見出し画像

15 さよなら、僕の平和な日々よ

 まず僕は黒田からメールをもらったあと、稲元に電話をする。そして、今僕がマックにいるように話す。稲元が出るか、電話に気付いた犯人が出るかどうかはわからない。もしかしたら、音を消していたり、電源が入ってなかったりして、誰もスマホの存在に気づかないかもしれない。ま、そのときはそのときだ。
 それで電話に出た場合、僕がマックにいるってことにすれば、少なくとも犯人側はこの学校内に生徒や教師はいないと知り、少しは警戒心も薄くなるだろう。警戒心が薄くなれば、僕も動きやすい。
 手当たり次第に捜すのは危険だ。三ヵ所から五ヵ所に当たりをつけて、捜していくしかない。もしもそのすべてが不発だったら、一度ここに戻ってきた方がいいだろう。
 けれど、僕もここにばかりいるのはまずいよなぁ。拠点となる場所も何ヵ所か見つけないと……
 せめてもの幸いは、敵よりも僕の方が学校内部に詳しいことだ。地の利は僕にある。これを活かさないと。
 そうこうしていると、早くも黒田からメールが来た。僕は窓の外を気にしながら、メールを表示する。それから直接稲元に電話をした。
 コール音が続く。この音に気付くだろうか?
 稲元が出るとは思いにくい。しかし犯人側が稲元に電話に出るように指示する可能性もある。それにかけるしかない。
 しかし稲元はなかなか出ない。やはり……音を消しているのだろうか? それともスマホの入った荷物は、稲元や犯人のいないところに捨てられたのだろうか?
『……』
 突然コール音が止まった。しかし向こうは何もしゃべらない。犯人が出たのだろうか? 
 僕は何気なさを装い、話し出した。
「もしもし、稲元? おまえらどこにいるんだよ? 僕はもうマックについちゃったよ。それでさ、黒田に電話して稲元の番号聞いたんだけど、みんなどこにいるんだ?」
 これで少なくとも『僕は学校の外にいる』ということになる。
『……』
「稲元? おい? 聞いてる?」
 不自然にならないように気をつけてっと。
 いつもこのくらい演技できれば、僕も美佐子さんに丸め込まれることが減るのになぁ。
 でもな、相手が美佐子さんじゃ、はじめから勝ち目はないのかも。
「稲元? 稲元ってば」
 っていうか、僕、間違い電話はしてないよ……ね?
 僕の声に本物の不安が混じる。
 そう思い始めた頃、唐突に電話は切れた。僕は安心したように溜め息をついた。もしも本当に約束しているのなら、もう一度くらい電話したほうがいいだろうか?
 念のためにもう一度かけてみると、今度は電源を消されたようだ。機械的な女性のアナウンスの声だけが、電源を切っている事を聞こえてきた。僕は通話を切り、スマホをポケットにしまった。
「よし」
 そろそろ行動開始としよう。
 少なくとも奴らは職員室を押さえているだろう。そこから犯人たちは、外部と連絡を取るはずだ。しかし稲元たちを同じ場所に拘束したりはしないはずだ。犯人たちには、人質となっている連中に、聞かれてはまずい会話もあるだろうしね。
 僕の予想では………意外にも校長室、手狭な生活指導室、渡り廊下の先の講堂や第一体育館、第二体育館、保健室などだが、生徒会室も捨てがたい。
 広いところか、狭いところか。そのどちらかにまとめるに限る。だがもしも体育館の中央に全員を集めていて、一斉にみんながそれぞれの方向へ逃げれば(足を縛られていなければの話ね)犯人たちは捕まえにくくなる。取り逃がせば警察をおびき寄せることになる。
 となればやはり行動を制限でき、見張りの数が少なくとも監視しやすい狭い場所、しかも出入り口が一箇所しかない小さい部屋になる。
 問題は、どの部屋か……だ。
 僕もそんなにうろうろとしてはいられないわけだし、捕まるわけには絶対いかないのだ。
 まして不本意にもあの美佐子さんに助けを求めるのだから、僕がどんなに努力しても、ややこしくて大げさなことになりかねない。
 あぁ……僕って気苦労の多い高校生だ。僕はもっと普通に平凡にのんびりと、善良な高校生として平和に生きたいだけなのに。
 泣き言も恨み言もつきないが、ここでうだうだと自分の人生について考えてもしょうがない。
 根拠も確信もなく選定するのは博打だなぁ……美佐子さんなら後先考えずに突っ込むんだろうけど……
 職員室は敵の本拠地。人質に情報を与えたりしないためにも、その近辺には閉じ込めたりはしない。一階は人質に逃げられる可能性もある。だから閉じ込めるなら二階、三階だろう。
 家庭科室と職員室を削除する。多分理科室にも入れない。コンピュータールーム、視聴覚室にも入れない。保健室もノー。図書室もパス。購買部は鍵がかかっているだろうから、入れない。もちろん入ろうとすれば入れるけど、事務室に鍵を借りに行かなくてはならないので、おそらくそんな面倒なことはしないはずだ。放送室やとなりのスタジオにも入れないはず。
 可能性が高いのは二階の生活指導室、校長室、用具室。二階と三階にそれぞれある会議室ではないだろうか?
 となれば、先に三階に行こう。
 というのも、僕は現在二階東棟の音楽室にいるわけだが、僕があたりをつけた部屋のほとんどが二階だからだ。リスクが低いところから行ってみようと思う。幸いにもこの音楽室の前には階段があるわけだし、そこから行ってみる価値はある。
 僕は手に持っていたままのスマホを、ポケットにねじ込みながら立ち上がった。
 決意を固めるように深呼吸をした。そこでふと思う。
 美佐子さんの仕事が重なっている以上、確かに警察と関わるのは喜ばしい事態じゃない。少なくとも美佐子さんの後ろ暗いお仕事が、世間一般の目に触れるようなことになれば、当然僕だって平凡な高校生なんてやっていられなくなる。
 あぁ……美佐子さんのばか。

14><16

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?