見出し画像

27 僕の平和が遠ざかる

 僕はため息をついた。
『感じ悪いわね』
「はいはい、僕が悪かったよ。そんなことよりも、今後どうするか教えてよ?」
 美佐子さんはまだ文句を言いたそうだったが、生憎僕は聞く気はない。
『出国したあとのことならあたしに任せておきなさい。問題なのはジューンを空港に連れてくるまでよ』
「田崎さんじゃ押さえ切れないの?」
『完全には無理よ。でも揺さぶりはかけてもらっているわ。でも少しは追従が緩くなると思っていいわよ。でも誤解しないで。彼には国内での権限がないの』
「でも強力なコネがある。でしょ?」
『ふん……それだけわかっているなら聞かないでよ』
「いいけどね? だけど、十分に国際問題になっているでしょ? ジューンに日本国籍があるなら田崎さんの出る幕はあるけど、ないのなら、妨害とかなんとかってなるんじゃない?」
『あんたがたった今言ったんじゃない。強力なコネがあるって』
 もう何も言うまい。美佐子さんにかなうわけがないんだ。脱力したようにため息をつくと、隣のジューンを見た。ジューンは僕を見ていた。
「あ、ちょっと待って」
 そう言って僕はジューンに携帯を渡した。
「美佐子さん。明日のこととかこれからのことあるでしょ? 聞きたいことがあったら、聞いておいて。僕にはあれやこれやとはぐらかしても、依頼者にそんなことはしないと思うからさ」
 ジューンは携帯を受け取った。そして美佐子さんが何を話したのやら、くすりと笑った。その後の会話というのは僕には理解不能だ。母国語である英語で話し出したからである。やはり英語のわからない僕には日本語で話してくれるけど、英語のほうが楽なんだろうな。 あーあ、僕も英語話せたらなぁ……
 でも授業を受ける分には……無理だろう。
 しばらくジューンは英語で美佐子さんと話していた。僕は室内を何となしに見回して、思わずぎくりとした。
 そうだ……ここはラブホテルだった……
 最近のラブホテルは、大昔のようないかにもってところは少ない。もちろんあるにはあるが、内装は結構まともだ。もちろん、細かなところは……まぁ、ねぇ?そういうことを目的に来るわけなんだしさ?
 しかし……シラフに戻ると気まずいかも。
 僕が落ち着かないものを一人で感じていると、ジューンは携帯を僕に返した。
「美佐子さん」
「はい、もしもし?」
『空港には最低でも三十分前までには到着することよ。それを計算して連れてきて。いいわね?』
「オーケー。じゃ、何かあったら連絡するよ」
『わかったわ』
 僕は通話を切ってほっと息を吐いた。
 CIA相手に究極の鬼ごっこってところか……
 あー、考えただけで頭が痛いや。
「よし……そうと決まったら、早めに眠ろう。で、明日は……荷物を取りに行かないとならないから、それを取ったら空港へ向かいながら逃げる。あそこの店内のコインロッカーだったから、朝九時に開店……うん、それに合わせて行動しよう」
 僕がそう言ってジューンを見ると、ジューンは頷いた。
「色々……ごめんね、良一」
「ははは……気にしないで。巻き込まれたのは事実だろうけど、結局は僕が決めたことだから」
 僕はそう言って座ったまま、両腕を伸ばして背伸びをした。さすがに僕もくたびれた。もちろんのこと、ジューンなんかはもっと疲れていることだろう。
「眠れなくても、体をやすませよう。明日はもっと忙しくなるから」
「えぇ」
 ジューンは立ち上がってベッドへ近づいた。僕も立ち上がるとジューンは不安そうに僕を見たので、僕は慌てて顔の前で手を振った。
「電話だよ、電話。フロントに電話しなきゃならないじゃん」
 うぅ、やっぱりビジネスホテルのほうがよかった……
 僕は受話器を取り上げて、フロントに宿泊することを伝えて電話を切った。
「電気暗くするよ? 僕はそこのソファーで眠るから」
 そう言って僕は室内の明かりを落とした。ヘタに気を使えば、かえってジューンが僕に気を使うだろう思って、僕はそのままソファーに近付きそのまま寝転がった。
 はぁ……大変な一日だったなぁ……
 僕の平凡な人生の中で一番非凡な体験になることだろう。
 もちろん?
 これ一度きりにしたい。もう二度とこんな目には遭いたくない。どんなに美佐子さんが僕を巻き込もうとしてもだ。
 あーあ……
 眠れそうにもない。

26><28

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?