三十路の上海留学19日目
9月27日(金)上海留学19日目
本日授業は午前のみ!
今日は唱歌社团の活動がなくなったことを書こうとして、「あれ?そういや火曜日のこと書いてねえや」と思い出したので補足する。
24日(火)、なんもおもろいことなかったですと言って日記じゃないことをnoteに書いたのだが、1個だけあった。
唱歌社团である。
前週の金曜日(20日)、そう、魔の第一回練習を終えたあと、我々のサークルは「中国語の歌」を歌うサークルになった。
20日の夜の間に社长の金が、「当你老了」という曲の男性パート・女性パートの音源と楽譜を送ってくれていて、私はそれをチラッと確認して「ほー、これを歌うのね。仕事はや」と深く見たり聞いたりしなかったのだ。
なんなら私は20日の夜、「活動方針を一度先生に相談するから、しばらく練習はないと思う」と金が言っていたように記憶していたのだが、24日の16時、金から「今日はよろしく!もうすぐ会おうね!」とサークルのグループチャットに連絡があってこの日のサークル活動を知ったのである。
リマインドまで出来るなんて、なんて出来る男なの・・・?
17時からのサークル活動、私はすっかり忘れて授業終わりに図書館に向かっていた。
先日、渡航前に受けたHSK5級が受かっていたことが分かり、まさか落ちているだろうと思っていたのでHSK6級のテキストを持っていなかったため探しに来たのである。
時刻は16時、まずサービスカウンターに向かう。
以前「7階」が聞き取れず四苦八苦したカウンターだが、この日私は(比較的きれいな発音で)「有没有HSK的课本?」と質問し、「置いてないと思うけど、あるとすると4階Bの書庫です」を一発で聞き取って見せた。
わああああ成長している!
示された場所をざっと見て(無かった)、時刻は16時15分。食堂から河东食堂は約5分、河东食堂から練習場所は20分歩く。
この日は小雨が降っていて自転車は使えないので徒歩しかないが、私は構わず食堂へ向かった。
留学して、回りのルーズさを見て、まあ5分くらいなら遅れてもええやろの気持ちが働いてしまったのだった。
番茄锅(トマト鍋)をたべて、私は練習場所に向かった。
沈からはいまだ返事がない状態だった。
現地に到着して、前回と同じ110号室を開ける。知らない女の子達が大勢で踊っていた。
すぐさま閉める。
慌てて微信を確認すると、「すこし遅れそう」の連絡のあと、「OK、今日は115だよ」と金から来ていた。
見落としていた。
115につくなり、「沈在哪里(沈は?)」と金がいう。「不知道(知らん)」と答えた。
「今日は、先生に中国語の歌を歌っているところを撮影して送りたいんだよね。早速準備はいい?」と聞いてくる。
ん?!?!?!
「あの送ってくれた歌?」
「うん。あれを歌っているところを送るんだ。アカペラだよ」
金くんはリマインドまで出来るしごできだが、それは教えてくれなかった。
「ちょっとまって、まだ数回しか聞いてない。ちょっと練習させて」と言い、彼の示すピンインつきの歌詞、ながしてくれる音源、金の送ってくれた楽譜の3点を持ちながら3回曲を聞いただけで歌うことになった。
金はスパルタだし、幸い私は楽譜が読めた。
「さあやろう」
金はまじで歌が上手い。安定感もそうだが、音程がぜんぜんぶれないのだ。
だからハモリに関しても全くつられないし、なんなら彼は絶対音感もあるのか、発した声を「もう少し上」「もう少し下」と指示をくれる。
私も小学生の頃からピアノと金管バンド部・吹奏楽部に入っていたので音感には自信がある方だし、歌も下手ではないと自負はあるが、彼は明らかにそれ以上だった。
ハモリのタイミングで、不協和音になっているのは気づけるのだが、私はそれを修正することが出来ない。
Aメロが上手くいってもBメロのハモリでわたしの音程がずれる、というようなことがあって、なんだかんだ15回くらい歌った。
金はめちゃくちゃやさしいが妥協しない男なので、「どうする?これで先生に提出する?」と遠回しに何度も「もう1回やるぞ」と圧をかけてくる。
本当わたしの音感がポンコツですみません・・・。
私は正直疲弊していた。
唱歌社团めっちゃガチ・・・!
そしてこの頃、連絡のついた沈から「本当にごめんなさい。いま学内にいないの」と連絡が来ていたので、たったの二人だけで完璧を目指す必要はないように思われた。
私は必死の中国語力を使い、
「この動画を先生に見せる理由は、サークル発足のために『我々は真剣に活動している』ことを示すのが目的のはず。先生の観点は『歌のレベル』ではなく、練習に対する真摯な姿勢ではないか?はじめから完成度の高いものを出すより、『ここからこんなに上手くなりました』というのを見せた方が効果的だと思う」
と金を説得した。4割程度しか伝わらなかった。
結局DeepLさんに日本語で上記を語りかけ、それを英語に訳してもらい、金からも「有道理(そのとおりだ)」とお許しをもらったので活動は終了した。
金はまた「スーパーに行く」と言いながら、雨のなか結局寮まで送り届けてくれて、しごでき過ぎた。彼はいま「ビジネスクラス」で学んでいるのだが、彼はきっと帰国後に一流のビジネスマンになるに違いない。
さて、これが24日の出来事で、27日(金)も本来は活動日であったが、「先生からのフィードバックがまだないので」と練習がながれてしまった。
この日こそ本当になにもしておらず、午前中に授業を受けて、午後はほぼベッドの上にいた。半分寝てた。
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