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16 さよなら、僕の平和な日々よ

 改めて考えた僕は意気消沈、がっかりと肩を落としながら音楽室を出た。僕の唯一の心の拠り所だった平凡に裏切られた気がして、すっかりブルーになっていた僕は、ここへ来るときとは違って、警戒心ゼロのまま階段を登った。
 この東棟三階には、文系の部室がいくつかある。はじめに写真部の部室がある。現像をするための暗室までもある。そのせいで部室にしてはやや広い。となりは野鳥研究部という部活だが、事実上ヤンキーの溜り場と化している。来年あたり廃部になるんじゃないのかな? で、最後の一つは演劇部の部室だ。ここも写真部と並んで、部室としてはやや広い。大体ここで練習しているみたいだけど、文化祭とかそういう本領発揮直前になると、体育館のステージでやっているみたいだ。
 他にも、もちろん部活動はある。それらは美術室だったり、音楽室だったりと、他の教室でやっているし、運動部は体育館に行く途中にある。
 僕はその前を通り過ぎようとして、思い直したように写真部の部室に入った。そしてそのまま窓に近づくと、一度外の様子を伺った。うん、大丈夫。異常なし。
 引き続き僕は何か使えそうなものはないかと、室内を物色することにした。
 この部室には幾つかの写真が飾られてある。風景、ポートレート、人物などだ。芸術性のない僕には、どこがいいのか、そしてどこが悪いのかさっぱりわからない。ただ言えるのは僕が撮るより、すこぶるましだということだけだ。
 それから棚には一眼レフカメラがあった。僕はそれを手に取り、ファインダーを覗いてみる。偵察に使えるかもしれないけど、大きさが難点だ。僕はあっさりと諦めてそれを元の位置に戻した。他にもデジタルカメラもあったが、使い捨てに馴染んでいる僕としてはあまり使いたくない。正確に言うと、使い方がわからない。まぁ、ある程度はわかるけど壊しちゃったらいけないし。
 フィルムなんかも棚にあるけど、まったく用はないし。こうしてみる限り写真部には用はないな。
 僕は静かにドアをあけて廊下に出ると、その隣の野鳥研究部に入った。
「うっ……よく、廃部になってないよなぁ……」
 室内は煙草のにおいがした。ヤンキーの溜り場として有名だが、ここまで堂々と煙草を吸うか?
 ゴミも散らかし放題だ。ジュースの缶が灰皿代わりになっている。写真部の半分くらいの広さで、教室にある机が四つ向かい合っている形で、その上にはエロ本やゴミが散乱している。
 僕は机の中を覗いてみた。中には中身の入っている煙草と百円ライターがあった。
「うーん……」
 使えるかなぁ……?
 煙草はともかく、ライターは使えるかもしれない。
 僕はありがたくいただくことにして、それをズボンのポケットにしまい込んだ。他に使えそうなものがないか物色を続ける。窓際にダンボールがあるのを見つけ、中を見てみると僕が捜し求めていたものが入っていた。
 双眼鏡だ。
 しかも未使用同然の代物だ。これは掘り出し物。さすが形だけとはいえ、野鳥研究部だ。
 僕は首にベルトをかけて双眼鏡のベルトを下げた。
 他にも何かないだろうかと思い直し、他の机の中なども覗いておくことにした。
「コ……」
 見た事のある、手の平に収まる四角い形。
 血気盛んな青少年の必需品、黒田の愛用品とも言えるアレである。まぁ、僕もその使用方法に興味があることは否定しないよ。
 わからない?
 コからはじまるアレと言えば、コンドームのことである。
 おいおいおい、とも思ったが、僕も興味のあるお年頃ではある。手に取り持ち上げると、ぶらぶらという体たらくでコンドームは揺れた。
 これの使い道はないなぁ……いや、あるよ? 正規の使用にはね? ただ今は使わないと思うだけで……
 僕は複雑な気分でコンドームを机の中に戻した。しかし思い直したようにもう一度手に取った。
 確かに今は使い道がなさそうだ。
 でも、待てよ?
 僕はこれから稲元たちがどこにいるのかと、敵側が何人いるのか偵察しに行くわけだ。
 その後は?
 美佐子さんに連絡して、任せっきりでいい……わきゃないよねぇ……巻き込むよね、あの人はさぁ。そうなったら考えられる可能性は?
 攻撃は最大の防御なり。
「……はぁ」
 読める。美佐子さんの言いそうなことがわかるだけに落ち込む。
 あぁ、今からでも遅くはない。警察に助けをといきたいけれど、やはり後ろ暗い美佐子さんが警察のご厄介になれば、当然僕もそうなるわけで。
 あぁ……善良な一般市民のままでいたかったのに、美佐子さんは高笑いと共に、僕を平凡から非凡な世界へと引きずっていくのだ。僕の意思をこれでもかと言わんばかりに踏みつけて。
 話が逸れた。
 僕は僕で、自分の身を守る方法を考えなければならないわけだ。無い知恵を絞って、できる限りのことをしなきゃ。
 コンドームは正規の使用ではなく、別の使い道があるかもしれない。
 今のところ想像がつかないのも確かなんだけどね。
 僕はコンドーム二つ程いただくと、胸のポケットに入れた。
 他にもざっと見たけれど、後の使い道はなさそうだ。
 僕は野鳥研究部を出た。廊下は相変わらず無人。僕は隣の演劇部に入った。
 片隅には衣装と思われる洋服が何着かかかっている。大きなダンボールも山積みになっていた。
 さっそく中を見てみるが、使い道はなさそうだ。
 金髪のかつらが出てきたが………いやぁ、これかぶってもなぁ。
 安っぽいのか豪華なのか判断のつかない衣装の数々もあるが、これを着て徘徊するのもどうかと思うし。
 というわけで僕は演劇部を後にした。野鳥研究部で手に入れた双眼鏡で、廊下側の窓から向かい合う西側校舎を覗き込む。まずは家庭科室を見て見る。カーテンを引いているところと引いていないところがある。倍率を合わせて観察してみるが、人影はないようだ。 続いて二階の校長室を覗いてみる。明かりはついているが、人影はない。誰もいないのだろうか? それともみんな座っていて、そのせいで見えないだけなのだろうか?
 職員室を覗いてみる。人影は………あった!

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