短編小説「揺れるブランコ」
目の前に公園のある、このアパートに引っ越して10日。
家賃の低さに惹かれて即決したものの、やはり値段の割に条件が良すぎる。
だから、違和感は感じていた。
入居初日から気付いてはいたのだが、見て見ぬふりというか、正式に知りたくなかった。
夜になると、公園のブランコが独りでに揺れる。
それは、部屋からでも毎日確認できた。
そんな折、隣人と話す機会があり、幽霊の噂を耳にしてしまった。
幽霊が見えてしまいませんように。遭遇なんてしませんように。
そう願っていた矢先、俺は、幽霊と出会ってしまった。
家に帰るのが遅れたその日、いつもなら家から見るブランコの揺れを、初めて間近に見た。
すると、そこには白い服を着た少女がブランコを小さく漕いでいた。
目を疑いたかったが、こんな時間に子供が外にいるはずもない。
そして、あろうことか、少女はこちらへ振り向き、しっかりと目が合ってしまった。
少女は俺を手招きした。
意外にも俺は冷静で、少女の隣のブランコに腰を掛けた。
『いつもみてたよね』
少女は俺の部屋を指さしながら、そう切り出した。
「ああ、うん…」
冷静でありつつも、その言葉に恐怖した。
でも、幽霊と話す機会など、これを逃せばいつあるだろうか。
俺は問いかけた。
「ここで、何してるの?」
『うーんとね、ずっと、まってるの』
「待ってる…家族とか?」
『ううん、おともだち…』
「そのお友達はどうしたの?」
『わかんない…いっしょにあそんでたはずなのに、いなくなっちゃったの…』
少女の目からは涙が溢れている。
『まだいっしょにあそびたかったのに…』
彼女にどんな過去があって、どんなことを知ってしまったのかわからない。
でも、このままにしておいては、
彼女が視える俺が何とかしなくては、
彼女はずっとこのまま、この場所で悲しみ、待ち続けてしまうのだろう。
俺は立ち上がった。
「さぁ、何して遊ぶ?」
彼女は不思議そうにこちらの顔を窺いながらも、涙を拭って答えた。
『かくれんぼ!』
彼女は初めて、無邪気な子供らしい笑顔を見せた。
もう、2時間ぐらい遊んだだろうか。
『もうそろそろ、おうちにかえらなくっちゃ!』
彼女は満足げな顔でそう言った。
「そうか、じゃあ気を付けて帰るんだよ」
『うん!』
彼女は公園の出口の方へ駆けていった。
『おにいさん! あしたもあそぼーねー!』
「ああ、まってるよ!」
俺たちは大きな声で約束を交わし、手を振った。
次の日から、公園のブランコは全く揺れなくなった。
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