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100日後に死ぬ父。79日目。

 夕ご飯を終えると、父が祖父の家へと出かけて行った。飲みに行くときのようなオシャレはしていなかったので、僕は本当に祖父の家に行くものだと思った。
 けれど母は、父が隠れて飲みに行っているのではないかと疑っていた。父がこれほど長い期間飲みに出掛けていないのは初めてのことなので、父の我慢もそろそろ限界だろうと母は考えていた。こういう時の母の勘は鋭いので、僕は父が本当に祖父の家に行ったのかどうかわからなくなってきた。
 飲みに出掛けることが好きな父は、家ではお酒をほとんど飲まなかった。たぶん父はお酒を飲むことよりも、飲み屋で人に会うことの方が好きなタイプの人間なんだと思う。いくらお酒や料理がおいしくても、そこに自分の話を聞いてくれる誰かがいなければ、父は満足しないのである。だから家で一人で晩酌をするということは、父にとってほんとうに意味のないことなのだ。

 深夜の一時くらいに玄関で物音がしたので、父が帰ってきたことがわかった。祖父がいったい何時に寝ているのかは分からないけれど、こんな夜遅くまで祖父が起きているとはあまり考えられなかった。
 ここで父に問いただすことも出来るのだけれど、あと数日で病院へ行くことを考えると、僕はもう目をつむることにした。ここで僕が怒ったところで状況が良くなるわけでもないのだし、これからもっと制限のある生活が始まるのなら、この数日くらいは好きにさせてあげたいと思ったのだ。
 足音を聞く限り、酔っている様子はなかった。飲み屋に行っていたとしても、飲む量は制限しているのかもしれなかった。

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