『すずめの戸締まり』は、鈴芽が12年間胸に秘めていた怒りや悲しみを終わらせる旅だった
こんにちは、ことろです。
前回の自己紹介記事には、たくさんのスキをありがとうございました。
ここはあったかい場所だなぁと思いました(笑)
今回はさっそく『すずめの戸締まり』という作品について感想を書いてみたいと思います。
感想というか解説のようなものになってしまいましたが、私が小説版を読んでいて、見つけた答えのひとつです。
『すずめの戸締まり』は映画を1回、小説版を2回ほど読んでいます。
感想なのでネタバレというか本編を知っている人向けの記事になってしまうかと思いますが、ご了承いただければ幸いです。
あらすじ
九月。宮崎県の高校に通う岩戸鈴芽(いわと すずめ)は、朝の通学路で謎の旅人・宗像草太(むなかた そうた)と出会う。
「このあたりに、廃墟はない?」と唐突に聞かれ困惑するも、人の住まなくなった集落の存在を教える鈴芽。草太は扉を探していた。
一度は別れたものの草太のことが頭から離れない鈴芽は、学校へは向かわず廃墟の方へ足を進める。扉を見つけた鈴芽は、そばにある小さな像を引き抜く。それは抜いてはいけないものだった。
巨大なミミズのようなものが扉から出てくる。草太がやってきて扉を閉めようと奮闘する。彼は、後ろ戸(うしろど)を閉めてまわる「閉じ師」だった。
ひょんなことから椅子に変化した草太と鈴芽は、草太を椅子に変えた猫のような生き物ダイジンを追いかけて、九州から東北まで日本を駆け巡る。扉を閉めていく物語。
感想
ミミズの変な甘い匂い?
映画を見たときは、日本列島を縦断しながら閉じ師である草太さんと一緒に後ろ戸を閉じていく、どちらかというと草太さんが椅子になってしまったからそれに巻き込まれる形で旅をしているものだと思っていました。
それは間違いではなく、実際草太さんの代わりに鍵を使って戸締まりしていくわけですが、小説版を何度も読むとあることに気づかされます。
それは、鈴芽自身が旅することを選んでいるということ。
実際は巻き込まれたのではなく、運命のようなものを感じて、突き動かされて草太さんについていく。
草太さんと一緒に戸締まりをすることが、鈴芽の心の中のモヤモヤを晴らすことになる。
そう信じて鈴芽は旅を続けます。
鈴芽は、なぜかミミズが見えます。
それはたぶん、幼い頃に常世に迷い込んだことがあるから。
鈴芽はミミズが出ると、どこからか変な甘い匂いがすると毎回言っています。
その甘い匂いは、東北で鈴芽の後ろ戸を通って常世に入った時に「あの甘い匂いは、あの日の夜の匂いだった」と書かれていることから、震災が起きた日の夜の匂い、「爛(ただ)れたように甘くて、焦げ臭くて、生臭い潮の匂いが混じっている」、建物が焼けてあたり一面火の海になっている時の独特な匂いなのかなと思います。
鈴芽は、愛媛で千果(ちか)という女の子と出会いますが、その時にも後ろ戸が開き、ミミズが出てきます。
その時、草太さんに千果のところに戻れと言われる鈴芽ですが、「九州に戻ったって、家に帰ったって、どうしようもないじゃないか」と草太さんの後を追いかけます。
この時も、鈴芽はミミズの変な甘い匂いを感じ、それがどうしようもなく自分の内側に存在していることを認識します。
それと同時に怒りが湧いてきて、それが先ほどの「どうしようもないじゃない」に繋がるのですが、とにかくこの時はミミズの甘い匂いが震災のあの日の夜の匂いだとも気づかず、ただその不快感を振り解きたいがために、草太さんについていって一緒に戸締まりをする(ミミズを封印する)ことになるのです。
大切な人ができて変わる死生観
旅が進むにつれ、草太さんに異変が起きていることに気づきます。
なんと要石の役割がダイジンから草太さんに移っていたのです。
東京にたどり着いていた鈴芽と草太は、巨大なミミズの上で絶望します。
草太さんが要石にならないとたくさんの人が死んでしまう、一刻も争う事態に鈴芽は決断します。
椅子の形をした草太さん(要石)をミミズに刺したのです。
それは草太さんを失う行為でした。
とてもとてもつらいことでした。
このことで東京は守られるのですが、鈴芽は草太さんを助けるために、草太のおじいさんに会いに行きます。
おじいさんも閉じ師で今は容体が思わしくなく入院しているのですが、鈴芽は一蹴されてしまいます。
しかし、どうしても草太さんを救いたい鈴芽はもう一度後ろ戸を開けると宣言します。
もちろん、おじいさんに止められるのですが、その時に「あなたは怖くないのか?」と聞かれます。前に草太さんにも聞かれた言葉です。あなたは死ぬのが怖くないのか?
それに対し鈴芽は「怖くない」と答えます。「生きるか死ぬかなんてただの運なんだって」小さい頃から思っていた。
母を震災で亡くした鈴芽ならではの死生観です。
しかし、こう続けます。
鈴芽は、草太というかけがえのない人を得たからこそ、失うのが怖いと思いました。
もし今も生きるか死ぬかは運でしかないのなら、草太さんが要石になったのも運が悪いだけで仕方のないことだったと諦めてしまいます。
ですが、それでも草太がいない世界は怖いと言い切ることができたのは、愛が故にその死生観が変わったからなのだなあと思いました。
『すずめの戸締まり』は、鈴芽が12年間胸に秘めていた怒りや悲しみを終わらせる旅だった
一旦、草太さんのアパートに帰ってきた鈴芽。シャワーを借り、身なりを整えます。
その時、洗面所の鏡に映った自分を見ながら、あることを思います。
鈴芽は腹を立てていました。勝手に与えられ、一方的に押しつけられ、理不尽に奪われる。「またなの?」と。「馬鹿にするな」と鏡に向かって睨みます。
この、理不尽な怒り。これこそが、鈴芽が12年間胸に秘めていた感情であり、今回旅をすることになった理由です。
そして、鈴芽は震災で母を亡くしただけでなく、今まさに草太さえも失ってしまいました。
けれど、幸いなことに草太はまだ生きています。
だからこそ、助けに行くのです。
まだ奪われた怒りを返すチャンスがあります。
旅をする(後半の)理由です。
最後、東北での常世は、まだ燃えています。
常世は見る人によって姿が変わると言われているらしいですが、これは鈴芽を通して見ている常世なのであの日の姿になっているのでしょう。
とにかく、12年間ずっとあの日のまま、あたり一面燃えている。
それは、理不尽に奪われる鈴芽の怒りや悲しみの象徴です。
これを終わらせるために旅をしていた。
ずっと気づいていなかったけれど、無意識のうちにここへ辿り着くように歩を進めていた。
草太さんと出会ったときから、あるいは初めてミミズと対峙したときから、導かれるようにしてここに辿り着いた。
いつか、ここに来れるとわかっていたから。
鈴芽は、草太のおかげで変わっていきます。
大切な人ができたおかげで、その人を救いたいと動くことができる。
それは、いつか自分に対しても同じようなことができると思います。
自分に対しても助けることができる。
救うことができる。愛することができる。
草太を救った後、要石を刺し、ミミズを封印すると、あたりは無事に鎮火し、鈴芽の旅も終わったのでした。
でもそれは、決してひとりではできない旅でした。
草太がいてくれたから、できた旅でした。
インナーチャイルドとの和解
お母さんはもう死んでいるはずなのに、どうやってあの日会ったのか?
夢ならお母さんでもよかった。
けれど、確かにあの日、現実に、扉をくぐって不思議な場所へ行ったと思うなら、それはお母さんではないことになる。
鈴芽はあの日、常世に迷い込んだ四歳のすずめと出会います。
必死にお母さんを探しているすずめ。
そんなすずめを、大人の鈴芽はやさしく諭します。
「あなたは、光の中で大人になっていく」
すずめの怒り、すずめの悲しみ、それら全てのことを、大丈夫だよ、もういいんだよと言ってあげられるのは自分だけで。
忘れられるものじゃないけれど、一旦の気持ちの区切りをつけることはできる。
あの頃の自分とはもう違う。
少なくとも、あの頃の小さな私よりはたくましく大きくなった。
あの子に教えてあげなくちゃ。
私は幸せだということを。
傷を負って、ボロボロになっても、生きているうちにかけがえのないものともちゃんと出会うって。
変われる。強くなれる。笑えるようになる。
それがさみしい、悲しいと泣くこともあるけれど、それ以上の幸せやよろこびを私は体験しなくちゃいけないから。
12年間生きてきた事実が、すずめの光になる。
すずめの怒りや悲しみを、心の中にいる小さな私へ、もう手放していいんだよって、火を消してもいいんだよ、もう終わったんだよって、あの時、四歳のすずめと対峙しながら自分で自分のことを癒やしたんじゃないかなと思います。
最後の最後で、自分との和解ができたのかなと思います。
会えたのはお母さんじゃなかったけれど、いろんな経験をした自分だからこそ、理解できることがたくさんあるのだと思います。
四歳のすずめにはまだわからなくても、十六歳の鈴芽にはわかることが、きっとたくさんあるのだと思います。
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大変長くなってしまいました。
それでも、ここに書いたのは一部です。
今回は鈴芽の旅に焦点を当てて感想を書いてみましたが、ダイジンや草太に焦点を当てて書いてみてもいいなと思います。
鈴芽は、最後に「おかえり」と言っています。
しばらく離れ離れになった鈴芽と草太ですが、旅を終えて、鈴芽のものへやってきた草太におかえりと言うことは、あの日のまま止まっているわけではないということ、震災の次の日を私たちは生きているということを表しています。
物語の最後にふさわしい言葉だと思いました。
それでは、また!
最後まで読んでくれて、ありがとうございました。
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