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その鍵屋は錆びない

9月28日。ぼくは市役所へ行った後、商店街へ立ち寄った。目的は自宅の鍵の修理だ。ひよの怒りの鍵投げにより、ぼくの心のように微妙に曲がってしまった鍵を直してもらうのだ(使えないことはない)。鍵のことで悩んだ時は、やはりこのお店だった。この商店街には約60年前から、鍵屋としての腕や知識をいまだに磨き続けて錆びつかせない職人がいた。

この鍵屋さんとの出会いは、数年前にさかのぼる。ぼくがまだ伯父の介護で走り回っていた頃だ。伯父が自宅の鍵を何度も失くしてしまうトラブルに見舞われていた。我が家に合鍵があるので玄関は開けてあげられるのだが、鍵がなければその後の外出が困ってしまう。スペアを作ろうにもその鍵がかなり古いタイプで、ホームセンターでは合鍵が作れない。どうしよう?となった時に、地元の鍵屋さんに相談することを思いついた。

地図で検索して初めて行った時は緊張した。自動ドアをくぐると、所狭しと鍵用品や金物が並んでいる。入口近くのカウンターに、寡黙そうなおじいさんが座っていた。職人気質で話しかけづらいかも!というのが第一印象。それでも、事情を話して合鍵作成をお願いした。ノートにどんな鍵を作ったかメモを取る。そして、カウンター奥に消えてまもなくすると、できたよと姿を見せる。早い!そんなに早く作れるものなの?!

「ええ!もうできたんですか!すごい!!」
ぼくは思わず感嘆の声を上げていた。すると、おじいさんはうれしそうににやりと笑みを浮かべる。うわ!これがギャップ萌えなのか!まさかおじいさんで初となるギャップ萌えを体験するとは思いも寄らなかった。
「古い鍵だねえ。もうなかなか見ないタイプだよ」
おじいさんは鍵の知識を清流のようにさらさらと話してくれた。このお店を始めた頃のことから鍵の歴史まで、ユーモアを交えながら語る。合鍵を作るだけのはずが、こんなに楽しい時間になるなんて!

そこから、伯父が鍵を失くすたびにおじいさんの世話になった。失くさないように首から下げられるようにしたり、合鍵を玄関脇に設置したダイヤル式のキーボックスに入れたり。いろいろ作戦を立てたなあ。今では施設へ入所したので、鍵屋さんへ行くことはめっきり無くなっていた。

久しぶりの再訪。そもそもお店はまだ続いているのかと不安だった。しかし、店の前に行くとおじいさんがちょうど店から出てきて、外の空気を吸ってのんびりしているところだった。元気そうでほっとした。ぼくは家の鍵が曲がってしまったので直したいとお願いした。
「これなら、300円でいいよ」
「ええ?!安くないですか!」

驚きの安さ!技術と助かり度に対しての対価がこれでいいのかと。おじいさんは鍵を受け取ると、またもや魔法のような速さで直してくれた。その後、思いも寄らない質問を受ける。

「これってどうして曲がったの?」
「あ!手が滑って地面に落としちゃって…」
「地面に落としただけじゃあこんな風に曲がらないよ?ポケットにずっと入れて力をかけていたとかじゃないと」
さすがに「怒りに任せて地面へ投げつけたら曲がった」とは言えなかったのでかわしたつもりが、おじいさんの目に見抜かれた!鍵の名探偵すぎる!
「曲がってても入ったんだね。長く使っていてすり減っていたのかな。今の鍵は100分の1ミリの正確さで作られているから、曲がったら開けられないよ」
ここから今よく使われている鍵の話から、最先端のセキュリティのことまでたくさんお話していただいた。もう80歳にはなるだろうお年なのに、新聞を読んで最新の知識で思考を磨き上げているおじいさんがカッコよかった。しかも、偉ぶるわけでもなく常に物腰は柔らかくてにこやか。こんな年の取り方ができたらいいな!と初めて思える男性に出会えたかもしれない。ずっと健康で長生きしてほしいなあ。また鍵のトラブルがあったら頼りにしてますね!と伝えて店を出た。再会=鍵のトラブル確定なのがなんとも(苦笑)

「だいぶ年取ったからさ、16時半にお店を閉めてるよ。滑り込みで間に合ってよかったね」
これはほんとにタイミングがよかったと思う。前に通りかかった時に半分シャッター閉めてたのは、閉店時間が早まってたせいなのかもしれない。
ぼくは目的を達成して、車で家路についた。
16時15分。鍵屋さんの前を通ると──
「半になる前にもうお店閉めてるやん!!」
思わずツッコミを入れてしまった(笑)
直してもらった鍵は一切の引っかかりがなく、鍵穴に吸い込まれるように刺さって感動した。我が町の頼れる職人。ありがとうございました!

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