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22 さよなら、僕の平和な日々よ

 金髪美女と、どう見ても高校生の僕。組み合わせの妙な雰囲気もあるだろうが、そもそも警察でもない人間に襲撃されることは予想外だっただろう。
「なんだ、おまえらは……」
 セットフリーターですと答えたところで、「はぁ?」と思うだろうな。だから僕は黙っていた。美佐子さんは薄く微笑んだ。
「さぁ、何でしょう?」
 美佐子さんはテグスを手繰り寄せながら近づく。男が体勢を変えた! ちょっと待ってと僕が声をかける間もなく、男は美佐子さんに飛びかかった。
「美佐っ……子さん……」
 危ないって言おうとしたんだけどね?
 飛びかかった男の腹にもろに蹴りを入れ、体勢が崩れた瞬間、すっと足を高々とあげると、ひゅっと鋭く空を切る短い音をさせながら、美佐子さんは男の延髄に踵落としを決めた。
 決められた方はというと、ごとんと鈍い音を立てながら昏倒した。
 最近……美佐子さんが何者なんだろうと思うことがある。これがまさにそれに当てはまる瞬間だ。
 十年以上空手と合気道を習ってきた僕は、相手の動きを見ていればできるやつか、そうでもないかくらいの区別はつく。今までそれを僕に感じさせなかったことに、僕はもはや恐怖を覚える程だ。美佐子さんはそれほどまでに動きに隙がなかった。
「こんな感じね」
 うふん、と満足そうな笑顔が、逆に僕には怖い。
「……」
 僕の驚愕をあえて無視しているのか、それとも気付いてないのか、美佐子さんは気楽な口調で言うと、男の腕からテグスをほどき始めた。僕は美佐子さんと拳銃を見比べて、どちらが危険なんだろうかと秤にかける。
 重いなぁ……どっちも。
 所詮善良な一般市民である僕には、美佐子さんのような危険種とは、核となる部分が違うんだ。
 きっとね。
「ねぇ、その人どうすんの?」
 一応聞いてみた。美佐子さんは「んー?」と気のない返事をして、テグスを解くのに夢中になっていた。やがて面倒になったのか、事務室から拝借してきたカッターで切ってしまった。最初からそうしていればいいのに。
「こいつは縛って隠しておくわよ」
 そういうとおもむろに、先生の机の上にあるテープカッターからテープだけを外すと、そのテープで両足を縛り出した。しかしテープだといまいち心許ないと思ったのか、美佐子さんは首をかしげた。
「ガムテープ捜してきて。二つよ」
「二つも?」
「一つでもいいけど」
 僕は備品などが入っている戸棚をあさった。各種コピー用紙がぎっしり詰まっている。他の戸棚をあさると、セロファンテープのストックとガムテープが三つあった。
「新品と使いかけ、どっちがいい?」
「どっちでもいいわよ」
 そういわれたので、僕は新品一つと使いかけを手にした。使いかけと言っても残りは十分ある。
「口ふさいでから、手と足縛って。それ貸しなさい」
 美佐子さんの言う『それ』とは、僕がずっと何となく持っていた銃だ。一度じっと見る。多分………本物だろう。僕は一度本物の銃に触ったことがあるが、本物かどうかだなんてよくわからなかった。まぁ、あの時は無我夢中だったし、そのあと気絶もしたわけだしね。
「どうすんの、これ?」
 とりあえず銃を美佐子さんに渡して、僕は気絶している男の口にガムテープを張りつけた。
 鼻炎じゃないことを祈る。
 それから男をひっくり返して後ろで手を縛った。これでもかというくらいに巻いたので、十分であろう。同様に足もぐるぐる巻にした。ガムテープの残りは少なくなっていた。
「目もふさいでおいて」
「え……はがすとき痛いよ」
「痛いのはあたしじゃないもの。こんなことしたんだから、少しくらい痛い目にあえばいいのよ」
 それは美佐子さんが十分に果たしたではないか。そうは思ったが、反論はしなかった。もう一度ひっくり返そうとしたが、手を後ろにして縛ったためにうまく行かない。まぁ、横向きでもいいかぁと思って、ガムテープを切り取ったとき、気絶しているはずの男と目線があった。
「……」
「んむむー! むむむんむむ!」
 男はじたばたと暴れたが、暴れたところで所詮みの虫である。床の上でくねくねと動く男に、僕は奇妙なものを見る視線を送った。
 複雑だなぁ………これじゃ、僕がまるで悪いことをしているみたいじゃないの。
「あら、目を覚ますのが早いわねぇ」
 つかつかと歩み寄ると、美佐子さんは男のこめかみに銃口を押し当てた。男はぴたりと押し黙った。
 美佐子さん……慣れすぎじゃない?
「永遠に眠るのと、少しの間熟睡するのとどっちがいい? 前者なら瞬き一回、後者なら二回」
 すかさず瞬きは二回。そうそう、人間正直に生きたほうがいいよ。
「お利口さんね。あなたの仲間は六人? ちなみに、あなたのお名前は竹原正勝さんでいいのよね?」
 すると男は目を見開いた。そりゃそうだ。言い当てたことに対して僕だって驚いている。知っているの? と危うく言うところだったが、最初の電話のとき美佐子さんは下調べくらいはしていると言っていたはずだ。
 つまりそういうことなのだ。
 美佐子さんは敵対する左翼グループの、構成員を把握しているのだ。
「イエスの時は瞬き一回、ノーの時は二回。嘘をついたら」
 そこで美佐子さんはにこりと微笑み、男の眉間に銃口をずらした。

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