見出し画像

『ヤイレスーホ』を読んで 〜誰かを傷つけることの痛み

こんにちは、ことろです。
今回は『チポロ』の続編、『ヤイレスーホ』という本を紹介していきたいと思います。

『ヤイレスーホ』は、著・菅野雪虫、装画・マタジロウのファンタジー小説です。
『チポロ』と同様、アイヌ神話がモチーフとなっており、全18章で構成されています。

タイトルにもなっている『ヤイレスーホ』というのはキャラクターの名前で、銀色と金色の目をもつ蛇の名前です。人間の姿に変化するのが好きで、蛇の姿と人間の姿を使い分けています。

『チポロ』の時代から数年が経ち、メインキャラであるチポロやイレシュが大人になっている時代に、今回の主人公であるランペシカという少女が現れます。

ランペシカは、ノカピラという大きな港町から少し離れた入り江に住んでいました。
母はおらず、父親と二人きりで暮らしています。
父は弓矢の名手で大きな熊も仕留められるほどの腕前でした。
ランペシカは幸せに暮らしていましたが、ある日父親が亡くなってしまいます。
孤児になってしまったランペシカでしたが、父の友人であるムカルという男に財産を奪われ、引き取ってもらったはいいものの、毎日家事手伝いにこき使われ、挙げ句の果てには食べるものさえまともに与えられない貧しい生活を余儀なくされました。

そんなとき、ノカピラの港町でヤイレスーホと魔女の話を聞きます。
それは前作『チポロ』でのストーリーなのですが、ランペシカは自分もヤイレスーホに魔法をかけてもらって魔女になりたい、魔女になってムカルを痛い目に合わせたいと思いました。

ある日の晩、ムカルが仲間たちと杯を交わしていると、ムカルがいない間に仲間たちが昔話をし始めました。
それは、ランペシカの父がムカルに騙されて死んでしまったこと、ムカルは相当な悪事を働いていて父も何度か加担したことなどが明かされます。
これを聴いていてもたってもいられなくなったランペシカは、帰ってきたムカルに問いただします。
当然はぐらかすムカルでしたが、怒りのままにランペシカは家を飛び出すのでした。


ヤイレスーホの居場所を突き止めたランペシカは、ヤイレスーホに自分も魔女にしてくれと頼みます。
しかし、どうして魔物が人間の頼みを聞かなければならないのかと取り合ってくれません。
すぐそこまでムカルの追っ手が迫っていますが助けてくれないヤイレスーホに、ランペシカは取引をします。
父からもらった不思議な宝石は、持ち主ではなく持ち主以外の誰かの願いを叶える石でした。これを使って一度しか使えない願いを叶えてあげると持ちかけます。
ヤイレスーホはずっと人間になりたいと思っていたので、その条件を呑み、一応の手助けをしてくれました。

しかしヤイレスーホには考えがあり、魔女にする前に行きたいところがあるとランペシカを連れ出します。
思わぬ長旅になるのですが、着いた先はイレシュの居る小さな小屋でした。
イレシュは前作でヤイレスーホに魔女にされた女の子。今はもう魔法は解かれましたが、精神的なショックが続いていて、いまだに悪夢を見ています。
ヤイレスーホは1ヶ月ほど経ったら戻るから、そのときにどうしてもまだ魔女になりたいと思うなら願いを叶えてやろうといい消えてしまいました。
ランペシカはよくわからないままに、イレシュとその弟マヒトと3人での生活が始まります。
途中チポロも加わって、4人でいるようになりました。


この物語は、すべてを無くしたランペシカが父の仇打ちのために奮闘する物語です。
しかし、復讐心に燃える幼い子供ランペシカとは対極に周りの人間たちは(魔物であるヤイレスーホでさえも)復讐をやめた方がいいという意見の持ち主ばかり。

ヤイレスーホは魔物なので心があるかはわからないのですが、賢さは持っていて、人間になりたいと願うちょっと変な魔物です。
そんな彼が、かつての魔女イレシュのもとにランペシカを送ったのはなぜなのか。

チポロが加勢してくれて、魔物なんかに頼るんじゃなくてもっとまともな人間に頼ることを勧め、シカマ・カムイ(神様)にお願いしてノカピラで正当な裁判を開けるように取り合ってくれたのは、なぜなのか。

イレシュが、助かって数年も経つのにいまだに苦しんでいるのはなぜなのか。

ランペシカは考えます。
ランペシカにとってヤイレスーホは命の恩人であり好きな部類に入ります。
しかし、イレシュやチポロたちにとってはヤイレスーホは敵であり、受け入れ難い憎い相手です。
ヤイレスーホは前作のことがあって、いまだにイレシュのことを気に入っています。
この相関関係も悩みの種になっていくのですが、人を傷つけるとはどういうことなのかということをランペシカは少しずつ知っていくのでした。

いろいろあり、ランペシカは結局ヤイレスーホに魔法をかけてもらって魔女になってしまいます。
誰かを傷つけるとはどういうことか身をもって体験し、自らも犠牲になってしまいます(死ぬわけではありません)。
ムカルと追っ手たちも怪我をしますが、助けに来てくれたチポロが危機に瀕したとき、どこからともなくシカマ・カムイ(神様)が現れ事をおさめてくれました。
瀕死の状態にあるランペシカをイレシュのもとへ送り(イレシュは怪我によく効く薬を作るのが上手でした)、ムカルたちはシカマ・カムイの手によって正しく裁きを受けることになりました。


ランペシカは自ら望んで呪いを受け入れた、だから人を傷つけても後悔はしないよとチポロに言います。
しかし、チポロからすればそれは嘘です。
大馬鹿者です。
イレシュは望まない形で呪いを受けてしまったからあんなに苦しんでいる、けれど私は違うとランペシカは言い張りますが、果たして本当にそうなのでしょうか?
チポロが、復讐を魔物に頼るのではなく、まともな人間に頼り、裁判をするという形で叶えようとしたのには、誰かを傷つけてほしくないという優しさから来ていました。後悔してほしくない、と。
一度はランペシカも考え、ムカルの家族のために裁判を取り下げてもいいといっていたのに、ムカルが謝らずに逃亡を図りランペシカは襲われてしまったので心境が変わってしまいました。憎しみや恨みというのは、それほどに強く、簡単には消えないものです。


ヤイレスーホは、ランペシカに願いを叶えてもらいます。
しかし人間になりたいという夢は、叶えられませんでした。
気が変わったのです。
ヤイレスーホは、別のお願いをしたのでした。
前作でオキクルミに人間にしてもらい損ねて、さらに今回も人間にしてもらい損ねているヤイレスーホはそれだけでも可哀想なのですが、その最後の願いもまた可哀想なのです。
魔物は心がありません。
しかし、ヤイレスーホは人間になりたがった。
その人間らしい願いが、少しだけヤイレスーホを人間のようにしてくれたのではないかなと思います。
何を願ったのかは、ぜひ小説を読んで確かめてみてください。
私は涙が溢れました。
なんだかんだヤイレスーホのことを気に入っていたんだなと思います。
そのヤイレスーホの願いを叶えるランペシカが、ヤイレスーホの想いをちゃんと受け止めて、人を傷つけるとはどういうことなのか理解できるといいなと思います。


さて、いかがでしたでしょうか?
前作『チポロ』は少年少女の成長物語、冒険譚でしたが、今作『ヤイレスーホ』は少女の復讐劇でした。
人を傷つけるということは自分も傷つくということ、そこにはなんの意味もないということを少女は理解できるのでしょうか?
この作品もまた児童文学として、とても大切な物語だと思います。

長くなりました。
それではまた、次の本でお会いしましょう~!

この記事が参加している募集

#読書感想文

192,504件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?