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01 セシリアと猫

この物語は「Four Cities」シリーズの続編です。
1.「運命の女」
2.「剣鬼」
3.「タナバタ」
4.「セシリアと猫」NEW!

 セシリアは注文していたデザートを運んできた少年、チャドのエプロンの変化に目ざとく気付いた。小さなものが光ったのだ。黒いエプロンにきらりと光るそれは、とても小さい。爪くらいの大きさだった。
「お待たせしました」
 愛想笑いをしても元が人懐こい性格だからか、途端に嬉しそうに見えてしまう。まだ十代半ば程のそばかすだらけの顔立ちだが、その笑顔のおかげでチャドは随分かわいらしく見えた。
「かわいい、それ」
「え?」
 デザートのアンニンドゥーフーを運んできたチャドは、セシリアとロニーの前に小鉢を置いた後に、セシリアが凝視する自分のエプロンを見た。
「あぁ、これか。貰ったんです」
 小さなピンバッチだ。猫を型取っていて近くで見ないと猫とは気付けない。セシリアは座っていたため、目線の高さがいつもよりも低くなったので偶然気付いたに過ぎない。
「かわいいね。それ猫でしょ。猫かぁ……猫かわいいよね」
 デザートの匙を手に取り、セシリアはチャドのエプロンの上で光る小さな猫をモチーフにしたピンバッチを指した。チャドは目を細めて笑い、ピンバッチを指先で撫でた。
「たまに第二区に黒くてやたら太いのいますよね。メインゲートでも見かけましたが」
 手で大きさを示してみる。両手いっぱいで抱き上げないとならないような大きさらしい。第二区商業エリアでは飲食店も多く、ネズミ取りのために猫を放し飼いにする飲食店も多いらしい。
 また自然繁殖した地域猫に餌をやる者もいる。犯罪都市エイキンと名高い場所だが、それでもそんな場所で生きていると疲れてしまう。そんな時、暖かな温もりに触れるだけで心が癒されるのか、猫を飼う娼婦も多い。
「第四区画にもふてぶてしい面構えの奴いるぜ。第五区画にもちらほらいるけど」
 セシリアの向かいに座るロニーが、何の気負いもなくぽつりと言った。しかしセシリアは小さな溜め息をついた。
 エイキンはその区画ごとに顔が違う。欲望を具現化した繁華街が第一区と第二区ならば、第三区は住宅街。第四区は第三区住民のための商業施設がある。
 しかしその先は暗黙の了解で普通の住民は足を踏み入れない。
「第四区画は買い物でたまに行くけど、第五区画はさすがにおいそれと足を延ばさないもの。あたし、こう見えてもロニーと違って一般人よ。あの界隈には用がなければ足を延ばさないわよ。でもあたしはエイキンでは猫を見たことないなぁ」
 第四区画はマーケットなどが多いが、第五区画はこの地下都市北部エイキンを二分する二大マフィアが顔を突き合わせていることもあり、日夜抗争は絶えない。穏やかな一日が瞬き一つ程の合間に殺し合いの場所に変わる。血生臭さが消えない区画、それが第五区画だ。
 目の前の赤毛の青年、ロニー・フェリックスは、セシリアといる時は雰囲気が柔らかく人懐っこいが、マフィア・ガウトのナンバーフォーと言われるだけの倭刀の使い手だ。
 エイキンは地下都市という構造上、大規模戦闘となり爆薬を使われれば、地上都市もろとも崩れ去る。そのためマフィアとはいえ、大口径の銃を使用しない、爆薬の類いは絶対に使わないという暗黙の了解で成り立っている。
 そこで活躍する武器が、前時代的なアナログ武器・倭刀だ。
 刀身の長い片刃の刃物は、それ相応の使い手ならば腕を切り落とすこともできる。切りつける・突き刺す・切り落とすなどの凄惨なダメージを相手に負わせることができる。
 そこで地下都市のマフィアを中心に愛用する者も多い。ロニーはそんな二大マフィアの一つ・ガウトに所属し、その倭刀の使い手として有名だ。
 喧嘩っ早く、血生臭い抗争など日常茶飯事であり、染めている髪の毛以上に血に染まることが多いと言われる。筋金入りの女嫌いなのに、なぜかセシリアにだけ執着を見せる。
 セシリアにしてみれば、大きな犬に懐かれた気分だったが、当の本人はどう思っているのか不明だが、セシリアを見かけると追わずにはいられないようだった。
 そして金髪のショートボブにサングラスが目印のトラブルシェーター・セシルこと、セシリア・アネーキスは、週末にこの地下都市北部・エイキンにやってくる。そして様々なトラブルに仲介し、それを解決してきた。
 時には地上都市へ、或いは空中都市へ。セキュリティの厳しい海底都市でももぐりこめる。あらゆる人脈や権力を使って、街から街へと駆け抜ける。そして人と人を繋ぐ。かつてチャドも、親子そろってセシリアに仕事を斡旋してもらった経緯がある。それがなければ今頃無理心中を図ることになっていた可能性も高い程、生活は困窮していた。
 今生きているのはセシリアのおかげだった。
 そんなチャドは、エイキンで猫を見たことがないというセシリアの言葉に首をかしげた。
 エイキンで猫を見かけないというのは、逆に珍しい状態だったからだ。
「俺も忙しいのでそういつも見るわけじゃないですけど、結構いるような気がするんですけど」
「いるな。たまに我が物顔で通りを塞いでいやがる」
 ロニーの嫌そうな表情かすると、黒いスーツを着ている時に足元にすり寄ってきて、毛だらけにされたことがあるのだろう。人間が恐れる倭刀使いも、猫にしてみれば相手が誰であろうと人間であるというだけで恐れることはしない。
「そうなの? やはりたまにしか来ないから見ないのかもね。まぁ、どちらにせよあたし猫に触れないんだけど」
 そう言うと、チャドは驚いたような顔を見せた。セシリアが週末しかいないのは、セシリアを知る人物ならば誰でも知っている。平日は地上都市でまた別の仕事をしているからだ。
 だが「猫に触れない」という最後に台詞に驚いたらしい。意外という表情をありありと浮かべて、チャドが目を丸くした。
「セシル姐さんでも苦手なものってあるんですか!」
 怖いもの知らずというわけではないが、そう思われていたのだろう。セシリアは苦笑して、持っていた匙を左右に振った。

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