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100日後に死ぬ父。99日目。

 仕事が休みの日は何もしたくなくなるけれど、今日は特に何もしたくなかった。頭の中では常に父のことばかりで、読書をしていても文字の上をただ視線が流れていくだけだった。
 今日の夕方、伯父さんと母が父の病室へ行くことになっている。そこで父にお金のことを聞きだし、本当にもう借金がないかどうかを問い詰める。逃げ場のない病室で、父が伯父さんと母に怒られているところを想像するだけで胸が痛かった。父を可哀想とは思わない。ただ父が心配なのである。

 憂鬱な気持ちでお昼が過ぎたころ、父が家に帰ってきた。どうやらまた一時帰宅を申し出たようで、必要な物を取りに来たとのことだった。父はまだ僕らがお金のことを知っていることを知らない。だから僕はできるだけいつもどおりに父と会話することを心掛けた。伯父さんと母が話すまでは、僕はそうすることがよいと思った。
 父がしばらく部屋から出てこないので見に行くと、久しぶりに父はテレビゲームをしていた。ゲームを自粛していた父だけれど、自分の中ではその自粛が終わったらしかった。母とも最近はわりと普通に会話ができるようになっていたので、そろそろいいと判断したんだと思う。それに退屈な入院生活に流石に嫌気がさしたんだと思う。父がこれからとんでもない話し合いが待っていることを僕は知っているので、今は少しでも楽しんで欲しいと思った。テレビゲームをしている父に特に何も言うことはなく、僕はただ平常心でいることを心掛けて過ごした。
 三時間くらいしてから父は病院に戻っていった。僕は父を玄関まで見送った。普段ならそんなことはしないので、すこし怪しまれたかもしれない。けれど父は特にそこには触れず、「それじゃ、行ってきます」と僕に言った。そして僕は「行ってらっしゃい」と言った。父が出ていくまで、僕は父を見送った。そしてこれからのことを考えると、胸がとても苦しかった。
 僕は伯父さんにもう一度電話をしようか悩んだ。昨日につづいて「父にそこまで怒らないで欲しい」と、また言おうと思った。けれどさすがに伯父さんに何度も注文を言える立場ではないので、僕は結局電話をしなかった。

 夜、話し合いを終えて母が帰ってきた。話し合いの内容は怖くて詳しく聞くことは出来なかった。母から少し聞いた話では、父はもう借金やお金について隠し事はなく、「迷惑を掛けて本当にすみませんでした」と言って、伯父さんと母に謝った。伯父さんは「もうみんなが知っているからみんなに謝れ」と言った。母は泣きながら父と話したようで、とても疲れていた。
 僕は父にメールを送ろうか悩んだ。けれど今、僕からメールを送っては逆効果になるのではと思うと、メールを打つことが出来なかった。いろいろと文字を打ってみては消してを繰り返して、僕は結局メールを送らなかった。
 今日は一日中父のことばかり考えていた。そして頭の中でよぎる最悪なことが「現実」にならないよう、いつも信じていない神様に祈りながら眠った。

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