23 さよなら、僕の平和な日々よ
「引き金を一回。それですべておしまい。もうすぐこちらの仲間が行動に出るころだから、何も心配しなくていいのよ。赤翼会は今日、ここで解散することになるんだもの。強制的にね。大事にしたくないんだけど、国政の命とあなたの命を比べれば、あなたの命なんて安いものよ。赤翼会の会員全員を死刑台に送っても、安いくらいよ。でも、面倒は避けたいの。お願い、わかってね?」
少なくとも男は青ざめていたが、それは僕も同じだった。
僕は本気で美佐子さんが怖いと感じていた。嘘もはったりも美佐子さんのお家芸といえば確かだが、魅了するようなうっとりとした微笑みを浮かべ、そのくせ銃口をぐりぐりと押し当て、言うことときたら完全な脅迫だ。
本当にこの人は……何者なんだ?
「仲間はあなたを含めて六人?」
男は瞬きを二回した。
六人じゃない? やっぱり八人?
まさかという思いで見ていると、美佐子さんは質問を続けた。
「六人以上なら一回。以下なら二回よ」
すると瞬きは二回だった。ほっ……少ないにこしたことはない。
「五人なら一回。四人なら二回」
男は二回瞬きをした。
えっ……四人?
二階職員室に二人。三階に一人。ここに一人。
では保険室にいたのは?
人質の見張りは?
誰が校内を巡回しているんだ?
「嘘だね」
僕はぽつりと言った。
実は僕は一度にすべての階の確認をしていない。というのも、一階からだと三階は死角が多く、三階からだと一階に死角が多い。二階からだと中途半端に一階と三階、それぞれに死角が生まれるために、一度に敵の存在を確認できない。
例えば保険室にいたやつらを二人と仮定して、それぞれが二階と三階を巡回していたとしよう。こうすれば保険室にいた男たちと、巡回していたやつらと同一人物と考えられる。これで二人にしぼれる。けれど同時に職員室から離れない連中がいる。外部との連絡を取り、人質を見張る人間が必要だ。人質を実質見張るのが一人でも、その近くに仲間は必ずいるだろう。何せ人質は全員バスケ部で体格がいい。用務員のおじさんはともかく、扱いにくい人質ばかりだ。その中に稲元が含まれているのだ。一団結をされて抵抗されると、一人では制御しきれない。人質の近くには、敵は最低二人いる。そして絶対離れない。巡回に出ない。
「僕は四人まで確認している。けどさ……四人目は巡回してきた男の足音で確認しているんだ。第二・第三職員室、保険室、足音………そしてあんたで五人目だ」
すると美佐子さんはすっと目を細めて立ち上がった。
「殺しちゃ……」
「殺す? 一思いに殺してもらえるなんて、あ・ま・い」
美佐子さんはおもむろに男の尻を蹴り飛ばした。反射的にのけ反った瞬間、『死ね』という心の声が聞こえた気がする程、無慈悲に股間を蹴りつぶした。
「!☆▲※○♂×★」
声にならない絶叫を聞いた。思わず僕まで内股ぎみになりそうな程、それは見ているだけで痛々しいものだった。
嘘つくから……そういうことになるんだよ?
男は思い切り体を『く』の字に折って、苦悶の表情を浮かべた。見れば涙が伝っていた。
「もういいわ、聞かない。おやすみ。いい夢を」
殺される! と思ったのか男は美佐子さんを見て、いやいやというように首を振った。美佐子さんはサッカー選手のような足さばきで、とどめの一発を股間にくらわせた。
きっとこの人は自分の子供を抱くことは、もうないと思うな……
「あー、むしゃくしゃするわね」
僕はひくひくと顔を引きつらせて男を見た。白目を向いて失神している。うぅ、気色悪いし、かわいそうだし、何とも言えない。
「美佐子さん……ちょっと……やりすぎ……かな?」
同じ男として、股間にキュンと来るものがある。いや、マジで。
「そう? あたし、悪党には手加減しないことにしているの。いい? あんたも手加減しちゃだめよ。やりたい放題の悪行を働いたんだもの。この程度のことなんて因果応報ってものよ」
だったら美佐子さんは、そうとう我が身に返ってくることだろう。しかしこんなものを見せつけられた今、僕には到底反論できる勇気はなかった。
「さてと、さくさくと行きましょうか? あんたが配電版のブレーカーを落としたら動くわ。奴らはヘリを待っているの。だから電源が落とされたら、外へと出ようとする可能性が高い。そこを襲っていくわよ」
「ちょっ……ヘリって……言ってなかったじゃん!」
そんなもので逃げられたらたまらない。すると美佐子さんはにっと笑った。
「大丈夫。ヘリは飛ばないから、ここへは来られないの」
なんだそりゃ? 意味不明。
「わけわかんないよ……一人で完結させないで」
でたな? 美佐子さんのカード伏せ。情報を知っていても、教えてくれようとはしないんだもの。人を巻き込んでおいて黙っているって、ちょっと卑怯なんじゃない?
「言ったでしょ? 国政が関わっているのよ。ちょっとしたコネを使わせてもらっているってことよ」
聞きたくないのに興味津々。あぁ、でも知りたくない。知ればきっと戻れない。
僕の理性が叫んでいる。これは絶対ターニングポイントだ。
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