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11 さよなら、僕の平和な日々よ

 仮に電話してくれたとしても、僕が頼んだ通りにはしてくれないだろう。きっと、テロリストが占領しているとか、毒ガスが散布されているとか、あることないこと話したあげく、最後には僕のせいにするんだろう。
 警察相手にそんなことしたら、虚偽の説明をしたとかなんとかで、きっとお説教を食らう。その程度で済めばいいが、悪ければ警察のご厄介になることは確実だろう。
 自分のことは自分でする。よし、そうしよう!
 僕は深呼吸を何度かして気持ちを落ち着かせようとした。
 が、そう簡単には怒りは収まりそうにない。
 しつこいくらいに深呼吸をくり返すが、狭くて暗くて臭い用具入れの中では、気分も悪くなってくる。
 はぁ……何だってこういう目に合うんだよ?
 ここにずっといるわけにもいかない。しかし闇雲に動くわけにもいかない。
 まずは僕がどうするか、だな。
 ここを出るのは確実だが、先に外へ出るか出ないかで大きく違ってくる。
 隠れながら外に出られれば、警察に堂々と連絡できる。それから警察の人に僕が知っている限りの情報を話して、あとは警察に任せる。
 すぐに出ない場合は、稲元たちの安全を確認し、犯人側が何人いるのか、それから本当に銃を持っているかどうかを確認してから、外へと出ることになる。しかしその場合、僕にかかるリスクは大きく、本当に命の危険にさらされる可能性が高い。
 さて困った、どうしよう?
 稲元たちのことは心配だが……僕は自分なら大丈夫という根拠なき自信はない。
 しかし安全を確認しないで、僕一人が逃げるのも、良心が痛む。
「……」
 僕がどうするかを悩んでいると、美佐子さんからメールが届いた。見るべきか、無視するべきか迷う。ようやく少しは落ち着いて、物事を考えられるようになってきたというのに、ここで美佐子さんからの悪魔のメールを見て、また更に怒り心頭となれば、冷静さを欠くことになるだろうし。
 でも、僕のメールを見て、わずかばかりの良心が疼いたのかもしれないし。
 どうか後半の方でありますようにと思いながら、僕は美佐子さんからのメールを見た。
「……うーん」
 小声で僕は唸った。というのも、僕が予想していた内容とはことごとくかけ離れていたからだ。
『あたしもそう暇じゃないの。今夜なら確かに時間はあるけど、警察に関わっていられる程の余裕はないわけ。警察は、しつこいから、何時間でも事情の説明求めてくるし。でも、仕事の依頼としてなら聞いてもいいわよ』
 と、返事が来たのだ。
 仕事の依頼……それは僕が美佐子さんにセットフリーターの仕事を、依頼するってことだよな?
 実の息子だろぉ……? 普通に助けてよ……
 新たな選択肢をつきつけられ、僕は本当に困っていた。美佐子さんが絡めばとんでもないことになりそうな予感がする。
 けれど本職と言えば本職だよなぁ……
 依頼人が望むところへ逃がしてくれる、それがセットフリーターだ。
 日本国内だろうが日本国外だろうが、依頼があればそれをこなす。
 実績を生憎僕は知らないが、犯罪者だろうが逃がす自信があると、かつて本人は豪語していた。
 ついこの間まで、僕は美佐子さんがそんな物騒な裏家業を、ずっと前からしているとを知らされずにいた。それがひょんなことから、僕が先に依頼人に接触したために、そのことが僕に知れ、その上依頼人をガードすることになったのだ。その間、本物のCIA職員に追いかけ回され、実に散々な目にあったのだった。
 さて……美佐子さんに依頼していいものか、どうか。
 ん……? でも、待てよ?
 依頼するってことは……まさか、あの人、僕からお金を取る気?
 あとから「依頼金はお小遣いから分割で引いておくわよ」なんてことになったら、それはすごく困るんですけど!
 昨日の意趣返しで、本当にそうならないとは限らない。ここは確認するべきだ。
『依頼ってさ、僕からお金を巻き上げる気? それでも身内? それに、僕は隠れているけど、友達や用務員のおじさんは、犯人たちに見つかって人質にされているんだ。それに銃を持っている。捕まった用務員のおじさんに、いつでも殺せるみたいなことを言っていたし。警察に電話してくれた方が無難。それに僕もいつまでもここにはいれそうにない。窮屈なところに隠れているから、体が痛くてしょうがないよ』
 とりあえずそう返事をした。ほうと溜め息を漏らして、僕は意識を外へと向けた。物音はしない。足音も人の声もしない。
 僕は先ほど同様、少しだけ開けて外の様子を伺った。そして静かに外へ出る。本当は伸びをして強張った体を伸ばしたかったが、電気がついているので立ち上がることは控えた。四つん這いになりながら、また教室の外、廊下の気配を探る。今のところ平気だが…………もう少し自由に動けて、かつ安全な場所へ移動したい。
 僕は立ち上がらなかったが、体制を低くしたままで隣のクラスまで移動した。ちらりと教室の中を覗いて、人がいないのを確認して次の教室の方へと移動する。
 同じことを繰り返しながら前進し、一度後方を確認した。それからどこへ向かうのが得策か考える。
 職員室は一番危険だ。少なくとも電話や先生のパソコンなどがある。外部と連絡を取るつもりがあるなら、ここは敵の簡易作戦司令部になるはずだ。
 次に危険なのは家庭科室だろう。籠城するかどうかはわからないが、少なくともしばらくはご滞在するはずだ。水も飲みたくなるだろうし、包丁があるところだ。稲元たちに武器を与えないためにも、ここには敵が近づく可能性が高い。ただ、普段は施錠されていたような記憶もある。どっちだろうか?
 消去方で考えていけば、すべてに理由があり、危険に当てはまってしまう。僕は考え方を切り替えた。
 今の僕にとって一番安全なところはどこだ?

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