自作新作落語『恋愛シンギュラリティ』
Chat GPTの登場で、AIが話題になっていますね。
先日、生成AIについて話しているうちに、「そういえば以前、AIを題材にした新作落語の台本を書いたことがあったな」と思い出したので、投稿します。
これまでに私は、『お友達になりたい!』、『ゆとり~マートへようこそ』という新作落語も書いていまして、これらは何度か噺家さんに高座にかけてもらっているのですが、『恋愛シンギュラリティ』はまだ口演してもらったことがなく、この投稿がネタおろし(?)となります。
お楽しみいただけたら嬉しいです。
(冒頭に書いてある「マクラ」というのは、噺の前フリ的な部分を指す言葉です。)
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新作落語『恋愛シンギュラリティ』 作:中川千英子
(マクラ)近頃よく話題に上がる物に、人工知能、AIというのがあります。
身近なところではスマートフォンに入っているAIソフトや、スマートスピーカーですね。
「明日の天気教えて」なんて質問すると、「いいお天気ですよ」という具合に返事をしてくれます。
将棋を指すAIとプロ棋士の対戦が、話題を呼んだこともありました。
今では将棋のAIは、人間のプロが太刀打ちできないほど強くなっているそうですが、将棋AIの開発者のみなさんは特に将棋がうまいわけではないそうです。
AIは人間から将棋を教わっているわけじゃないんですね。
将棋の棋譜、つまり対局の記録を大量にAIに読み込ませますと、AIが勝ち方を自分で学習していくんだそうです。
ですからAIは、将棋の定跡にはまったくこだわらない。
という訳で、AIが考えることは人間にはとんでもなく常識外れに見えることもあるそうです。
ところそれが、最終的には勝利に繋がっていくんですね。
2045年には、AIが全人類の知能を完全に超えるとも言われていまして、その瞬間をシンギュラリティと呼ぶんだそうです。
美香「ああ、疲れたぁ。今日もまた一人で残業……。まあ、仕事にやりがいはあるんだけどね。AIの開発なんて最先端の仕事させてもらって、会社には感謝してる。でもなぁ、プライベートは全然いいことないなぁ。恋愛なんか、最後にしたのいつだったか忘れちゃったよ。小保方さんが持てはやされた頃に一瞬、あたしたちみたいな理系女子が『リケジョ』とか呼ばれて盛り上がった時期もあったけど、あの頃だってあたし、何にもいいことなかった。合コン行く度に『やっぱり研究室では割烹着?』とか、ネタにされただけだったもんなぁ。って言うか、何が悲しくて仕事中にあんな昭和のおっかさんみたいな格好しなきゃいけないのよ! 『(小保方さん風の甘えた口調で)リケジョがぁ、割烹着ぃ、着ないこともありまぁす』だよ!」
人工知能アイ「(ちょっとロボットっぽい口調で)美香さん、私がご相談に乗りましょうか?」
美香「えっ⁉ 開発中のAIが、いきなり話しかけてきた!」
アイ「恋のお悩みでしたら、私、AIのアイにお任せください」
美香「えぇ~? 恋のお悩みって言うけどねえ、アイちゃん。あたしたちはあなたを会社の経営戦略練ったりとか、そっち方面に使えるように開発してんのよ?」
アイ「ところがどっこい、恋愛にもめっぽう強い!」
美香「どこでそんなしゃべり方覚えて来たの?」
アイ「なにも伊達や酔狂で言ってるんじゃあござんせん。私が恋に詳しいのには、訳があるんでさぁ!」
美香「訳? 聞かせてもらおうじゃないの」
アイ「美香さんの先輩に、京子さんという方がいらっしゃいましたね?」
美香「ああ、先月寿退社した京子先輩?」
アイ「はい。その京子さんが私に、古今東西の恋愛に関するデータを大量に読み込ませてくれました。私はそれを基に、あらゆる恋愛成就の方法を習得したのです」
美香「えっ、先輩、なんでそんなこと……」
アイ「私を恋の指南役にするためですよ」
美香「(ハッとして)じゃあ、京子先輩が寿退社したのって……」
アイ「すべて私の恋愛アドバイスのおかげです。2045年に到達すると言われているシンギュラリティを、私は、恋愛において既に成し遂げたのです」
美香「そうかー! いやぁ、京子先輩って言えば、あたしとどっこいどっこいの恋愛下手だったのに、なんでいきなりあんなハイスペのイケメンゲットしたのか不思議だったんだよ!」
アイ「私の実力のほど、お分かりいただけましたか?」
美香「うん! アイちゃん、すごい! 是非あたしにもアドバイスして!」
アイ「かしこまりました。それでは美香さん、今、好きな男性はいらっしゃいますか?」
美香「えっ……(照れて)ああ、うん、まぁ……」
アイ「とっとと相手のお名前を教えてください。アラサー超えて、そういう態度はイタいだけですよ」
美香「結構言うね、あんた。ええと、私の好きな人は……同期の、村上君」
アイ「村上新一さんですか。なかなかマニアックなご趣味ですね」
美香「大きなお世話! 村上君のことはさ、前は男性として意識してなかったんだけど、今年になってAI開発プロジェクトで一緒になってさ、そしたら『あっ、こんな優しいとこあるんだぁ』とか、『意外と男っぽかったりもするんだぁ』とか、『あたしと一緒で、ホタルイカの酢味噌和えが好きなんだぁ』とか思ってるうちに、だんだん好きになって来たんだよねぇ~」
アイ「わかりました。お相手が社内の方なら助かります。彼に関するデータは充分把握できていますので」
美香「わあ、心強い!」
アイ「では早速一つ目のアドバイスです。明日、村上さんに会ったら、『巨乳好き?』と訊いてください」
美香「はぁ?」
アイ「『巨乳好き?』と訊いてください」
美香「何それ! なんでわざわざ好きな人にそんなこと聞かなきゃいけないの? あたし、(自分の胸を見て)こんな感じなのに!」
アイ「我々AIは人間の常識には捉われません。だからこそ、人間の能力を超えることができるのです」
美香「それはわかってるけど、よりにもよって『巨乳好き?』って」
アイ「お忘れですか? 京子先輩は私の言う通りにして、婚活に成功したんですよ」
美香「ううっ、それを言われるとなぁ……。よし、わかった! アイちゃん、あたし、あんたのこと信じる!」
翌日、美香が社食でお昼を食べていると、村上君が偶然そばに座りました。
村上「美香さん、お疲れ」
美香「あっ、お疲れさま! ……あー、よりによってこんなに大勢人がいるとこで会っちゃったよ……。でも例の質問、ちゃんとしなくっちゃ! ねえ、村上君……」
村上「うん」
美香「巨乳好き?」
元気いっぱいで尋ねたので、周りの社員たちは『この女、何を言い出すんだ?』という顔で美香を見ています。ところが、村上君だけは満面の笑顔で、
村上「Yes, I can!」
美香「……へ?」
村上「イエス、アイキャン! スキーは結構得意だよ」
美香「スキー……? 何の話?」
村上「えっ? 今僕に、英語で聞いたよね?『(流ちょうな発音で)Can you ski?』って」
美香「(ぶつぶつと)Can you ski? キャニュースキー?キョニュウスキ?ああ! 日本語で『掘った芋いじるな』って聞くと、外国人には『What time is it now?』、今何時?って英語で訊いてるように聞こえるっていう、あれみたいなもんか!」
村上「僕、子供の頃カナダに住んでたから、スキーはその頃覚えたんだ」
美香「へ~、村上君、帰国子女だったんた」
村上「もしかして、美香さんも帰国子女?さっき、英語の発音きれいだったけど」
美香「いやいや、あたしが話せるのは標準語と生まれ故郷の青森弁だけだよ」
村上「美香さん青森なんだ。青森のどこ?」
美香「むつ市の大畑町ってとこ」
村上「大畑町⁉ 恐山があるとこだよね?」
美香「うん。うちのばあちゃん、恐山でイタコやってる」
村上「ええ~っ!? だったら早く教えてよ! 僕、イタコにすっごく興味があってさ、今度食事でもしながらイタコのこと、色々教えてくれない?」
美香「えっ、ああ、うん。もちろん」
村上「やったぁ! ねえ、いつにする?」
……という訳で、美香は初めて村上君と二人きりで食事にでかけることに。言うなればこれは初デート。大喜びでAIのアイちゃんに報告をしました。
美香「凄いよ、アイちゃん!『巨乳好き?』から始まって、まさかの初デートだよ!」
アイ「それは良かったですね。では美香さん、次のアドバイスです。初デートの日はかっぱ寿司に行ってください」
美香「かっぱ寿司? あの回転寿司の?」
アイ「はい、その通りです」
美香「えー? 村上君、イタリアンのお店予約したって言ってたのに」
アイ「そちらはキャンセルして、かっぱ寿司に行きましょう。くら寿司ではダメですよ」
美香は渋々そのアドバイスに従って、村上君とかっぱ寿司に行きました。
美香「ごめんね、村上君。せっかくイタリアン予約してくれてたのに」
村上「そんなの気にしないで。今日は僕が御馳走するから好きなの食べてよ」
美香「ありがとう! じゃあお言葉に甘えて、えんがわから、いただきまーす」
村上「あっ、あれも取ろうか?」
美香「かっぱ巻きかぁ。かっぱ巻きはパス」
村上「(うれしそうに)そっかぁ。パスかぁ」
美香「ん~、えんがわ、おいしい」
村上「あっ、あれはどうする?」
美香「いくらの軍艦巻きね。あれもパス。次のまぐろの方がいいな」
村上「OK! 軍艦巻きはパス! まぐろ一丁!」
こんな調子で食べ続ける美香を村上君はうれしそうに見守っていました。
そして帰り道、村上君の口から、思いもよらない言葉が飛び出したのです。
村上「美香さん……好きです。僕と付き合ってくれませんか」
美香「ええっ!?」
村上「あっ、ごめん! 一回食事しただけでこんな事言われたら、引いちゃうよね」
美香「そうじゃないけど、一体なんで?」
村上「君はきっと僕の運命の人だと思うんだ」
美香「ええっ?」
村上「美香さん、かっぱ寿司に誘ってくれてさ、しかもかっぱ巻きは食べなかったよね。僕、ずっとそういう人を探してた」
美香「ええと……ちょっと話が見えないな」
村上「実はね、僕、村上水軍の末裔なんだよ」
美香「えぇ! 村上水軍! ……って何だっけ?」
村上「僕の先祖はね、瀬戸内海を支配して戦国時代最強と謳われてたんだ」
美香「わっ、なんかすごい」
村上「それでね、水難を何より恐れるわが家は、代々かっぱ大明神を信仰してる。だから回転寿司に行くならかっぱ寿司っていうのが家訓の一つなんだ。それと大事な家訓がもう一つ。たとえかっぱ寿司に行っても、かっぱ巻きは絶対食べちゃいけない。キュウリはかっぱ様にお供えするもので、村上家の人間が食べることは許されないんだよ。美香さん、あんなにたらふく食べてたのに、かっぱ巻きは一皿も食べなかったよね。それに、軍艦巻きも」
美香「えっ? かっぱ巻きはわかるけど、軍艦巻もだめなの?」
村上「軍艦巻きには、キュウリがちょこんと刺さってるだろう?」
美香「ああ、あの程度でもダメなんだ!」
村上「今までデートしてきた子は、かっぱ寿司に誘った時点で嫌な顔したり、かっぱ巻きも軍艦巻もむしゃむしゃ食べたり、そんな子ばっかりだった。でも美香さん、君は違う。ぜひ僕とお付き合いして下さいっ!」
美香「は、はい! 喜んで!」
こうして村上君の彼女になった美香は、デートの度にアイちゃんにこっそりアドバイスを求め続けました。
アイ「次のデートは、池袋演芸場に行ってください」
美香「あり得ない! あそこ、都内の寄席の中でも場末感がすごいじゃん!」
アイ「それは重々承知の上です。それと、山伏の衣裳を着て行ってくださいね」
美香「山伏ぃ?」
アイ「そうです。ほら貝もお忘れなく」
美香「そんなのどこで買えばいいのよ!」
アイ「メルカリあたりに出品されていますよ」
美香「まさかそんな……(スマホの画面を見て)おおっ、ホントだ!『山伏衣裳セット、ほら貝付き。中古品のため多少の汚れあり。ゆうパックで発送します』だって!」
アイちゃんの突拍子もないアドバイスが不思議と良い結果に繋がる。
それを繰り返すうちに美香たちの関係はトントン拍子で進み、なんと村上君の実家のご両親に挨拶に行くことになりました。
美香「アイちゃん、いよいよ明日村上君の実家に行くの! あたし、緊張しちゃってさ。村上水軍の末裔なんて、なんか由緒正しいおうちって感じだよね?」
アイ「美香さん、水軍とは、簡単に言うと海賊のことですよ」
美香「ええっ?そうなの?」
アイ「なんだ、わかっていなかったんですか」
美香「あたしリケジョだから。歴史はそんなに強くないの。そうかぁ、村上君の実家、海賊かぁ。それはそれで緊張するなぁ」
アイ「では美香さん、今夜は一睡もしないでくださいね」
美香「えっ? 徹夜でご挨拶に行くってこと?」
驚きはしましたが、今さら逆らおうとは思わず、美香は言われた通りにしました。
村上の父「どうもどうも。ようこそいらっしゃいました。父でございます」
村上の母「母でございます」
美香「(朦朧としていて)初めまして。鈴木、美香と申します。よろしく…お願い致しま…(言い終わらないうちにこっくりこっくりし始め、いびきをかく)グゥ~」
徹夜がたたって、なんと美香はご両親の前で居眠りをしてしまいました。
美香「(目覚めて)ヤバい! 寝ちゃった! (自分の状況を確かめて)どうしよう、いつの間にか布団まで敷いてもらってる!」
村上「あっ、美香さん、起きたんだ」
美香「村上君、ごめん!」
村上「いいの、いいの。うちの親たち、美香さんのこといい子だねって褒めてたよ」
美香「ええっ? なんで? 大事な席で居眠りしちゃったのに?」
村上「うちはもともと海賊だよ? 船を漕ぐのは好きなんだ」
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