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生産性を振り切って(宮崎の片隅のランニング日記 11)

第11回 10.10km Running(2022/03/16)

邪気を祓いたいとき、頭に詰まった何かを排泄したいとき、メンタルが落ちているとき、お腹を空かせたいときはやっぱランニングだなって思った。

もうどうにも進まない仕事がある。
仕事の内容ではなく僕のこだわりやプライドゆえの進まなさなのが。生産性って言葉は好きではないけれど、こんなときばかりは「生産性があああ」と口にしてしまう。最近ずっとそんな調子だ。

夕方家に帰ってきてから、取り掛かろうと思っていた仕事もなんだか手につかない。眠気ともつかない頭の朦朧さ。ホットアイマスクをつけて15分くらい横になったけれど、なんかスッキリしない。何かを口にしたいけれど、お昼に食べた坦々麺がまだ消化されていない。ぼーっと過ごしたあとなんかもういいやとなって、19時を前にして夜の街ランに出かける。

帰宅ラッシュに加えて連続する信号たち。やっぱ街ランってストレスだなあ。信号の少ないところまで走るのに悶々とした時間が過ぎていく。散歩のつもり、あるいは軽いジョグのつもりでランに出かけたけれど、走っているうちにガチ感がどうしても出てきてしまう。のろのろと並走している高校生の自転車群を颯爽と抜かしていく。信号で止まるたびに、僕を何度も抜かしているクロスバイクと一緒になって、お互いちょっと気まずい。あえて走るルートをほかへ移す。

表通りを抜けてよく知らない住宅街の中へ。入り組んだ道、いきなり行き止まり、街灯のない道から突然現れる車や自転車。通り魔のように現れるそれらを華麗にかわし、あるいはヒヤリハット運転ならぬ予測によって、先手を打つ。夜の住宅街、とくにいわゆる都市部に昔からある狭い道に密集してできた住宅街はいつもそんな感じだ。ダンジョンを攻略しているようでおもしろいんだけど、同時に危うさもそこにはある。好きなんだけどね。

迷走しながら光のある方へ歩を進めると、いつも車で走る大通りへ出てきた。なんだろう、この森を抜けた感覚。RPGのマップ上に新たな道が記された感覚。経験値が溜まってレベルが上がる寸前みたいだ。

ランナーあるあるとして、知らない道をある程度行くと、引き返しポイントを見失ってしまうことがある。20kmとか30kmとか距離を走ることを前提としているならまだしも、「あとちょっと向こうへ」を重ねるたびにあっという間に遠くへ行ってしまったり、同じ道を引き返してもかなりの距離を重ねてしまって「やっちまったー」と思ったり。

今回もそのパターンだった。1時間以内にランから帰ろうと思ってたところが20時半くらいに帰り着いた。誰もいない、真っ暗な大淀川の河川敷をフラフラと、ユラユラゆらめく川と、そこに浮かぶ鴨を見ながらランをできたのはよかったけれど。気持ちよかったし。

「仕事があああ、やらなきゃあああ」とか一瞬でも思考をそちらに持っていくと、早く切り上げなきゃって思ってしまって気分転換ではなくなる。気分転換、頭を軽くさせるために走ってるはずなんだがなあ。なんだかなあ。



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