見出し画像

ぼくの部屋は宇宙のかなた

「今日も読書日和だね」
部屋の窓から外を眺めると、見渡す限りの星空が広がっていた。どの時間に窓を覗いても、それは変わらない。いつも夜更かしをするワクワク感はさすがにもうないが、夜にだけ発揮されていた集中力は続いている。
だから、この部屋はぼくにとって最高だった。ただし、入口も出口もないことを除けば。ここは絶対に密室でなければならなかった。なぜなら、外はすぐ宇宙なのだから。

人類がその「部屋」を完成させたのは、2100年代前半だった。地球はたび重なる戦争、環境汚染、資源の枯渇、少子化、多様性と個人主義に追いつけない人間関係の摩擦で疲れ切っていた。
そこで考えついたのがこの「部屋」だった。一人用の部屋がそのまま宇宙船になっている。好きな部屋で宇宙を一人旅。食料も何もかも、この部屋の中で完結するようにできている。人々は最終的に孤独を選んで、散り散りに宇宙へと旅立った。

ぼくもその一人だ。部屋は読書好きが高じて書斎っぽくしつつも和室で、いつでも寝られる万年床がセットだ。大好きなあざらしのぬいぐるみ「しろたん」も相棒として連れてきている。紙の本は電子ペーパーや網膜投影式の電子書籍に駆逐されてはいたが、ぼくは紙の本の手触りが好きだった。めくる感触や古い紙の甘い匂いだけで、そこに物語を感じた。なるべく紙の本のコレクションを持ち込みし、ないものは電子データからプリンタで本を生成して読むようにしていた。食料に水、薬、大概のものはプリンタで作れるし、部屋のAIが医者にもカウンセラーにも友だちにもなってくれるから孤独ではなかった。

出発して何年になるだろう?ここには時計もないし、日数も早々に数えるのを止めた。そもそもどこかへ行く旅ではないのだ。もう望んでいたすべてはここにある。

ただひとつ、人のぬくもりとは何だったんだろうかと思い馳せることがある。小説の中で語られる、胸が苦しくなる恋心、どこまでも深い愛情、それを繋ぐ人々の肉体。それはもうこの文章の中にしかないものだった。お互いに傷つけ合うことに疲れて人々は孤独を求めたのに、物語の中では痛いほどにお互いを求め合っていた。

ここにはぼく以外に誰もいない。
しかし、物語に息づく人々の微かなぬくもりと希望はあった。
ぼくは今夜も星空の中で物語を泳ぐ。
誰も知らない、宇宙のかなたで。

この記事が参加している募集

#宇宙SF

6,173件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?