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20 さよなら、僕の平和な日々よ

 どうしてこれで親子なんだろう? やっぱり僕はネーミングセンスのない父親に似たのだろうか? きっとそうなのだろう。
 マントと帽子はどうするか…………こんなもの必要ないんだけど、稲元たちに絶対知られたくないし…………
 考えた末、とりあえず身に付けないまま持っていくことにした。音楽室を出ようと思っていたが、先に双眼鏡で職員室をウォッチング。
 いるいる。一人……二人。一人は電話を使って外部と連絡している。
 僕は行動を前にポケットから携帯を取り出した。
「もしもし美佐子さん?」
『あら? もうついたの?』
「ごめんまだなんだけどさ、ちょっと先に職員室を偵察したら、二階職員室に二人いて、そのうちの一人が電話使っている。仲間呼ばれるんじゃない?」
『呼んでいるのよ。まずいわね……急がなきゃ』
 やっぱり六人でテロ行為は無理だよね。やはり組織だっているわけだ。
「ちょっとぉ……どうするの?」
『うるさい! いいからさっさと行動しなさい』
「もう……行き当たりばったり猪突盲進・唯我独尊なんだから」
『なんですって?』
 しかしここで僕は一方的に会話を打ち切り、ポケットに携帯を戻した。それからまた音楽室を慎重に脱出する。階段を降りて廊下を確認する。それから再び非常出口のドアを少しだけ開けた。双眼鏡で事務室・用務員室、職員室をそれぞれ確認する。職員室に一人いるが、机に座って一服していた。のんきな男は二十代後半から三十代前半と思われる。
 移動するなら今と言いたいが……どこに? 美佐子さんはまだだろう。職員玄関付近で安全……というか、身を潜められそうな所は……
「一か八かってやつ……だよねぇ……」
 決して安全とは言い難いが、ある意味では敵の死角となる場所が、職員玄関そのものだ。まさに灯台下暗しってやつ。美佐子さんからは丸見えで、きっとあんた堂々としてんじゃないわよと言われそう。
 僕はマントと帽子を床に置いた。双眼鏡は外そうと思ったが、手につかんで持っていくことにする。
 ドアをもう少し開けて周囲を確認。
 行くぞ……一……二………三!
 僕はドアの外に出ると、ドアを閉めて中庭を突っ切り走り抜ける。
 頼む! 見つからないでくれ!
 僕は全力で走り抜き、職員玄関前に到着。大した距離でもないのに、心臓が破裂しそうだ。僕はしゃがみ込んで双眼鏡を地面に置き、ポケットから携帯を取り出した。
「職員玄関前っ……着いたよ……」
『もう少し待って』
 簡潔に答えて美佐子さんは沈黙。耳を済ませると、ガサガサという音と、微かな美佐子さんの息づかいが聞こえた。どこを歩いているんだ?
 夕闇はすっかりなりを潜め、今は完全な闇の領域に包まれている。少し離れたところにある外灯に羽虫が集まり出していた。
 僕は深呼吸をくり返す。なんだかひどく疲れた。
「ボケた顔をしているんじゃないわよ」
 突然聞こえた美佐子さんの肉声に、飛び上がりそうな程僕は驚いた。美佐子さんはいつの間にそこまで来たのか、僕の真っ正面の茂みから素早く出てきた。
「美佐子さん……また……」
 何者なんだと突っ込みたくなるような、微妙なセンスの出で立ちで現れた。
 髪はアップできっちりとまとめられている。黒のシャツに黒の革手袋。下は黒のスキニージーンズに黒のスニーカーだ。あとは、黒いリュックを肩からかけていた。
「怪しい格好して……」
 先ほどの僕の格好に比べれば十分まともなんだけどね。
 よく見れば美佐子さんはイヤホンをしていた。なるほど、携帯に装着してハンドフリー状態にして会話していたわけか。道理ですぐに返事が来るわけだ。
「人質は何人いるの?」
「多分……七人」
「確認してないんでしょ?」
「今日、バスケの練習試合に助っ人頼まれてさ。で、僕らが最後までいたわけ。稲元を入れて選手四人とマネージャーが一人。用務員のおじさんで七人目。後はさすがにわからない。他の先生もいるかもしれないし」
「ふうん……ま、なんとかなるでしょ。はい、これ」
 美佐子さんは持参したリュックから、小型のトランシーバーを取り出した。僕はそれを受け取り、携帯の通話を切ってそっちに切り替える。美佐子さんは続いて美佐子さん自身が装着していたイヤホンも僕に手渡した。
「ベルトに引っかけられるから、邪魔にならないわよ。電源は入れっぱなしにしてね。後はこれあげるから、好きに使って」
 そう言って美佐子さんは自分のトランシーバーを手元に残し、僕にリュックを押しつけた。中を見てみると、微妙な気分にさせられる防犯グッズなどが入っていた。
「唐辛子スプレーね……」
 微妙な目つきでソレを見つめていると、僕が効果を疑っていると受け取ったのか、美佐子さんは効果を補足した。
「意外と効果あるわよ」
「うん、知っている」
「?」
 なんのことはない、僕は一度これに似たようなものを、手作りしたことがあるだけのことだ。スプレーになってくれたほうが、使い勝手はいいだろう。
「それと……?」
 透明な糸。えぇっと、これをどうしろというのだろう?
「テグスよ。あ、あたしにも一つ頂戴」
 まるで遠足に来た子供のようだ。そっちのお菓子頂戴なんて乗りで、美佐子さんは気軽に言った。
「何に使えって……」
 まったく想像がつかないのですが、これ。
「色々と試して見ることね。好きにやっちゃっていいわよ。暴れたのはあたしたちじゃなくて、あいつらのせいにするから」
 敵ながら同情するね。美佐子さんに関わってしまったことを、塀の向こうで後悔するしかないね。
 でも僕が通う学校なので、できるだけ穏便に済ませて欲しいものだ。
「それで……作戦は?」
「そんなものあるわけないでしょ」
 何言っているの、この子?
 そう言いたそうな目つきで僕を見た。

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