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俳優やコメディアン、エンタテイナー達による80年代洋楽特集+α

俳優やコメディアン、ダンサーといった本業が別のイメージが強い人でも、歌手としてヒットを飛ばしたり、ヒットこそしていないもののさり気無く歌をリリースしていることが有ります。今回は80年代洋楽における歌手活動以外がメイン、もしくは歌手活動含めマルチに活躍する人達が歌ったヒット曲や歌を一部番外編を含め紹介していきます。 

①Rick Springfield「Jessie's Girl」(1981)

俳優としてドラマ「ジェネラル・ホスピタル」に出演し、歌手としても活動するオーストラリア出身のリック・スプリングフィールド。おそらく兼業タイプでは80年代一番歌手として成功した方ではないでしょうか。二枚目で歌手・俳優をこなす点から、後追いの自分からすれば日本で言えば福山雅治さんとイメージが重なります。この曲は全米1位を獲得した軽快なポップロックで、意外と下積みが長く30代前半になってから手に入れた栄光と言えそうです。

②Jack Wagner「All I Need」(1984)

上のリックと同じく、ドラマ「ジェネラル・ホスピタル」に出演していた俳優の全米2位を獲得したバラード。AOR系(もしくはプログレ)グループで知られるアンブロージアデイヴィッド・パックも作曲に加わった清涼感の有る曲に仕上がっており、リックと比べると1発屋的イメージも強い彼ですが、MTV全盛の時代にビデオクリップ(PV)を作らずここまでのヒットに至った所はその曲と彼の誠実な歌の力によるものが大きいはず。

③Phoebe Cates「Paradise」(1982)

80年代にはブルック・シールズと並び日本でもCMに出演する等アイドル的人気を博していたのが「グレムリン」にも出演していたアジアの血を引くフィービー・ケイツ。この曲はその彼女が歌唱した自身の主演映画「パラダイス」の主題歌で、ソフトなフィービーの歌声がサウンドやメロディと共に異国情緒を醸し出しています。イタリアのチャートでは1位を獲得。

④Carl Weathers「You Ought To Be With Me」(1981)

「コマンドー」「ロッキー」シリーズのアポロ役で知られる彼のシングル。特にヒットしたというわけではないみたいですが、Netflix発の人気ドラマ「ストレンジャー・シングス」の劇中にも挿入歌として使用され、マッチョなイメージが強い彼とはギャップを感じる位正統的なソウルシンガーぶり(そして良い曲!)に驚きを隠せません。動画のサムネは彼が主演した映画「アクション・ジャクソン 大都会最前線」からのもので、隣の女性はプリンスファミリーの故・ヴァニティ

⑤Don Johnson「Heartbeat」(1986)

80年代を代表するドラマの一つである「特捜刑事マイアミ・バイス」の主人公的ポジションであるソニー・クロケット役で知られるドン・ジョンソンの歌手デビューシングルで全米5位獲得曲。この時代らしいキャッチーなポップロックで、その歌い方からはドラマのイメージにも共通する熱い血がたぎる情熱的な男が浮かび上がります。アルバムにはローリング・ストーンズロン・ウッドウィリー・ネルソンスティーヴィー・レイ・ヴォーン等豪華ゲストが参加しています。

⑥Eddie Murphy「Party All The Time」(1985)

80年代を代表するアフリカン・アメリカンのコメディアンであり、俳優としては「ビバリーヒルズ・コップ」「星の王子 ニューヨークへ行く」等でも知られるエディ・マーフィ「オレの女はパーティー三昧さ」と歌う全米1位も獲得の大ヒット曲。元々トークライブでもマイケル・ジャクソンスティービー・ワンダーテディ・ペンダーグラス等のものまねを披露していた彼だけに歌もそれなりですが、地声は意外と細い(笑)。曲を作詞作曲プロデュースした故・リック・ジェームスもPVに大々的に登場(茶髪のソバージュの人)、個人的には2:26~2:28の右側の男性の動きが気になります。ちなみに当時アルバムの邦題は「ノー・ジョーク」(歌はマジだぜ、という意味が込められているのでしょう)。

⑦David Hasselhoff 「Looking for Freedom」(1988)

80年代には「ナイトライダー」、90年代以降では「ベイウォッチ」といったドラマでも印象的且つ個人的にヨシズミ・イシハラ似と思っているデビッド・ハッセルホフも実は歌手として長いキャリアを持っています。この曲はドイツの歌手マーク・シーバーグのカバーで、ドイツを中心にヨーロッパで大ヒット。タイトルの通り自由を求めて奔走する主人公を歌ったこの曲はベルリンの壁が崩壊した年である1989年の大晦日、ベルリンの象徴であるブランデンブルク門でデビッド本人によって歌われ、ドイツ人に広く親しまれている曲だそうです(下はその時の映像)。

⑧Bruce Willis「Under The Boardwalk」(1987)

この大物ハリウッドスターも出世作「こちらブルームーン探偵社」に主演している時期、そして人気アクションシリーズ「ダイ・ハード」主演直前に歌手デビューを果たしています。曲は50・60年代に活躍したボーカルグループ、ザ・ドリフターズのカバーで、こちらもベテランであるボーカルグループ、テンプテーションズをゲストに迎え、本人のカジュアルな服装に現れているように飾り気のない実直な歌が楽しめます。ちなみに今回は取り上げませんでしたが、「こちら~」で共演しているシビル・シェパードもジャズシンガーとして何枚かアルバムを発表しています。

⑨Alyssa Milano 「Look In My Heart」(1989)

シュワちゃん主演のアクション映画「コマンドー」での彼の娘役でも有名で80年代後半には日本でも人気が有ったアリッサ・ミラノ。歌手として日本ではアルバムを4枚程出しており、この曲はデビューアルバムからのシングルで、本人出演の日清CMソングでした。歌の方は音域が狭いというか、正直首をかしげる感じですが、キラキラしたシンセサウンドやアイドル然としたPVは80年代後半らしくて割と好きだったりします(下は当時のCM)。


⑩Sam Kinison 「Wild Thing」(1988)

日本では知名度が低いですが、ボン・ジョヴィ「Bad Madicne」モトリー・クルー「Kick Start My Heart」のPVにそれぞれ冒頭に出演している80年代アメリカでは大人気だったコメディアン、故サム・キニソンによる60年代のグループ、トロッグスのカバー曲。原曲よりも豪快なハードロック寄りの歌とアレンジが光る曲に仕上がっており、PVに登場する豪華なハードロック系ゲスト(エアロスミス、ビリー・アイドル、ラット等)を考慮すれば彼がいかに大物だったかが伺えます。

⑪Susan Anton「Foxy」(1981)

「キャノンボール2」にも出演し、日本の漫画「激!!極虎一家」に登場する「枢斬 暗屯子(すうざん あんとんこ)」の元ネタにもなったスーパーモデル然としたマルチタレントによる日本でのヒット曲。当時カメリアダイヤモンドの本人出演のCMソングとして使われ、「フォクシー」という掛け声と本人の艶のある声が際立つディスコティックな曲に仕上がってます。「チャーリーズエンジェル」に出演していたファラ・フォーセットと個人的にイメージが重なりますが、カメリアダイヤモンドでは彼女の前に起用されたのがファラだったとか(下は当時のCM)。


⑫Seona Dancing(Ricky Gervais) 「Bitter Heart」(1983)

ゴールデングローブ賞における毒舌や映画「ナイトミュージアム」シリーズの出演等で知られるコメディアン・脚本家・俳優等をこなすマルチタレント、リッキー・ジャーヴェイスが学生時代友人のビル・マクレーと結成したのがシンセポップデュオのセオナ・ダンシング。ウネウネしたシンセリフにデヴィッド・ボウイ風の低音を効かせたリッキーのボーカルが乗っかるミステリアスな曲となっており、間奏で聴こえる木琴の音も個性的です。活動期間は短かったものの当時日本でもシングルは発売されており、当時の日本の雑誌で表紙を飾ったりしています。

⑬Patrick Swayze 「 She's Like The Wind」(1987)

時として80年代の若手映画スター達、通称ブラット・パックの一人としてもカウントされ、「アウトサイダー」「ゴースト/ニューヨークの幻」等でも知られる俳優故・パトリック・スウェイジの自身の主演映画「ダーティ・ダンシング」のサウンドトラックからの全米3位を獲得したシングルカット。本人のイメージに合った誠実な歌声、土臭さも有るがどこか繊細なメロディとサウンドがなんとも言えない哀愁を耳に運び、俳優が歌った80年代洋楽のヒット曲の中でも特にお気に入りの一曲です。

⑭Cheryl Ladd「Where Is Someone To Love Me」(1980)

ドラマ「チャーリーズ・エンジェル」に出演していたシェリル・ラッドによる本人出演のサントリーCMソング。シェリルは女優としてだけでなく歌手としても70年代にアメリカでヒットを飛ばしており(Think it Over)、80年代前半には日本でもこの曲含めヒット曲が幾つか存在する等歌手としてのキャリアも充分。ブランデーのCMソングだけに曲も当時のフュージョンやAORを意識した非常に洗練されたものに仕上がっており、歌もシルクハットにマジシャン風のファッションも文句無しに格好良いです(下は当時のCM)。


⑮Finis Henderson 「Skip To My Lou」 (1983)

シカゴ出身のマルチタレントが唯一リリースしたアルバム&曲。PVは今観るとチープですが、爽やかなファルセットと小気味よいリズムが魅力的で元アース・ウィンド&ファイアアル・マッケイのプロデュースによる楽曲はこれ含めどれも洗練されており、当時の日本では「真夏の蜃気楼」という邦題でジャケットも上記の本人のものから夏の海を写したシンプルなジャケットに差し替えられ発売、今に至るまでAORファンから高い支持を受けています。

⑯Luther Vandross, Gregory Hines 「There's Nothing Better Than Love」(1988)

タップダンサー・振付師として知られ、映画ではバレエダンサーのミハイル・バリシニコフとも共演した「ホワイトナイツ/白夜」「タップ」の主演等でも知られる故グレゴリー・ハインズが歌手としてリリースした唯一のソロアルバムからシングルカットされたヒット曲。アルバムのプロデューサーでもあるこちらも故・ルーサー・ヴァンドロスとのデュエット曲でもあり、歌唱力ではルーサーに分があるのは致し方ないものの、グレゴリーのソフト且つジェントルな歌声もなかなか魅力的で見事な調和と言えそうです。

⑰Jennifer Connelly「愛のモノローグ」(1986)

デヴィッド・ボウイ主演「ラビリンス 魔王の迷宮」やホラー「フェノミナ」等の出演で知られるジェニファー・コネリーによる本人出演のパナソニックのCMソング。作曲はなんと大貫妙子女史、そして歌詞は日本語で、素朴なジェニファーの歌声とストリングス中心のオーガニックなサウンドが独特の世界観を作り上げており、割と流暢な日本語歌唱にも注目(下は当時のCM)。

⑱DJ Jazzy Jeff & The Fresh Prince「Parents Just Don't Understand」(1988)

日本では俳優のイメージが強い彼も、元々はラッパーであるという事を知っている方は今となっては意外と少ないかもしれません。ウィルDJジャジー・ジェフと手を組み80年代後半から90年代前半にヒットを何曲も飛ばしており、この曲は80年代における彼ら最大のヒットであり、グラミー賞におけるベストラップパフォーマンス賞受賞曲。一部ファッションやヘアスタイルそして自動車電話には時代を感じますが、ウィル・スミスの老けない所というか、変わらなさには驚きです。

⑲Leif Garrett 「Runaway Rita」(1981)

トシちゃん(田原俊彦)「哀愁でいと」の原曲(New York City Nights)を歌っていたことでも知られる70年代後半からティーンアイドルとして人気が有ったレイフ・ギャレットの歌手活動末期にリリースされた軽快なポップロックのシングルで全米84位を獲得。この曲及び収録アルバム「My Movie Of You」全曲はなんとピンク・レディー等を手掛けたことでも知られる都倉俊一氏作曲で、CD化や配信はされていないものの気になります。

・番外編 PoP(Hugh Grant) 「Pops Goes My Heart」(2007)

ラブコメの帝王と呼ばれる俳優ヒュー・グラントが80年代に売れたものの現在は落ち目のポップスターを演じた映画がこちら「ラブソングができるまで」。今作でヒューはかつてPoPというグループのボーカルを担当しており、映画の冒頭でその彼の歌と曲、そしてPVが流れるのですが、それがいかにも80年代前半~中盤辺りのニューウェーブ系を彷彿させるもので楽しめますし、実際に歌ったヒューの芸達者な一面も垣間見ることが出来ます。

まとめ

思った以上に日本企画のシングル、曲の多さに驚きました。今と違ってジャパンマネーと言うか、それだけ日本に勢いが有ったのが伺えます。後追いなのでまだまだこんな人が居ない!こんな人も歌っていた!という方が居ると思うので、思い浮かんだ(思い出した)方はコメント下さい。随時更新するかもしれません。


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