365分の3

家の近くのコンビニエンスストアはクリスマスのやる気がない。

極寒を我慢し店内に入る。

今夜はどこのコンビニでも店員はサンタの帽子を被る。

決まり事ではないだろうが、コンビニでできるせめてものクリスマス感だろう。

しかし、このコンビニにはそんな店員が居なかった。

「いらっしゃいませーー」

毎晩聴き慣れた夜勤担当の50歳ぐらいの女性店員の声。

彼女と目が合う。

彼女の頭にはサンタの帽子が毎年乗っていない。

例年なら仕事疲れが上回って気にもならなかっただろう。

でも、今年はなんだか気になってしまった。

じゃあ、せめて彼女以外でどこかにクリスマスが隠れていないかと、店内を探す。

クリスマスツリーはない。

ケーキはない。

クリスマス仕様の商品は一個もない。

何度も店内をウロウロして数分後、ようやく唯一のクリスマスを一箇所見つけた。

と言っても、ドリンクが並ぶウォークインケースの上に設置された壁掛け時計の右隣に架けられたクリスマス風のリースだった。

細い枝を幾重にも重ねて輪っかを作る。

その輪っかに松ぼっくりを2つ3つ付けて、仕上げにシルバーのスプレーを吹きかけたそんなお手製感のあるお粗末なリース。

「リボンと鈴が足りない気もするが従業員の手作りだとしたら……」

こんな発言は野暮だ。

「いや、もしもこれが買ってきた既製品だとしたら……」

これも野暮。

「こんなお粗末なものを出荷する企業なんてあるのだろうか?」

ここまで来ると最早失礼。


考えた結果、「自分の視点から見えるのが世の中の全てじゃないからな」。

そう思い止まった。が、そんなことよりも気になるのが、時計を挟んでリースの反対側にお正月に飾るしめ縄が飾られていたことだ。

最初は私もそんな馬鹿なと疑ったが、何回目を擦っても、どう角度を変えてみても、しめ縄には「迎春」と書かれた札が付いていた。

「一色単にするか普通? これはなんとも騒々しいぞ」

年末年始という括りでは仕方ないことかもしれないが、異種格闘技戦にも思えるこの配置。

もしやここの店主は面倒くさがり?

新手のコスパ?

私は熟考しながらしめ縄とリースを見比べ観察していると、背後から野次を投げられた。

「邪魔だな、失せろ」

これはあんまりな言い方じゃないか。

これは反論すべきと、勢い良く振り返る。

しかし、私が振り返り切る前に再び「邪魔」と藪から棒に肩をぶつけながら、いかにも社会的に受けの悪そうな男が私の前に割り込んだ。

男は私からリースをブラインドしたまま、手に持っていたカゴに酒、酒、酒、酒と雑に投げ入れる。

自分を満たすだけの酒を手に入れた男はガサツに扉を閉めると、反射するガラス越しに私に舌打ちをすると、その場を去った。

「何も言えなかった」

おそらく男は私よりも歳は下。

だけど、突如突きつけられた力の差に私はなす術がなかった。

「実に無力」

悔しさのあまり上唇を膨らませた私。

しかし、何か仕返しができるわけでもない。何より、こんなめでたい夜に痛い目に遭いたくない。

あと、男の風貌正直割と怖い。

結局私はその後は他の客に邪魔にならないように雑誌コーナーで立ち読みを装い、ガラスに反射するリースを観察することにした。

目はガラス越しのリースへ、指はページを捲るため出来るだけ自然に振る舞う。

いや、この一連の行為に何一つ意味があるわけではない。

そもそもリースを観察することに何の意義もないので、観察するだけ時間は無駄だろう。

しかし、私はその行為を無駄とは思えず、やめることができなかった。


何分か時間が経った頃、先程私を脅かした男が店の外へ出てきた。

これで男と二度と関わることもないだろう。

内心ほっとしていたが、なんとも残念なことは続くものだ。

男は私の真向かい停めたジープに乗り込んだ。

今まで気づきもしなかったが、助手席にはなんとも羨ましい美貌の彼女らしき女を乗せている。

男も私に気づいたらしくヘラヘラと私を嘲笑いながら、中指を立てる。

私もいけなかった。無意識にムッと反応した顔が鏡に反射していた。

その顔に助手席の女共々男は笑っていた。

そのまま男は夜中なのにエンジンを豪快にかけると、私目掛けてハイビームをお見舞いすると颯爽に私の前から消えた。

短い時間にまさか二度も負けるとは、なんとも言えない気分に手元から力なく雑誌が落ちる。

「もうリースがどうとか、クリスマスがどうとか、どうでもいい。帰ろう」

快音を鳴らしながら屈伸した弾みで雑誌を拾い上げると、申し訳ない程度に汚れを払いラックの元の位置へと戻した。

すると、またコンビニに新たな来客が現れたのに気づいた。

遠い夜の闇の中から少しずつ近づいてくる赤いソレ。

私は奇しくもソレを知っていた。

「サンタさんだ」

子供の頃、絶大なる信頼をしていたプレゼンターの申し子。

何度私もお世話になったことだろう。

「みんなご存じの姿をしているぞ!」と、寝ている子供達を叩き起こして見せてあげたい程、そのままの姿をしていた。

だがしかし、様子が何やら変。

地面を見つめながらヨロヨロとお疲れのご様子のサンタクロース。

よくよく見てみれば、周りに鼻が点灯するトナカイもソリもない。プレゼントを詰め込んだ袋すら持ってない。

ズーンみたいな効果音は似合いそうな感じがしてならない。

手ぶらのサンタクロースはごくごく自然に店内に入店すると、雑貨売り場を経由してレジへ向かった。

「162 アメスピ メンソール」

と、ぶっきらぼうに女性店員に伝える。

店員も驚くそぶり一つなく、サンタクロースからお金を徴収する。

「ありがとね」

と、店員の言葉に片手を上げて答えるサンタクロース。

そのまま彼は私の真正面に当たる外の喫煙所で一服し始めた。

「凄い光景だ。SNSに上げてもいいかな?」

ポケットから恐る恐るスマホを抜き出そうとすると、再び店のドアが開く。

「サッム〜。ハックシュン!」

豪勢なくしゃみにびっくりしていると、ガラス越しに後ろをサンタクロースが通った。

「へ?」

タバコサンタは目の前でまだ火を付けたばっかのタバコで煙を噴いている。

驚きのあまり声を出せないでいると、レジの話し声が聞こえてくる。

「タバコのねー、262番 ピアニッシモ」

「あいよ」

「どーも」

簡単なやりとりを済ませ、外の喫煙所のタバコサンタにもうサンタが合流した。

缶コーヒー片手にタバコを吸いながら、何やら談笑をするサンタズ。

私はもう目が離せなくなった。

「なんだこの光景」

その一言に尽きた。

誰も違和感を持っていない。もしや、そういう仕事帰りのサンタなのか?

本物に見えたけど、全然お仕事のアレなのか?

でも、私には目の前のサンタズが偽物にはまるで思えなかった。

根拠はない。あくまで直感。だが、どうにも私にはそう思えてならなかったのだ。


ガラガラガラ……。

後ろでトイレのドアが開く音がした。どうやら知らない間に誰かがトイレに籠っていたようだ。

少ししてまたレジの会話が静かな店内に響き渡る。

「この豚まん頂戴」

「あんた、今年はトイレットペーパー全部使い切ってないだろうね?」

「大丈夫だよ。去年あんだけ怒られたから、今年は全然使ってない」

「汚いね」

「お客さんにそんなこと言わないでよ」

トイレットペーパーがなんだ。そんなどうでもいいより今目の前で・・・。

           

「えぇぇぇぇぇぇ!!!」


私は心の中で絶叫した。

店の入店音が店内に鳴り響いたと思ったら、サンタズにもうサンタ増えた。

しかも、今までのサンタズより見た感じ若手。

アツアツの豚まんを実に美味しそうに食べている。

それが羨ましいのか珈琲サンタが若サンタから豚まんを摘み食おうと襲い掛かる。

「やめてくださいよ。これはボクの…」

「若造が! 鍛えてやった恩を忘れたか!」

「お前も食いたきゃ買ってこればいいだろう」

「人のを貰うのが一番美味いんだよ! 財布にも優しいしな」

落ち着いているタバコサンタ、若手から豚まんを摘もうとする珈琲改めセコサンタ、摘まれないように慌てて豚まんを口にパンパンに詰め込む若サンタ。

見た目は同じなのに、どこか微妙に違っていて相当変なサンタズ。

鏡越しだけどなんだか可笑しくて可笑しくて、私はいつの間にか涙を流す程声を押し殺しながら笑っていた。

今ここで彼らのことをSNS上にアップするのは簡単だろう。

でも、それは敢えてしない方がいい気がした。

サンタズにはサンタズだけの不可侵領域がある気がした。

私はレジへ行き、蒸し器の中に並ぶ豚まんを指差した。

「残ってる豚まんを…は、やめといた方がいいか。ピザまんください」

女性店員は少し驚いたようだったが、

「ふふ」

と、にこやかにピザまんを手渡してくれた。

「あいよ、冷めないうちに食べな」

「ありがとうございます。支払いはpaypayで」

「丁度廃棄になったやつだからいらないよ」

「いいんですか? じゃあ、ありがとうございます」

「面白いだろアイツら」

「かなり」

「もう少ししたら、アイツら増えて騒がしくなるから絡まれる前に帰んな」

「ハハ。じゃあ、そうします」

店を出た私はサンタズに背を向けて、店を後にした。


              ・・・


店から随分離れたところで風に乗って、男の声が聞こえた。

「おつかれ〜!!」

どうやらあの店員が言ってた通りらしい。

だって、見えましたから。

振り返った時、コンビニから伸びるサンタズの影が増えて賑やかになっていたから。


〈おしまい〉

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