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21 さよなら、僕の平和な日々よ

「……」
 はぁ、やはりね。無計画に縦横無尽に暴れて、やったのはみんなあいつらのせいにするわけだ。よく今までこんな裏家業してきたもんだよ。
「まぁ……しいて言うなら、稲元君を連れて行くから、当分留守にするわよ。他の捕まっちゃった人たちは、校門の外で開放するくらいかしら?」
「だーかーらー、どうやってそれを実行するの? もう一回言うけど、相手は銃を持っているんだよ? 左翼だかなんだかしらないけど、やっていることはテロリストだろ? 僕みたいな一般的な高校生が、どうやって太刀打ちするのさ?」
「少しは頭を使いなさいよ。どうしてって聞くばかりじゃく、どうしてやろうかって発想の転換くらい持ち合わせなさい。あ、言っておくけど、殺しちゃだめよ」
「誰が殺すか!」
 いけない、つい語尾が荒くなっちゃった。ここで騒ぎ立てれば、早く見つけてと言っているようなものだ。僕は気を落ち着けるために、深呼吸を二度程くり返して美佐子さんを見た。その美佐子さんは涼しい顔をして、テグスに何かを結んでいる。よく見れば石ころだ。
「どうすんの?」
「しょうがないわね。実地で教えてあげる。その前に、事務室で配電版の鍵を入手してきて」
「すぐそこ」
「なら一緒に行くわ」
 僕はため息をつきながら、職員玄関のドアを開けた。やけくそを起こすにしろ、常識を踏みつぶすにしろ、僕の中の良心はなかなか壊れてくれそうにない。平和に生きるというこの尊さが、いかに大切なのかを噛み締める結果となるばかりだ。
 僕はトランシーバーのスイッチを入れて廊下に踏み出す。間違っても足音をさせない。さすがに美佐子さんもそのくらいのことは心得ているようで、僕に従い静かに後ろを着いてきた。
 事務室に入ると、なぜか真っ正面に小さな洗面所があり、隣に小型の冷蔵庫がある。左に向かうと職員室でも馴染み深い、ねずみ色をしたスチール製の机が向かい合う形で六つあり、その周囲を戸棚や本棚が見下ろしている。左側はガラス張りになっていて、受け付けになっていて、正面と右側は窓になっている。鍵が保管されている戸棚は正面側、窓の隣のわずかな壁にある。それを開くと開いたドア側に一階の鍵、正面に二階の鍵、二重の扉を開くと三階の鍵と、野外の施設の鍵がある。僕は配電版の鍵を手にした。
「これ」
「落としちゃだめよ。逃げるときにきちんと返さなくてもいいけど、事務室の中には持ってきておいてね。まぁ、どうせ明日は休校日になるだろうけど、警察が出入りするだろうから、配電版の鍵がないなんてことになったら、いろいろ勘ぐられるもの」
「休校日になるって……」
 何をするつもりですか?
「片付いたら警察にあいつら引き渡すもの。匿名電話でね」
 美佐子さんはしげしげと中を覗き込み、とあるものに目をつけた。
 マスターキーだ。
「これ……どこでも開くの?」
「多分ね。理科準備室なら開くよ」
「おもしろそう。借りちゃおう!」
 何をするつもりですか!
「薬品はまずいよ」
 思わず青ざめる僕。これなぁに、面白そう! なんて乗りで持ち出されたらたまらない。
「そんなもの使わなくても平気よ。万が一のときの保険みたいなものよ」
「だめ、いいから置いて!」
「えー、ケチぃ」
「そういう問題じゃないでしょ」
 僕が説教をすると、不承不承と言う体たらくで、美佐子さんはマスターキーを諦めた。
 危ない、危ない。
 それから机の上を物色し、千枚通しとカッターを手にした。
 なんか……血みどろの戦慄の予感がしてきた。人に殺しはだめとか言っておいて、美佐子さんがやるんじゃないだろうな? それだけは一人息子として絶対阻止しなくちゃ。犯罪者というだけでも後ろ指を指されるっていうのに、人殺しとなれば、僕も後ろから刺されることになりかねないもの。
「職員室にもいるって言っていたわね」
「う、うん……多分一人……」
「さぁ、見てなさい」
 美佐子さんの横顔には楽しそうなものがあった。反対に僕の表情は引きつりながら青ざめていく。
「人殺しはまずいよ……」
「やらないわよ」
 一足先に美佐子さんが廊下に出たので、僕もそれ以上は言わなかった。用務員室の隣の第一職員室前まで行くと、美佐子さんは振り返って、僕に手で待っているようにと合図をした。それから左手に千枚通し、右手には先ほど作っていた石ころの重りつきのテグスを、一メートル程たらした状態で持った。
 僕は緊張状態に息を飲んだ。
 そして勢いよくドアを開けたと思いきや、一気に中に踏み込む!
 それに驚いた男は一瞬びくりと体を震わせて、わっと短い悲鳴をあげながらしゃがみ込んだ。
 なぜなら、美佐子さんが左手に持っていた千枚通しは、瞬く間に投擲されていた。それも正確に男の顔へと向かっていたのだ!
 なんて早業と驚いている暇もない。反射的に身を守ろうと男はしゃがみ込んだ時に、とっさに顔をかばおうという心理的なものが作用して、両腕を顔の前でクロスさせていた。その左手には火のついた煙草が、そして右手には拳銃が握れてあったのだ。
 美佐子さんは見ているこっちが、まるでアニメのヒーローにしか、マネができないと思われる曲芸(?)を披露した。
 あの石ころで軽く反動をつけたテグスを投げ操り、男の腕を捕らえて引き寄せた。途端に拳銃がその手からこぼれ落ちる。
「良一」
 意外な程冷静な口調で言われたとき、僕は驚いたかのような反応を見せながら、それでも落とした拳銃を拾いに中へと入った。男は奪われるまいと抵抗するが、タイミングを合わせて美佐子さんがテグスを引くせいで思うように動けない。その間に僕は拳銃を拾いあげて、銃口を男に向けた。
 重い。おもちゃなんかじゃない!
 そう思ったら急に銃口を向けているのが怖くなる。だって本物だよ? 僕は至って普通の小市民なんだから。
 ……という言い訳も、今ではそろそろ後ろめたいものがあるが。
「はい、騒がないで頂戴。お互いまだ死にたくないものね?」
 美佐子さんの艶やかな微笑みは、悪魔から授かったものに違いないと僕は確信した。
 僕は視線を男から外さないまま、美佐子さんへと近付いた。
「上出来よ。それだけ動ければなかなかよ」
 美佐子さんは上機嫌に言った。僕は当然複雑な心境だ。僕は美佐子さんをアシストするつもりはまったくなかった。けれど、条件反射で思わず拾ってしまっただけで。
 でもその条件反射がなんか嫌。だって僕の手の平には本物の実弾を備えた拳銃があるんだよ?
「褒められても嬉しくないな」
 心からの本音である。
 そして予想外の攻撃を受けた男は、僕と美佐子さんを交互に見くらべた。

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