見出し画像

24 さよなら、僕の平和な日々よ

 平和という名の世界に生きるか、美佐子さんに引きずられるまま、アンダーグランドな世界に生きるか。
「美佐子さん……聞きたいことが色々あるんだけど、答えてくれる気はある?」
「質問によるわね」
 その答えによって、僕の今後の身の振り方が決まってしまう。急にそれを意識すると、逆に聞きたいことが喉の奥で止まってしまった。
 美佐子さんの視線が僕に真っ直ぐに注がれている。
 今ならいつものようにはぐらかさない、そんな雰囲気だ。それなのに僕ときたら、逆に怖くなって聞きたいことを口に出せずにいた。
「なんで……こんな危険な仕事をしているの?」
 この質問は別に深く考えての質問ではなかった。実はコネの方がより聞きたかった。けれど理性がそれを阻み、その結果口に出たのがそんな質問だった。
 しかし聞いたこっちが驚く程、美佐子さんは無反応だった。無視しているのではない。とっさに反応できずいる、そういう印象を与えた。
「そのうち……ね」
 微かな痛みをこらえているかのような、そんな表情。それはまるで涙をこらえているような、そんな雰囲気すらあった。
「やれやれ……いつもそうだ」
 だから僕は、美佐子さんに気付かれたかどうかはわからないが、あえて無難な流し方をした。それに個人的なことを聞いている暇はない。
 少なくとも今は。
「じゃ、行くよ?」
「えぇ。敵は倒したら確実に身柄を拘束しておくこと。ガムテープ持っていきなさいよ」
「ラジャー。新品もう一つあったから、それは美佐子さんに渡しておく」
 僕は残りわずかなガムテープをゴミ箱に捨て、新たなガムテープを戸棚から出した。美佐子さんに渡されたままのリュックに、新品のガムテープを詰め込んで一度美佐子さんを見た。美佐子さんは気絶したままの男の足をつかんで、廊下からは死角になる場所まで引きずって行った。
「じゃぁね」
 廊下を確認して職員玄関を目指す。外に出たとき、僕は深呼吸を一つした。
 変なわだかまりを感じていた。
 かなり風変わりな人だと思っていた。
 お母さんとかママだとか呼ぶなと言って名前で呼ばせる、傍若無人を絵に描いたような人だ。
 けど本当は気づいていたことがいくつもある。
 再婚しない真の理由は何か?
 頑なに父親のことを教えてくれない理由は何か?
 そして……
 なぜこんな職業を続けているのか?
 僕はきっと……冗談を抜きにして、平和にまどろんでいたかったのだと思う。だからこそ美佐子さんに付きまとう、非日常的な危険な影から、無意識に目を逸らしていたのだろう。
 でも僕もそろそろ聞いていいのかもしれない。
 だからこそ……美佐子さんは僕に、本当の自分の職業を明かしたのではないのだろうか? 
 十七年も騙してきたのだ。美佐子さんさえ本気なら、僕はいまだに騙されていたと思う。
 僕はぐっと背筋を伸ばした。そして非常出口まで全力疾走した。

23><25


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?