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【映画批評vol.4】岩本蓮加が主演の映画がある『世の中にたえて桜のなかりせば』

 岩本蓮加が主演の映画があると聞いて、乃木坂ファンの僕は震えた。ドラマやバラエティへの出演を通して、世間の知名度を彼女以上に獲得しているメンバーが、グループ内にはいるからだ。その尖った人選に惹かれて、今作の視聴に至った。

 今作のタイトルは、かの有名な在原業平の和歌からとられている。せば〜ましの反実仮想を用いた基本的な例文であり、古典を履修する高校生は、ここを避けては通れない。かくいう僕も、初めてタイトルを耳にしたとき、真っ先に体系古典文法が頭に浮かんで、嫌な気持ちになった。

 最後に、謹んで宝田明さんの冥福をお祈り申し上げます。

【ネタバレを含みます!注意してね!】
ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ   ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ   ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ


あらすじ

 自身の担任が、生徒からの壮絶ないじめに遭う現場を目撃したことをきっかけに、不登校となった女子高生・咲(岩本蓮加)は、老紳士・敬三(宝田明)とともに、終活アドバイザーのバイトをしている。咲は、様々な境遇の人々の「終活」を手助けする一方で、教師を辞め、自暴自棄の生活をしていた元担任である南雲(土居志央梨)の家を度々訪れ、面倒を見ていた。自身も不登校で行き場を求めている咲に敬三は、病気で老い先短い妻とかつて見た、桜の下での思い出を語る。咲は敬三の故郷へ実地調査に乗り出すが、その過程で、敬三夫婦の思い出の桜の木は枯れてしまい、花をつけることがないと知る。そこで、咲は当時の様子をCGで再現した映像を作成し、敬三夫婦に見せる。そこで夫婦にかけられた言葉や、これまでの終活アドバイザーとしての経験に背中を押され、再び学校に登校した咲は、教師に、「私、上を向いて生きていきます」と宣言する。

↑予告編↑

良いところ

①岩本蓮加

  この映画を見た8〜9割の人が、岩本蓮加をきっかけに視聴したことは、ほぼ間違いないだろう。今作のように、ニッチな題材を扱う際は、これぐらい振り切ったキャスティングも悪くない。

 撮影当時、岩本氏は弱冠17歳である。同じく主演で当時87歳の宝田氏とは、70歳差の年の差コンビとなった。作中でも宝田氏との絡みにおいては、岩本氏の無邪気さが散見されて、微笑ましかった。しかし年齢に反して大人びたルックスは、所謂「女優顔」を連想させる。岩本蓮加の持つ画力のおかげでもっていたシーンが多かったように思う。

②宝田明

 当初は①と合わせて「主演二人の魅力」とかにする予定だったんだが、それ以外に良いところが思い浮かばなかったことと、特に宝田氏の演技に感銘を受けたことを理由に、別個にすることにした。

 非常に申し上げにくいのだが、2005年に生まれたもので、宝田明という役者に触れる機会がなかった。そんなわけで 今作を観るまで存じ上げなかった。

 今作が宝田氏の遺作であることは鑑賞前に確認済みだったので、一層注目して鑑賞したのだが、いや凄かった。前半パートは出演率が高くなく、優しいおじいさんというだけの印象だった。しかし後半、特にラストの、モニターに映し出された桜を前に語り始めるシーン。あそこの言葉の一つ一つの深みは、言いようがない。

顔を上げてください。桜は下を向いて咲くんです。私たちが上を向くためにね。

「世の中にたえて桜のなかりせば」より

 これは予告編にも入っているフレーズで、鑑賞前から心に残っていた。ここまでの優しい表情とら打って変わり、真剣な眼差しを向ける敬三の言葉が本当に沁みた。漫画で例えるなら、いつもは手加減をしている長老が、本気を出して主人公を圧倒するような、そんな衝撃を受けた。正直前半が退屈すぎて途中離脱も考えたのだが、敬三夫婦の話になってから急激に面白くなり、後半でまくったなあと思った。岩本氏から入った僕だが、宝田氏無しでは、ひょっとして全編を鑑賞するには至れなかったかもしれない。

良くないところ

①岩本蓮加

 長所にも短所にも一番に来てしまうのは、時に主演の宿命である。端から分かっていたことだが、演技力で比べてしまうと、岩本氏はやはり浮いていた印象だった。特に気になったシーンが一つある。

 物語序盤、咲がマニュアル通りの接客をするのに対し、敬三がマニュアルを無視して機転を利かすシーンがある。ここはいかにも、咲の青さと敬三の年の功が対比されるシーンである。加えて物語序盤であるため、キャラクター紹介の役割を持つ。ここは、岩本氏が故意に棒読みの演技をする必要があるシーンなのだが、その後80分に渡る演技が、それと大差なく見えた。いかにも台詞を読んでいる感は、宝田氏との掛け合いにおいてはより顕著だった。

 だが、彼女に非がないのは言うまでもない。演技の経験が多くないのは、メイキング映像で彼女自身がこぼしていたことだし、何より周りの俳優たちがベテランすぎる。ストーリーの都合上、登場人物たちの平均年齢が高めなのだが、その各方の演技が、いちいち哀愁にまみれている。演技の重みは、そこに乗っかる経験の重みであると実感させられた。

↑お芝居に対する思いを語る岩本氏↑

②尺が妥当じゃない

 今作は80分という、映画としては短めの尺が取られている。しかしながら、今作の尺としては妥当ではないと感じた。

 短編映画にしては、テーマがとっ散らかっている印象だった。今作の肝は間違いなく、敬三夫婦の桜の話だろう。すると自動的に、前半部分がフリとなるわけだが、ここが先にも述べたように、ちょーつまんなかった。前半部分とは具体的に、終活といじめについてだった。

 まず、今作のテーマである終活を扱うパートだが、いまいち後ろとの関連が薄いと感じた。今作には二人の依頼人が登場するのだが、それぞれの話が独立しているというか、一話完結のドラマを三話続けて見ているような印象を受けた。特に一人目の依頼人の、「白紙の遺書」というエピソードを物語のラストに絡めるのであれば、もっと尺を使って観客に印象づけるべきだし、そうでなければ必要ない。個人的には、終活アドバイザーでなくとも、敬三夫婦の話にもっていけると思った次第だ。

 次に、いじめパートだが、これも上手く機能していなかった。ここが利いてこないと、最後の咲の「私、上を向いて生きていきます」が刺さらない。主人公・咲の成長物語を書きたいならば、咲にとって一番身近な人物の一人である南雲が変化していく過程に、咲が感化されるというのが筋書きである。実際、今作もそういう展開を作ろうとはしているのだが、失敗したという感じがした。

 物語中盤に、いじめっ子の主犯格と咲が対峙するシーンがあるのだが、咲の言葉を受けてもなお、いじめっ子が改心する様子はなく、何なら言い返された咲が、押され気味で終わってしまう。これはこれで、この後にいじめっ子が再登場して、何かが起こる展開が存在すれば意味があるんだが、そんなシーンは最後までなかった。であれば、いじめっ子を改心させることはできなかったが、何らかの形で南雲が学校に対するトラウマを払拭するといった展開が必要だ。……まあ当然これもなかった。

それなのに、咲はなぜ、一度嫌気が差した学校に、再度希望を見出せたんだろう

 不登校になった子が再び学校に出向くというのはそれなりに大事であり、それが今作の軸でもある以上、ここには尺を割いてほしかった。例えばラストシーンで、主題歌がbgmとして鳴っているところに、再び教師となった南雲が、桜並木を通って出勤していく。その様子を、咲が笑顔で見つめる。こんなシーンを挿入するだけでいい。南雲が前に進み始めたことに希望を貰い、自身もまた人生を歩み始める。そうなって初めて「私、上を向いて生きていきます」で、エンドロール。これで良くないか?

 まとめると、前半部分で扱ったテーマに手を出すのであれば、尺がもう少し必要であるし、今作に見られる程度の扱いならば、もっと短くできるということだ。僕が今作を退屈に感じたのはこの中途半端な尺が原因だと思うし、ほのぼのヒューマンドラマと退屈な凡作が紙一重であることも体感できた。

③終活というテーマ

 僕としては「終活」そのものが、さほど興味をひくテーマではなかった。とはいえ、ここに関しては鑑賞前に分かっていることなので、結構ハードルを下げたのだが、予想そのままに面白くなかった。

 終活というものの世間における認知度は高くないため、面白くなさそう以前に、「よく知らない」テーマである。そのため、そういう知られていない部分が引き出されれば、観客は知的好奇心をくすぐられるはずだ。だが、劇中で描かれた終活のほとんどは、どれも我々の想像の範疇だった(宇宙飛行士の遺書の話はちょっと面白かった)。せっかくニッチなテーマを扱っているのに、もったいない。

 一番問題があると感じたのは、咲の終活に対する思いが、あんまり強くなさそうなところだ。南雲に「なんで終活屋なの」と尋ねられた際、咲は単に「何か簡単そうだなって」と回答した。

それ、バイト初日の感想だろ

 一応その後に続く会話で咲は、実際は簡単な仕事じゃなかったと訂正しているものの、それで終わりだった。咲の終活アドバイザーとしての活動期間がどれくらいなのかは明示されていないが、それでも数日、数週間ではないと推定される。そこそこのお客さんの終活をサポートしてきたことだろう。だから「初めは簡単そうだと思って、でも今は……」みたいな感じで、ここは嘘でも、意義とかやりがいとかを話してほしかった。そうじゃないと、ただでさえ興味のない職業が、本当につまんなそうに見えちゃうから。

最後に

 元々大して期待していない映画だったので、「世の中にたえて桜のなかりせば、こんなクソ映画はできなかったのになぁ!!」ぐらい言ってやろうと思っていた。でも結果として、そこまでボロクソ言う作品でもなかった(し、特段面白くもなかった)。よって今作は、乃木坂46の大ファンか、長時間特に何も起こらなくても耐えられる人以外にはおすすめできない。間違っても「80分だしすぐ見終わる」なんて考えないことだ。個人的には息継ぎなしで見るのは困難なので、3時間は要するぞ。

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