英国のエリザベス2世女王陛下の崩御

9月9日(金)雨

英国(イギリス、グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国、UK)のエリザベス2世女王陛下が崩御された。1926年生まれの96歳。即位されたのが父王ジョージ6世の崩御を受けての1952年、その時の首相はチャーチルだった。それから70年、フランスのルイ14世の最長在位記録72年に及ぶことはなかったが、英国史上では最長、日本でも昭和天皇の62年の6世紀以来の記録を上回っている。

崩御に伴い、長男の皇太子ウェールズ公チャールズが即位されて新国王・チャールズ3世となられた。チャールズの名前は淵源はフランク王国・西ローマ皇帝のシャルルマーニュに遡るが、英国史上ではスチュワート朝のいわゆる清教徒革命で処刑されたチャールズ1世、その子でフランスに亡命後王政復古を成し遂げたチャールズ2世以来のこととなる。チャールズ2世はルイ14世と同時代であり、崩御が1685年なので、実に337年ぶりのチャールズという国王名の復活となる。

チャールズ3世新国王は73歳、王位を継ぐ王子としては歴史上ないくらいの高齢で、まさに古事記や日本書紀の時代の事実関係が確認されない時代の天皇達の話のような感じではある。これにより国王はQueenからKingとなり、女王陛下Her Majestyから国王陛下His Majestyと呼ばれるようになる。

また、英国の王朝名はウィンザー朝だったが、チャールズ3世の即位に伴い、父君のエディンバラ公・フィリップ=マウントバッテンの家名を受け継ぎ、マウントバッテン=ウィンザー家(朝)となる。現在の英国王朝の祖はスチュワート朝断絶後、プロテスタントであるという条件によって女系で継承されたドイツのハノーヴァー選帝侯ゲオルク(ジョージ1世として即位)であり、男系継承を定めたサリカ法典により同君連合を解消したヴィクトリア女王まではハノーヴァー家を称したが、その子エドワード7世は父君のやはりドイツのザクセン=コーブルク=ゴータ朝を称したが、その子ジョージ5世(エリザベス2世の祖父)の時代のに第一次世界大戦でドイツが敵国となったため、1917年にウィンザー朝と改称した。従ってウィンザー朝の継続期間は105年ということになり、そのうちの70年がエリザベス女王の時代ということになった。

チャールズ3世の即位を受けて、その子コーンウォール公ウィリアムが皇太子となるわけだが、まだウェールズ公(Prince of Wales)は称していないようだ。

エリザベス2世の崩御に伴い、蘊蓄系のことはすぐにこれくらいは出てくるわけだが、早口で喋るオタクのようなもので、参考になればありがたい。日本の同盟国というわけではないけれども国際社会ではこのところ一致した行動をとっている英国の、エリザベス2世女王陛下の崩御を心より追悼いたします。

https://www.thetimes.co.uk/article/queen-elizabeth-ii-dies-sfcmbcqgc


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