「人間性を高めていくこと」こそが人生の目的ではないだろうか
突然ですが、「人生の目的」って何だと思いますか?
コウダプロ社長の幸田八州雄さんには「人生の目的」に関する明確な答えがあります。
「今日はネタを持たずに来て、そこはかとない話をします」と切り出した幸田さんでしたが、今回も結果的にとてつもなく濃い朝礼になりました。
社員旅行の話題から始まって、「運」「宇宙」「カオス」などのキーワードなどが飛び出し、人生の目的へと話が展開しました。どうぞお楽しみください!
こんにちは、プレスラボの池田園子(@sonokoikeda)です。昨年12月より、月1回「コウダプロ朝礼レポート」を担当させていただいています。
前回(2024年1月)の朝礼noteはこちらから。
それでは朝礼レポートをお届けします。
流れとカオス、必然が詰まっていた社員旅行
2月8日〜10日までの2泊3日、コウダプロメンバーは社員旅行で広島と京都を訪れたそうです。
幸田さんは「たくさんの奇跡やカオスがあり、とてつもなく意味のある時間だと感じられました」と、しみじみとした様子で社員旅行を振り返ります。
幸田さんが「社内報や親睦会など社内での交流はいろいろな方法がありますが、それらを超えた次元の何かを感じました」と言うのを聞いて、私は映像で見てみたいなあと思いました。
きっと後日、社員旅行noteがUPされることでしょうから、朝礼で聞いたエピソードを詳述はしませんが、映画のワンシーンのようなドラマチックな出来事が多々発生した模様。
一般的な「社員旅行」の概念を覆すというか、「社員旅行」という既存の言葉に当てはまらない旅だったことは想像に難くありません。
幸田さんの話の後、フリートークのコーナーで、メンバーからは社員旅行についてこんな感想が寄せられました。一部を抜粋してご紹介します。
ここから見えてくるのは、社員旅行により同僚との親睦が深まったというレベルを何段も超えて、メンバー同士が互いを「既存の人間関係用語に分類できない特別な関係性」「特別に大切な仲間同士である」と捉えていることです。
『会社は学校じゃねえんだよ』的にいうと『同僚は家族・友達じゃねえんだよ』ともいえますが、「組織として共通のゴールに向かって進んでいく仲間」として、理想的な捉え方だなと感じます。
この春で創業から丸8年になるコウダプロ。これまでの8年間と、新年度を前に行った社員旅行を幸田さんは「野球選手の例え」でこう表現しました。
「創業からこれまで(約8年)はシーズン開幕前の春季キャンプ、社員旅行自体はキャンプの打ち上げ。そんな体感です」
会社の歴史において今、最大の激変期を迎えている中、とてつもない流れを感じたとも言い、こう続けました。
「経営者として8年やってきて、私のスキルは会社の成長に一定程度寄与したでしょうが、『運』こそが非常に大事だと考えています」
あなたは「宇宙の流れ」を信じますか?
幸田さんは新卒の頃から、いつかは会社経営をしたいと考えていたそうです。経営者と出会う機会の多かった若手時代は、「経営者に必要な資質は何だと思いますか?」と聞いて回っていました。
「今でもはっきり覚えているのは、30歳くらいの頃、かなり成功している経営者・某M社長にそう問いかけたら一言、『運やな』と返ってきたこと。当時は再現性もない話だし、馬鹿にされてるのかなと思いました(笑)。でも、今自分が同じ質問をされたら『経営者に必要なのは運』と言いますね」
「運」についてはコウダプロ憲法 第二章 運(第四条〜十一条)にまとめられています。未読の方は読んでみてください。
「流れ」「カオス」などはスピリチュアル寄りに感じる方もいるかもしれません。「出た目が正解」は「起きたことを正解にしていく」発想がある方なら共感するかもしれません。
幸田さんは現在のコウダプロには、ここに挙げた「流れ」「カオス」「出た目が正解」などを「その通りだよね」と実感しているメンバーが揃っていると言います。
数年前の話です。新入社員向けに入社翌日、コウダプロ憲法研修を実施して、「(コウダプロ憲法第五条にある)『宇宙の流れ』が実在すると思っている人ー?」と聞くと、新人6人からの挙手はゼロ。
一方で、後ろの先輩たちは全員手を挙げていたといいます。それを見て新人6人はポカーンとなったことでしょう。
現在在籍している当時の新人は、目に見えないとはいえ自らの経験をもって、宇宙の流れがあることを確信しています。
私も自分のささやかな経験を振り返ってみても、人間という小さな存在が関与し得ない流れというものはあると思っています。
それに乗ることは、宇宙の流れに身を任せる、宇宙の大きな存在を信じて身を委ねることでもあるでしょう。
人生の目的の本質は「人間性を高めること」
運の話をした流れで、幸田さんは「善因善果(ぜんいんぜんか)」という言葉を挙げました。良い行いは良い結果を生み出すという意味を持つ言葉です。
しかし、必ずしも良い行いをしなくても(悪い行いをしても)、良い結果を生み出して、それなりにハッピーに過ごしている人は存在します。
そんな人を「いいなあ」と感じるのか、「自分は悪い行いをしてまで得したいとは思わない」と感じるのか、皆さんはどちらでしょうか。
私は「悪い行いをしてもバレないだろう、問題ないだろうと思って良い行いをしない、そんな人間ではありたくない」考えです。
しかし、人によっては「善因善果」「悪因悪果」ではなく「悪因善果」に転がっていく場合もある——それってどういうことなのでしょうか? 人生を総合的に見て幸せなことなのでしょうか?
幸田さんは資本主義経済を肯定的に捉えていますが、死ぬときに「〜〜の地位につきました」「〜〜を成し遂げました」「資産〜〜億円を築きました」といった社会的地位や実績、資産のような数字で表せる実績は取るに足らないことだといいます。
それよりも遥かに大事なことがあると言い切ります。
「コウダプロは物心両面で豊かになる会社を目指していますが、魂を売ってまで富みたい、資産を持ちたいとは思いません。私を含むメンバー一人ひとりが生きている間に、自分の人間性をいかに高めていくかが重要です。人生の目的というのは『より高度な人間性、高次元の価値観の獲得』ですから」と幸田さん。
そして、社会の物差しで見れば「成功者」ではないものの、高い人間性を持った先輩の例として、かつて群馬県桐生市で四半世紀近く営業していた食堂「はっちゃんショップ」(現在は閉店)の店主・田村はつゑさん(当時80代半ば)を挙げました。
田村さんは「お客さんにお腹いっぱいになって帰ってほしい」との思いで、ひとり500円で好きなだけ食べられるビュッフェ形式の食堂を切り盛り。その背景には、幼い頃に家が貧しく自分の生活環境が恵まれていなかったため、お客さんにはそんな思いをさせたくない、との考えがありました。
私ははっちゃんショップの存在を知りませんでしたが、幸田さんの話を聞いた後、田村さんのインタビューをYouTubeで探して視聴しました。
物価が上がっても値上げはせず、ひとり500円を貫き、子どもや遠方から来るお客は無料にするなどの大サービスで、毎月7万円ほど赤字になっていたといいます。赤字分には年金を充て、「死ぬまで(食堂の運営を)続ける」と宣言していた田村さん。
「自分が楽しいからやっている」との発言も印象的でした。商売としては常に赤字で、ビジネスとして成功したとはいえない食堂。一方で、多くの人を喜ばせて心もお腹も満たしてきた点で、自分のやりたいことを通じて世のため人のために貢献してきた、人間力の高い人であることは間違いありません。
幸田さんは田村さんの例を挙げた後、自分自身は「人間性を高められる行動をとる、人間性を高めるための階段を登ろうとする在り方」を大事にしていると話しました。また、メンバーの言動からもこのあり方を感じるといいます。
「人類滅亡の危機になったとしても、悪事をはたらいて稼ごうとするのではなく、亡くなるその瞬間まで人間性を高めていこうという考えが一致したメンバーだからこそ、ビジネスをして勝てない理由がない」と幸田さんは言い切ります。
社員旅行で結束力がより一層増して、組織としてもパワーアップしたであろうコウダプロ。新年度以降も多くの挑戦や変化を見せてくれそうです!
Text/池田園子
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