世界の中心を離れて

 毎晩、同じ夢を見る。
 海辺だ。白っぽい砂浜。早朝であろうか、ひんやりとした空気と薄明のなか、ざざ、ざざ、と響く波の音。
 私はその浜辺をゆっくりと歩いている。時々波が足元に雑多なものを打ち上げ、また攫っていく。ボール。空き瓶。片方だけの運動靴。人形。ちいちいと声をあげる毛むくじゃらのもの。いくつかを私は拾い上げ、手に持った袋に無造作に投げ込んでいく。カフスボタン。割れた地球儀。胎児のような何か。異教の恐ろしい神を象った彫像。
 砂浜はいつしか絶壁の上に向かう細い道へと続いていて、ひねこびた木に覆われた坂道を、私は登り始めている。木々の間には騙し絵のように身をかくす何者かがいて、嘲笑に似た声を微かにあたりに響かせる。森を抜けると欧風の城がある。いや、むしろ砦だろうか。古い、石づくりの無骨な建造物だ。門の前にはこの城の女主人が待ち構えている。派手な打掛を着て、素足に高下駄、結い上げた髪にはかんざしや櫛などきらびやかな飾り。あまりに唐突で場違いな姿をしたその女は、私を見ると妖しく笑う。
「相変わらず、変わった服を着ていやんすね」
 自分の衣服を見おろす。ダークグレーのスーツに、同色のネクタイ。浜辺の散歩に似合うとは言わないが、洋風の城に住まう花魁にそんなことを言われる筋合いはない。だが私は曖昧に笑って頭を下げる。女は振り返って歩き出す。高下駄がカツンカツンと音を立てる。私は黙ったままついていく。
 案内されるのは粗末で小さな部屋。奇妙に現代的で事務的なデスクとパイプ椅子が置かれたそこは、応接室というより取調室のようだ。私と女はデスクを挟んで向かい合う。私が袋の中のものをそこにあけると、女はそれを一つ一つ手に取って検分する。あるものを見ては目を細めほうとため息をつき、あるものを見ては眉を顰める。そして最後に、ついと部屋を出ていったかと思うと、ずっしりとした袋を持って現れる。見なくてもわかる。中にあるのはくすんだ色の貨幣らしきものだ。女は言う。
「ありがとうござりんした。またおたのん申しいす」

 いつもそこで目が覚める。そして思うのだ。あの奇妙な世界は、果たしてここと地続きなのか。だとすればそこはどのような辺境なのか。いや、ひょっとしたら、あの場所こそが世界の中心で、ここはそこを遥かに外れた、世界の辺縁なのではないか。
 答えは出ない。そして今夜も、私はあの夢を見る。


あとがき

渡辺八畳さん/脊椎企画の発案で、文学フリマ東京35で頒布された「3日で書け!」(お題「エキセントリック」+エクストラお題「花魁」「海の幸」)が初出。文字通り、参加者全員がイベント前の3日間でお題に基づいた作品を書き、コピーして頒布すると言う企画です。

私は今回が初参加でした。
一応全部のお題をぶっ込んで書いたつもりですがストレートではないのでわかりにくいかもしれません。
上のツイートにもありますが、現在「3日で書け!」は以下よりお買い求めいただけます。

詩のサークル発の企画ということもあって、詩が多いですが、その中にも様々な表現方法があり、面白いです。

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