に守られた、大津のしめかざり

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 今回のnoteは、前回の「高山探訪」の翌日の話。
 岐阜県高山市をあとにした私は、その翌日、滋賀県長浜市に来ていた。当時の私はまだまだ全国のしめかざりの全体像が見えておらず、白地図の「県」を塗りつぶすように旅をしていた。

■スタートは空回り

 2006年12月30日、早朝。長浜駅前のビジネスホテルを出て、私は最初の一歩に悩んでいた。予定通り商店街に向かうか、初めましての琵琶湖を見に行くか。例のごとく「急ぐ旅」ではあったが、確か湖までは徒歩圏内だったはず。何かの感動を期待して、エイヤッと湖に向かってみた。
 着いた瞬間、「やってしまった!」と思った。初めて見る琵琶湖は、朝日に光る湖面と広い空が美しかったが、その時の私には「それだけ」だった。頭の中は、早くしめかざりを探さねばという焦りが充満していて、琵琶湖の入る隙がなかった。やはり探訪と観光は切り離そう。会うべき山河には、おのずと会える。

 琵琶湖に詫び、雪残る住宅街を長浜駅まで駆け戻る。
 駅に着いて「さあ、ここから!」と歩き出したが、露店は見つからなかった。人通りも少なく、寒く、寂しい雰囲気。どうにかスーパーでしめかざりを見つけたが、高山と似ている印象だった。(後日、長浜にも歴史のある正月飾りがあると知ったが、この時は見つけられなかった。)
 長浜ではうまくしめかざりに出会えなかったので、彦根に移動してみた。北陸本線新快速で約20分、190円。よし、と再び意気込んだが、彦根でも露店は見つからなかった。スーパーや花屋、雑貨店で、ビニールパックのしめかざりを見かけたが、形は長浜と全く同じだった。仕入先が同じなのかもしれない。
 年末なのに、商店街の人出は少ない。空は暗くなり、粉雪が舞い始める。全てが心細い。せっかく高山から3時間半もかけてここまで来たのに、「露店」にも「作り手」にも出会えず帰るのか。
 私は琵琶湖周辺の路線図を取り出し、「どこだ、どこだ、どこだ」と駅名を目でなぞる。今からどこへ行けばいい……? そして決めた。「大津へ行こう!」
 大津といえば東海道の宿場町。旅人がこぞって購入したという土産物の「大津絵」で有名だ。そんな昔の賑わいだけを頼りに、大津行きを決めた。ここから1時間くらいかかるだろうか。朝の不用意な琵琶湖詣でを後悔する。

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↑琵琶湖。間違いなく美しかった。

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↑駅から琵琶湖へ向かう途中の住宅街。遠くに見えるのは何の山だろう。

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↑長浜の街中で。ゴボウジメに藁束が垂れたかたち。左モト。門松が壺に生けられている。

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↑彦根の街中で。こちらは右モト。

■玄関では戦闘態勢、神棚ではのんびり

 JR琵琶湖線で大津に到着したが、もう夕方で薄暗い。完全に予定外の土地なので下調べ無し。こういう時は商店街、アーケード街を探すに限る。人通りのないところに露店は立たない。街中を歩くと、すでにしめかざりを飾っている住宅や商店も多かった。形は長浜風、京都風、高山風、と混在している。
 駅からあてもなく徒歩10分、ついにアーケード街で露店を発見した。細い木材を組んだ仮設の店には、一人のおばあさんが立っている。ヤッター! はやる心を抑えてゆっくりと近づき、こんにちはと挨拶して、しめかざりを見る。
 おばあさんは親しみのある笑顔で「もう良いのは売れちゃったよ。もっと早く来ればよかったねえ」と残念そうに言った。おばあさんの言う「良いの」とは、2匹の蛇が合体した形のしめかざりのこと。いま店に残っているのは、1匹の蛇を象ったものだという。左綯いの藁縄で、ぐるぐると「トグロ」を巻き、そのトグロから3本の藁束が垂れている。

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↑おばあさんの露店。もう残り少なかった。

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↑おばあさんのしめかざりを購入し、自宅で撮影したもの

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↑装飾を取ってみたもの。藁部分の造形がよくわかる。

 トグロの上にピンと飛び出している藁束が蛇の「頭」で、トグロの巻き終わり(藁の先端部分。写真では稲穂で隠れている)が「尾」だという。
 私はここで、はたと気づいた。蛇には「頭」と「尾」がある。藁にも「モト(根元)」と「ウラ(先端)」がある。樹木にも、河川にも、鳥の羽にも、人間の産毛にも、全て「根源部分」と「成長部分」がある。そう考えると、蛇の「頭」を藁の「モト」で作るのは造形的に美しいからだけではなく、道理にも合っているのだ。(この世の自然物で両端が全く同じものはあるのだろうか。なんだか調べたくなってきた。)
 そして、トグロから垂れた3束の藁は、蛇の「足」だという。蛇に足があるのは面白い。そこで思い出すのは、各地に残る「歳神は一本足」という説話だ。蛇の信仰に詳しい吉野裕子氏は自著『蛇』の中で、一本足の歳神(正月の神様)とは「蛇」のことではないかと考察している。蛇のピンと伸びた姿を「一本足」と捉えたのだろう。
 ちなみに、おばあさんの露店でも一文字のしめ縄が売られている。「このしめ縄は、蛇が背中を干しているところ。神棚用よ。」
 おお、背中を干しているのか! 爬虫類学的には、「トグロ」は蛇にとって「敵に対応する姿」であり、無防備な時はトグロを巻いていないという。それをおばあさんのしめかざりに当てはめてみると、玄関ではトグロを巻いた蛇が敵(邪気)から身(家)を守り、神棚ではのんびり背中を干しているということになる。
 このように、庶民が生活の必要から編み出してきた「物語」は、時にファンタジックで、時に科学的。辻褄が合うと驚くけれど、偶然ではない場合も多いと思う。
 さて、装飾にも目を向けてみよう。おばあさんのしめかざりには、橙、裏白、ユズリハ、稲穂が付いている。ちょっと珍しいと思ったのは、裏白が「3枚重ね」になっていること。一般的には「2枚重ね」だ。
「裏白が3枚なのは、奇数だと縁起が良いから。毎年山から採ってくるのよ。それから、トグロに付いている稲穂は『一年中ほほえむ』の意味。」
 たしかに、しめかざりの造形では奇数を重んじることが多い。だから「七五三縄(しめなわ)」と表記することもある。しかし、裏白やユズリハ、紙垂などの「装飾」は、偶数にするのが一般的だ。とはいえ、各地の作り手さんの中には、「裏白があまり採れなくなったから、節約のために1枚だけにしている」という方も少なくない。裏白やユズリハ、橙などは植生に関係するので、事情は土地によってさまざまだ。
 それにしても、稲穂が「穂穂笑む」だなんて。お穂穂穂穂。

■しめかざりの語りべ

 おばあさんは75歳。生まれてからずっと大津で暮らしている。しめかざり作りは江戸の頃から続いていて、自分で4代目。
「白い蛇は神様だと聞いて育ったの。だからしめ縄は畳(座敷)の上で綯うの。土の上で綯うなんて神様に失礼だから。もしミさん(蛇)の夢を見たら3〜4日は喋っちゃだめ。福が逃げるからね。それに、ミさんをくぐるとお金に苦労しないというから、しめ縄で蛇を作るのよ。」
 おばあさんの「ミさん」という呼び方が心地よい。代々そのように呼び、親しみ、敬ってきたことがわかる。蛇は(冬眠中を除いて)数週間おきに脱皮するそうだ。つまり、常に生まれ変わっている。先人たちは、山や田んぼでその驚異を目の当たりにし、畏敬の念を抱いてきたのだろう。だからこそ正月には蛇のしめかざりを作り、古い年を脱ぎ捨て、新しい年に生まれ変わる。
 おばあさんの作るしめかざりは、脱皮直後の蛇のように美しい藁だった。
「藁は自分の田んぼで育てたモチ米の藁。普通(うるち米)の藁だと固くて綯いにくいからね。刈り取った藁は乾燥させて、10月半ばからそぐる(ハカマを取る)の。11月の大安の日にご祈祷してもらって、やっと綯い始め。」
 こんなに手間と心を込めて作るしめかざり。継ぎ手はいるのだろうか。
「しめかざりを継ぐ人はいない。もう私でおしまい。」
 きっぱりと言われたので、なぜ?と聞けなかった。
「でもね、最近はしめかざりを飾る理由を知らない人が多くて、お客さんにもよく聞かれるから教えてあげるの。こういう文化は、親がやっていたら子どももやるようになる。そうやって繋がっていくのよ。」
 これまで、沢山のお客さんに「ミさん」の話もしてきたのだろう。自分の「技術」は消えても、「物語」だけは残したいという思いが伝わってくる。おばあさんが伝えているのは「しめかざり文化」という狭い話ではなく、「自然との付き合い方」の話だから。

***

 しかし正直なところ、昔話を取材できる方が極端に減ってきた。2022年現在、戦前戦後の生活を実体験として話せるのは85歳以上だろう(10代になっていたとすると90歳以上か)。
 20年前の自分に会えるなら、両肩をワシ摑みにしてこう言いたい。「もっと危機感持って探訪しないと、あとで後悔するよ!」
 今からリベンジできるものだろうか……。

※本稿の内容は2006年のものであり、現在の状況とは異なる場合があります。

森 須磨子(もり・すまこ)
1970年、香川県生まれ。武蔵野美術大学の卒業制作がきっかけで「しめかざり」への興味を深めてきた。同大学院造形研究科修了、同大学助手を務め、2003年に独立。グラフィックデザインの仕事を続けながら、年末年始は全国各地へしめかざり探訪を続ける。著書に、自ら描いた絵本・たくさんのふしぎ傑作集『しめかざり』(福音館書店・2010)、『しめかざり—新年の願いを結ぶかたち』(工作舎・2017)がある。
2015年には香川県高松市の四国民家博物館にて「寿ぎ百様〜森須磨子しめかざりコレクション」展を開催。「米展」21_21 DESIGN SIGHT(2014)の展示協力、良品計画でのしめ飾りアドバイザー業務(2015)。2017年は武蔵野美術大学 民俗資料室ギャラリーで「しめかざり〜祈りと形」展、かまわぬ浅草店「新年を寿ぐしめかざり」展を開催し、反響を呼ぶ。収集したしめかざりのうち269点を、武蔵野美術大学に寄贈。
2020年11月には東京・三軒茶屋キャロットタワー3F・4F「生活工房」にて「しめかざり展 渦巻く智恵 未来の民具」開催。
https://www.facebook.com/mori.sumako 
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