見出し画像

工作舎の隠れ推し本#01 メーテルリンク『白蟻の生活』

note連載企画「工作舎の隠れ推し本」の第1回は、『青い鳥』のメーテルリンクが書いた博物文学の傑作『白蟻の生活』です。記事の最後に、プレゼント企画の詳細が書いてあります。ぜひご応募ください。


『白蟻の生活 改訂版』M・メーテルリンク 尾崎和郎=訳


シロアリのディストピア性

白蟻の生活はディストピアそのものである。蟻の個は存在せず、全の共同体としてのみ存在する。「青い鳥」を書いたモーリス・メーテルリンクは、博物学的な事実に基づいた白蟻の生態を美しい文学的描写により『白蟻の生活』として書いたのだ。 

 白蟻は共同体としての維持が最優先であり、そこに個は存在しない。シロアリ自体の進化もそれに準じたものに成っているのか、食事も選ばず、ただただ役割を遵守していく。まるで、私達の体にあるヘモグロビンやミトコンドリアのような細胞のように。 かれらの務めは多岐に分かれているが、最も悲惨なのは「王」と「女王」だ。彼らは監禁され、ただただ王国の役目を果たす歯車を増やすためだけに、日もささない巣穴のなかで来る日も来る日も交接だけをさせられるのである。

 メーテルリンクは王を「みすぼらしく、小柄で、虚弱で、臆病で、おもてにたたず、いつも女王の後ろに隠れている」、女王を「はりさけそうなほどタマゴでふくれた巨大な腹そのものである」と表現し、さらにこの王国の主たちを「細長い部屋に永遠に閉じこめられている(この)陰うつな夫婦」と呼んでいる。役割に囚われ、自由もない、国王夫婦という役目に押しつけられたシロアリを、メーテルリンクは事実的な羅列でだけでなく、文学的、つまり主観を用いて役割を不気味に表している。

 「最後のねむりにしか休息はない。病気さえ許されず、衰弱は死刑判決同罪である」

 シロアリの世界を表した端的な文章である。彼らは病的なまでに自身に与えられた役割を果たす。これには徹底的なまでの機械性が覗いている。人間には受け入れられない社会を、シロアリは築きあげている。文中にある言葉を用いるならば<人間の自由な活動を指導すべき規則の総称である>モラルが適用されない世界なのだ。我々の幸福とシロアリの幸福は違う。生物としての生まれの違いを立てながら、メーテルリンクは、あえて彼らを人間のように表す。シロアリの擬人化を行うことで、読んでいる人間の生活と照らしあわさせ、その異質さを際立たせようとしているのかもしれない。

 メーテルリンクは白蟻を人間と同じような知性を持っているかもしれない存在として書いていた。だが、メーテルリンク自身にも白蟻が持つ本能と知性を測りきれてはいない。『白蟻の生活』は、白蟻の生態を通じてどのように世界を観るかを考える一歩になる書籍ではないかと思う。(田波)


著者紹介

モーリス・メーテルリンク(Maurice Maeterlinck)
1862年8月29日、ベルギーのガンに生まれる。イエズス会の名門サント・バルブ校からガン大学に進学。法律を学び、弁護士になるためパリへ。そこでヴェリエ・ド・リラダンをはじめとする象徴主義運動の指導的詩人たちと出会い、文学に傾倒。89年、第一詩集『温室』を発表。最初の戯曲『マレーヌ王女』、さらにドビュッシーの作曲で知られる『ペリアスとメリザンド』を発表するにいたって、19世紀末の文壇に踊り出る。世界的に有名な戯曲『青い鳥』は1906年の作。1911年ノーベル文学賞受賞。1949年没。

書籍情報

『白蟻の生活 改訂版』
M・メーテルリンク=著、尾崎和郎=訳
●本体1800円+税 ●四六判上製 188頁
1981.7(2000.11改訂)刊行

本書目次

序 運命の予言者
1章 シロアリの巣
2章 食物
3章 ハタラキ・シロアリ
4章 兵隊シロアリ
5章 国王夫婦
6章 分巣
7章 被害
8章 神秘の力
9章 シロアリ社会のモラル
10章 運命
11章 本能と知能
文献 メーテルリンク年譜


プレゼント応募方法

X(旧:twitter)facebookで「#工作舎の隠れ推し本プレゼント」をつけて投稿した方、あるいはメール(saturn@kousakusha.co.jp)でご応募の方に、最大3名様に抽選でメーテルリンク『白蟻の生活 改訂版』をプレゼント!
当選した方には、DMメッセンジャーメールにて連絡いたします。期日は「2024年1月26日(金)」まで。皆様、どしどしご応募ください!

次回の更新は2024年1月26日(金)。紹介書籍は、アインシュタインの最初の妻ミレヴァの生涯を綴った『二人のアインシュタイン』です!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?