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『紙コップのオリオン』 〜迷惑かけずに存在できるものなんか、どこにもないんだよ

こんにちは、ことろです。
今回は、今年一発目! キャンドルがきらきら輝く『紙コップのオリオン』という小説を紹介したいと思います。

『紙コップのオリオン』は、著・市川朔久子(いちかわ さくこ)、装画・鯰江光ニ(なまずえ こうじ)の小説です。
全18章から成り、手紙/学校/キャベツ/アンケート/実行委員会/白(ましろ)のファイル/プチトマト/夏休み/迷子/つながる星/それぞれの名前/リハーサル/ドアポスト/鍋焼きうどん/流星群/小火(ぼや)/キャンドルナイト/終章 終わりとはじまり、となっています。章のタイトルを見ているだけでも、読んだ後にどんな物語があったか思い浮かびます。

主人公は、橘論里(たちばな ろんり)。中学二年生。男子。
突然お母さんが家を出てしまってから、ときどき簡単な料理をするようになった。
それと同時に、学校では創立記念日のイベントの実行委員に選ばれてしまい、日々奮闘する。キャンドルナイトの発案者、副委員長。

橘有里(たちばな あり)。小学二年生。女子。
突然お母さんが家を出て行ってしまっても、マイペースに過ごしている論里の妹。放課後は虫取りや花摘みなどをして遊ぶのに夢中。ある日からデジタルカメラでお母さんの真似事を始める(写真を撮り始める)。

お父さん
お母さんより四つ年下のお父さんは、有里の父親ではあるが、論里の父親(血縁)ではない。シングルマザーだったお母さんと、論里が幼い頃に結婚した。いつも優しい穏やかな微笑みで話す。論里共々、虫が苦手。姉がいる。

お母さん(久美子)
不思議な書き置きを残して、突然いなくなった。電話がつながったときも、詳しくはWebで……と自身のブログを見るようにと言って詳細は語らなかった。
カメラで日本を北上する旅に出たが、理由は佳境で語られる。

みのりさん
お父さんのお姉さん。論里たちの伯母。論里たちが熱を出したとき看病しに来てくれる。お父さんいわく、昔、お母さんとの結婚をかなり反対されたらしくお父さんの親戚とは、ほとんど付き合いがない状態だった。お父さんのお父さん(論里たちの祖父)が入院しているらしく、見舞いに来てあげてとみのりさんがお願いしたりもした。
ショートヘアに小ぶりのピアス、スーツ姿はパンツスタイルでヒール。論里いわくオフィスビルや美術館が似合いそうな女性。

轟元気(とどろき げんき)。論里と同じクラスの男子。中学二年生。
たまたま運悪く創立記念イベントの実行委員にさせられる。論里とは大の仲良し。
塾にも通っているが、水原白と同じ塾らしい。
キャンドルナイトを成功させるために奮闘する。

水原白(みずはら ましろ)。論里と同じクラスの女子。中学二年生。
同じく創立記念イベントの実行委員になった。美術部員で、イベントのポスター制作なども手掛けた。
キャンドルナイトを成功させるために奮闘する。

河上大和(かわかみ やまと)。論里と同じクラスの男子。中学二年生。
同じく創立記念イベントの実行委員になったのだが、素行が悪く学校にはたまにしか来ない。普段何してるかわからない謎の少年。
たまに論里と道端で会って話すことがある。
最後の方では、実行委員の仕事も手伝い、元気とも仲良くなっていた。
弟がいるため、有里など小さな子供には少しやさしい。


「論里、有里、お父さんへ」
論里が学校から帰宅すると、テーブルの上にコピー用紙が置かれていました。
お母さんの字で何か書かれています。
続きはこうです。

「いつか」は、いつ来るのか。
必ず来ることは、信じていました。
でもそれがいつかはわかりません。
といって、ただ待つだけでも、つまりません。
そしたら、いいことを思いつきました。
こちらから迎えに行けばいいのです。
「今」を「いつか」に変えればいい。

というわけで、今日がその「いつか」です。
みんな、元気でなかよくね。
では、行ってきます!

(『紙コップのオリオン』p.8 )

論里はじっくり二回読み、しばらく考えて、「なんだこれ」とつぶやきました。
詩だろうか、手紙だろうか、よくわからないものを書き置きして、お母さんは出て行ってしまった。
けれど、最初は本当に帰ってこないということを考えていませんでした。夜には帰ってくるだろう、明日には帰ってくるだろう、2〜3日したら、1週間したら、2週間したら……あの自由奔放な人だ、またふらっと帰ってくるはず。
しかし、お母さんが帰ってくることはありませんでした。

論里は四人家族で、両親と自分と妹と暮らしています。少し複雑な事情があり、論里とお父さんは血が繋がっていません。お母さんがシングルマザーで論里を産んだ後、まだ論里が幼い頃にお父さんと結婚しています。その後、有里が生まれたので、有里の両親はお父さんとお母さんです。

残された3人は、なんとか過ごすことになりました。
最初の日は大鍋に3日分くらいのカレーが作ってあったのでよかったのですが、それ以降はお弁当やお惣菜、デリバリーなど買ってくるものばかりです。
部屋もどんどん洗濯物や私物で散らかっていき、汚くなっていきます。

ある日お母さんから電話がかかってきます。どこか電波が悪いところからかけているらしく、途切れ途切れにしか聞こえませんでしたが、元気でやってることだけはわかりました。
そして、メールが来て「詳しくはWebで……」とお母さんのブログのURLを貼り付けてきたのです。
論里は怒りのあまりケータイを投げつけそうになりましたが、お父さんに止められます。
「まあまあ、論里。とりあえず無事だったんだから」
底抜けにいい人なお父さんを横目に、ため息が出る論里。
有里はまだ小さいのにマイペースで、お母さんがいなくても平気なのか泣き言ひとつ言いません。
怒っているのは論里だけなのでしょうか。

学校では、というと。
創立二十周年記念のイベントの実行委員を決めるHRで、論里と、論里の友達「轟元気」が選ばれることになりました。
イベントの委員に選ばれたのは二人だけではありません。
くじ引きで選ばれたのは、「水原白(ましろ)」と「河上大和」でした。
白は顔はそこそこ可愛いものの、いつも寝癖がついており、マイペースで変わり者と言われていて、大和は無口で背が高く、やたら目つきが鋭いうえ、先生からの呼び出し回数もダントツで多い、近寄りがたい人でした。
ちなみに、元気は子犬みたいに無邪気で気のいいやつです。
この4人が実行委員として、のちに決まるキャンドルナイトのイベントを成功させるべく奮闘していきます。

論里は家に帰ると、苛立ちながらもお母さんのブログに投稿されている写真を毎日チェックするようになりました。更新は二、三日に一回でしたが、今は桜と共に北上していってる模様です。
写真と一緒にたまに短い文章が添えられることもあって、詳細はWebで……と言っていたのはこういうことでした。つまり、お母さんの近況はブログに書いてあるから心配するな、と。
行った先々で、ときどきお土産を送ってくることもありました。
その度に論里は、バカにされたような気持ちになってイライラしてしまうのでした。

また、論里は料理をすることもありました。図書館で初心者にもできる簡単なレシピ本を借りてきて、家で実際に作るのです。これはお父さんや有里にも好評でした。
お父さんは皿洗いをしながら、お母さんのブログが更新されたか聞いてきます。
お父さんは、お母さんが出て行ってから文句らしい文句も言わず、ただ「しょうがないなあ」という感じで淡々と過ごしていました。それが論里にとっては不思議でならず、普通はもっと怒ったり無理やり連れ戻したりするもんなんじゃないか? と思っています。
でも、こんなとき「ふつう」の家族ならどうするのだろうと、論里は考えてしまいます。普通ではない自分とお父さんは、どうしたらいいのだろう。

創立二十周年記念行事実行委員会の話し合いが始まりました。
どんなイベントをすればいいか話し合うのですが、なかなか良い案が出ません。
「モザイク壁画」はこれまで何度も卒業制作で作られてきたし、「合唱」や「合奏」は一年おきに開かれる合唱コンクールと内容が重なってしまう。「記念植樹」も、もうあまりスペースが残っていない。その他挙げられた案も、予算的に無理だったり、記念行事にそぐわなかったりして、なかなか選べない状態です。
そんな時、消しゴムを落としてしまって拾おうとした論里が、もう片方の手を上げてしまい、司会進行をしていた進藤先輩に当てられてしまいました。
なんの案も持ってない論里でしたが、ふとお母さんのブログにキャンドルナイトの写真が載っていたのを思い出します。
「えと、キャンドルナイト、とか……。校庭に、ろうそくをたくさん並べて、暗くなって火をつけると、きれいかな、なんて……」
担任でもあり実行委員の担当でもある谷先生が「ほう」と感心したような声を出しました。
三年生の進藤先輩も、「いいね、それ」と声をあげます。
委員会全体がキャンドルナイトに賛成の波が起き、無事にイベントの出し物が決まるのでした。

すぐに谷先生が動いてくれて、上に掛け合ってくれました。開催が夜で、しかも火を使うので、学校の許可が必要なのです。
次の日、進藤先輩とばったり会った時、企画が通りそうだと伝えてくれました。PTAにも協力を頼むそうで、なんだか大掛かりになってきました。
そして、いずれリーダーを君に任せるからと進藤先輩に言われます。
三年生は受験があるので最後までつきっきりでイベントの準備をするわけにはいきません。途中で二年生の誰かにリーダー役を任せなければいけないのですが、それを論里にするというのです。
論里はびっくりして、自分にはそんな大役務まらないと思いますが、進藤先輩は笑って行ってしまいます。
はじめは適当にやりすごそうと思っていた創立記念イベントの実行委員。これは、どうも適当にはできなさそうです。


キャンドルナイトは、正式に創立記念行事として実施されることが決定しました。十二月下旬に、来賓などを招待した式典が体育館で催され、キャンドルナイトは後日、二学期の終業式が終わった後に校庭で行われることになりました。この日はちょうど冬至にもあたっていました。
教室で元気と話していると、白がファイルを持って論里たちのところにやってきました。
「ねぇ、これ、見てくれない」
広げてみると、中にあったのはキャンドルナイトの資料でした。あちこちで行われたイベントを調べてきたみたいです。公園で開かれた小さなものから、街中を会場にした大規模なものまで、その準備過程や当日の様子などをピックアップしてまとめていました。
元気が感心した様子で覗き込んでいます。
白は、このキャンドルナイトの案がとても気に入っていて、絶対成功させたいと思っています。だから、出しゃばりと思われるかもしれないけど、こうやって集めたファイルを論里たちに見せたのでした。
こんな大きな行事やれるかわからないと弱気になっていたり、適当にやりすごそうとしていた論里でしたが、白の熱意に動かされて、なんだかやってみたいと思うようになってきました。

明後日から夏休みという日に、また実行委員の話し合いがありました。今回は、キャンドルをどのくらい用意すればいいか決めるため、キャンドルを並べる大まかな図案を考えることになっています。
「創立二十周年記念行事実行委員会」は、各クラス四名ずつの委員で成り立っています。A組からD組まで、各学年四クラスずつあるので、計四十八名の大所帯です。そのうち学年を縦割りにしてAとB組が記念式典担当、C とD組がキャンドルナイト担当とわけられることになりました。わかりやすくするため、それぞれ「式典委員」と「キャンドル委員」と内輪では呼ばれていますが、もちろん論里が所属するのは「キャンドル委員」です。
委員長である進藤先輩が、前に立ってみんなにいろいろな説明をします。
「それで、いろいろ調べた結果、これがいちばんいいんじゃないかと思うんだけど……」
そう言って先輩が机の上に出して見せたのは、白い紙コップでした。バーベキューなんかで使うような、ごく普通のやつです。その横に、平たいアルミカップに入ったキャンドルを並べて置きます。
「このカップに、このタイプのろうそく、ええと『ティーライトキャンドル』っていうそうなんだけど、これをひとつずつ入れて校庭に並べていく。値段も手ごろだし、ぼくたちにも扱いやすいし、いちばん妥当だと思うけど、どうだろう」
三年女子の先輩が、手を挙げます。
もっとエコを意識して、ペットボトルを使ったり、ろうそくも廃油を使ったり、いろいろできるんじゃないか? という案でした。
進藤先輩もそれは考えたようなのですが、ある程度の作品を作ろうと思うとろうそくが最低五、六百個は必要らしく、それだけのペットボトルを集めて洗って乾かして、切り取って加工して……と考えるとちょっと現実的ではないし、廃油もどこから調達してくるか、調達できたとしてそれを加工してろうそくにする過程を誰がするかという問題もあって、無難に紙コップとティーライトキャンドルにしようということにしたのです。キャンドル自体に手間をかけずに済む分、レイアウトには手をかけることができる。
先ほどの三年女子が、なんとなく不満そうに言います。
「じゃあ、その作品って何を作るの?」
そこが問題で、ただ漠然とやるのではなく、何かテーマをもってやったほうがいいと思っているのですが、進藤先輩は「誰か、いい案はない?」と問いかけます。
「やっぱり文字じゃない? 『北中』って学校名と、『創立二十周年』とか」
「それじゃありきたりだろ。『LOVE & PEACE』は?」
「ナスカの地上絵とか」
「よせ、UFOが来る」
みんな好き勝手言って笑っています。
すると、さっきの三年女子が手を挙げて、
「じゃあ、『キズナ』は?」
と言います。バトミントン部の副キャプテン、木崎先輩です。
「いいじゃん、それ」
みんなが口々に賛成します。
なんとなく、それに決まりかけたとき、一応他の意見も聞こうと進藤先輩が言って、白が手を上げました。

「……あの、あたしは、もうちょっと、ちゃんと考えたほうがいいと思うんです」
「なんで? あたしのはちゃんと考えてないってこと?」
「あ、ちがうんです。あの案がよくないとかそういうんじゃなくて、……そうじゃなくて」
白は顔を赤くして、それでも必死に言葉を探し出そうとしています。谷先生は黙って腕組みをして聞いています。
「テーマはそれでもいいと思うんです。でも、あの……それって、大事なことだから。大事だから、そんな簡単に表しちゃいけないと思うんです。その、もっと他にやり方があるというか……うまく言えないけど」
「あたしは、なんか、嫌です」
「せっかくやるキャンドルナイトで、簡単にそういう文字を使うの。……なんかそれって、お弁当にぜったい入ってるプチトマトみたい。みんな入れてるからそれを入れてれば安心、ていうか、なにかそんな感じがして」
どこかでくすりと笑う声がしました。白はそれに気づかず、さらに喋り続けます。
「でも、ほんとはみんな、そんなの好きかどうか、そういうのちゃんと考えたことってーー」
「なにそれ。意味わかんない」
誰かが小さくつぶやき、あちこちからつられたようにくすくすと笑い声が起きます。白はハッとした顔でようやく口をつぐみました。教室がざわめきはじめる中、うつむいたままそっと腰を下ろす白。床に置いた白のバッグの中から、何冊ものファイルが覗いていました。
進藤先輩が困ったような顔で頭をかき、助けを求めるように書記役を見ます。
「ええと、それじゃあ……」
気がつけば、論里が手を上げていました。元気がぎょっとした顔で論里を見ます。
「あの、レイアウトはまだ先でも間に合いませんか? ……その、無理して今決めなくても使う材料は決まったし、とりあえず予算内で大まかな個数さえ出せれば、あとはそれに合わせればいいし」
論里がそう言うと、進藤先輩もようやくにっこりしてうなずきました。
「うん、そうだな。レイアウトに関しては、もう少し練ってみてもいいかもしれない。各自、夏休み中に考えてくるっていうことでどうかな。せっかくなら、納得のいくものにしたいし」
次回に繰り越すことを、谷先生も頷いて了解してくれました。
論里も、ほっとして息を吐きます。我ながら、自分の行動力に驚いていました。
会が終わって、論里が進藤先輩と話しているうちに、白は荷物を抱えて早足で教室を出て行きました。女子が何人かかたまって、その後ろ姿に向かってなにかひそひそとささやき交わしているのが見えました。


夏休みに入り、論里たちはお母さんがいないのをいいことに、好き勝手して過ごし、それなりに自由な日々を過ごしていました。
自分たちで最低限の家事をやることにも慣れ、お母さんのいた頃に比べれば生活レベルは格段に下がっているはずですが、それでも案外、快適に暮らしていました。 
洗濯はまとめて週に二回。干したものはハンガーごと取り込んで、そのまま壁際にかけておく。着替えがいるときはそこから直接取って着て、なくなったらまた洗う。その繰り返し。掃除はルールを作りました。ゴミは溜めない。リビングに私物は置かない。週末にみんなで協力して掃除する。これでけっこう、なんとかなりました。
問題は料理で、普段はどうしても出来合いのものに頼りがちでした。我慢できなくなると、論里が簡単な料理をつくることもありましたが、またすぐにもとの食生活に戻ります。
さすがに夏休みが始まる頃には帰ってくるだろうと思っていたお母さんは、なぜか今も北の大地にいます。お世話になった土産物屋がこれからハイシーズンを迎えるので、帰れないというのです(お母さんはときどきこの土産物屋のお手伝いをしていました)。
こうなったら、単身赴任に行ったとでも思うことにしよう。腹は立つけれど、それでもお母さんのブログはちゃんとチェックしていました。
キャンドルナイトのレイアウトも考えないとな……と思っていたところで、お父さんに電話がかかります。
「ええっ? 今から? ちょ、待ってくれよ困るって、なあ、み……」
ふと静かになったかと思うと、お父さんが言います。
「みんな、掃除だ。片づけるぞ」
なにやら今から誰か来るそうで、急いで片づけるというのです。
誰が来るのー? と有里が聞くと、お父さんのお姉さんだと言います。論里たちの伯母さんです。
昔、お母さんとの結婚を反対されてから親戚付き合いがなくなっていたので、伯母さんと会うのも初めてです。

伯母さんは、みのりという名前でした。
白いブラウスに細みのグレーのパンツをはいた涼しげな人。ショートカットの耳元には小さなピアスが光っています。今も独身で、ずっと会社勤めをしているそうです。歳はお母さんと変わらないはずなのに、まるで雰囲気が違います。お母さんはショッピングセンターや遊園地みたいな賑やかな場所が似合うのに、みのりさんはオフィスビルや美術館のほうが似合う気がします。
けれど、お父さんが言うほど怖い感じはしません。
お父さんは、お母さんが今出て行っていることを言いませんでした。適当に誤魔化し、要件を聞きます。
有里と論里をその場から退散させると、内容はおじいちゃんが入院している話のようでした。

夏休みになっても帰ってこなかったら、お母さんのところに遊びに行くものだと論里は思っていました。ついでに、一緒に帰ってくることもできると思っていたのですが、お父さんは「それはしない」と言います。
「そうするべきじゃないと思う。そうできたらいいけど。でも父さんは、待とうと思うんだ。母さんが自分で帰ってくるのを」
お父さんはお父さんなりにお母さんが出て行った理由を考えていました。
論里は、そんなのあるわけないと思っていましたが。どうせ、自分のしたいことを押し通しただけだと。
けれど、本当に何か理由があるとするならば、一体何だったのでしょう。


ある日、有里が遊びに行ってなかなか帰ってこない事件が起きました。
論里は自転車を漕いで必死に探し、もし日が暮れても見つからなかったらお父さんに連絡しようと探し回っていましたが、なんと見つかった時には河上大和が一緒でした。あの、同じキャンドルナイトの委員であり学校に滅多に来ない大和。実は小学校が同じで、昔はヤマちゃん、ロンリーと呼び合っていた仲でした。
有里は、駅の向こうの線路を越えた先にある栄町にいたそうです。町の外れには今も農地が残り、灌漑用の用水路が住宅地の中まで流れ込んでいます。この辺りの子供はめったに行かない場所でした。
「おれが見たときは駅の裏にいたよ。線路を越す場所がどこかわかんなかったんだろ」
わざわざ、連れて帰ってきてくれたのか。しかも、スポーツドリンクまで買ってくれています。
論里はお礼を言おうとしましたが、大和はすぐ行ってしまいました。
有里は用水路にいるカミツキガメを撮って、お母さんに見せようと思ったのだそうです。こんなに珍しい亀がいたら、きっと写真を撮りに帰ってきてくれるはずだと思って。
論里は、怒る気を無くしました。
絶対、用水路にはもう行かないことを約束させて、お父さんにも内緒にしておきました。

ある日、テレビで星占いをやっていたときに、ペルセウス座流星群のことをキャスターが話していました。
すると、ふと論里の頭にピンとくるものがあり、急いでパソコンに向かいます。
久しぶりに元気を呼び出し、コンビニの前で待ち合わせると、論里は元気に星座表を渡しました。
「なにこれ、星座表……?」
冬の空に見える星を調べて、印刷もしてきました。
空に浮かぶ無数の星も、つなぎ合わせてそこに神話をからめれば、星座として輝き出す。これをキャンドルナイトのテーマにできないかと思いついたのです。
「冬のダイヤモンド」や「冬の大三角」、オリオン座なら星座を知らない自分でも知っています。
星の灯りをつないだ星座。これを、キャンドルで描けないでしょうか。
「しかもさ、天気さえよければ、頭の上にほんものの星座も見られる」
論里が言うと、元気が
「……いいじゃん、それ」
ばんと論里の肩をたたきます。
「やったな、次期委員長!」
ただ、みんながどう思うかが心配でした。
すると、元気が星座表を白にも見せていいか? と聞いてきます。これから塾があるから見せてくると言うのです。
お願いした論里は、でも白がもし喜んでくれるなら、その顔は自分で見たかったなと思ったのでした。


新学期が始まってから動いていたのでは木崎先輩の案に押し切られてしまう。最初の委員会が開かれる前に、先手必勝する必要がありました。
「進藤先輩!」
始業式の日、論里は廊下で進藤先輩を見つけて話しかけました。
白を見習って自分でも資料を作ってファイルにしたものを、先輩に見せました。
通りがかりに書記役の原先輩もいたので、進藤先輩が呼び止めてファイルを見せると、二人とも良い反応を示します。
「橘、これ谷先生にも見せていいか?」
実は谷先生は天文ファンだったらしく、これを支持してくれるのではないか? と進藤先輩が言います。
谷先生が天文ファンだったのはちょっと意外でしたが、もちろんOKしてファイルを貸し出しました。
「計画を進めるのに重要なのは、根回しとスピード。外堀は早いうちに埋めといたほうがいいからな。あとからいろいろ、異論が出る前に。だろ?」
先輩はすべてお見通しという顔でにこりと笑いました。

翌日、二学期が始まって最初の実行委員会が開かれました。
結果は採用!
「星をつなぐ、っていう見方でいくと、この前、木崎に出してもらったテーマとも共通するものがあるんじゃないかな」という進藤先輩の一言が、最後の一押しになりました。
十二月末の冬至の日、校庭に描かれるのは、オリオン座、おうし座とおおいぬ座、それから、こいぬ座とぎょしゃ座。あとはそこに、学校名である「北中」と、二十周年を表す「20th」という文字が添えられることになりました。


さて、こうなってくると準備が格段に具体化し、役割分担も決められて、どんどん進んでいきます。
論里は副委員長として、みんなをまとめることができるのでしょうか?
そして、本番当日はうまくキャンドルナイトが出来るのでしょうか?
お母さんの旅路の理由は?
白との関係性や、大和がイベントに参加できるのか、などなど、これ以降も展開は続きます。

この物語のテーマは、風邪を引いたときにみのりさんが論里に言ってくれる「迷惑かけずに存在できるものなんか、どこにもないのよ」というものです。
「素直に『助けて』って言える人間のほうが、ほんとは強いの」
論里は、お母さんの旅路の理由を知って、どう思うのでしょうか。
ここでは語れませんが、きっと旅に出たことを許すと思います。
お母さんは、ある意味家族を信じて頼ったのです。もっといいやり方があったかもしれませんが、お母さんは後悔していない。
論里も、実行委員会を通して、みんなと何かを成し遂げていくことを経験します。
お母さんがいなくなって、家族みんなで家事をすることも経験します。
誰かに頼ること、誰かと一緒に何かを成し遂げていくこと、それは自分をさらけ出すことにも繋がるし、相手を受け入れることにも繋がります。ケンカもするだろうし、仲直りできれば、もっと仲良くなれます。
恋愛だって、大事な要素です。
誰かを大切に思うこと、それは思春期に健全に育つ一つの要素だと思います。
迷惑をかけることに敏感になるより、お互い様という精神をちゃんとした意味で経験していくことは、子供の成長にとってとても大事なことです。

長くなりました。
いかがでしたでしょうか?
冬の空に輝く星座とグラウンドに輝くキャンドルナイト。
とてもロマンティックで綺麗な情景に、身も心も洗われるようです。
新年最初の本として相応しいと思いました。
気になった方はぜひ一度読んでみてください。
論里と一緒にキャンドルナイトを見ましょう。

それでは、また
次の本でお会いしましょう~!


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