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電子書籍は漫画家にどんな夢を見せるのか?

こんにちは、漫画原作者の星野です。noteはずいぶん久しぶりです。

今回のエントリーは主に漫画家さんや漫画原作者さん、そして漫画家志望者向けに書いています。一般の方が読んで面白い内容かどうかは分かりませんが、漫画好きならあるいは興味を持ってもらえるかも知れません。前半は楽しい話ではありませんが、後半は夢のある話になっています。夢のある話が楽な話かというと、そう単純ではないのですが……前置きはこれくらいにします。

漫画界の現状

2020年の漫画業界は活況だと言われています。

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『出版月報』2021年2月号より


それは、上のグラフが示すように1995年以来、ジリジリと右肩下がりだったコミック市場が、電子書籍の登場により2014年に右肩上がりに転じ、2020年にはじめて6,000億円の大台を突破したからです。

新型コロナによる巣篭もり需要、「鬼滅の刃」の大ヒット、Netflixのアニメ快進撃による波及効果、異世界モノの定着、電子書籍の伸び…様々な要因が組み合わさっての数字だと思います。このこと事態は歓迎すべき事象だと思います。


ところでみなさんは、ある日自分の住んでいる世界が変わっていて驚くことはありませんか。漫画業界に身を置くこと20数年の私ですが、ふと気がつくと
・企画が通らなくなった
・単行本が売れないとすぐに打ち切られるようになった
・単行本が途中で出なくなり電子書籍だけになった
・連載が終わって、次の話もあると思ったのになかった
・原稿料が下がった
・電子書籍で儲かると思ったら案外実入りが悪かった
・単行本の初版部数が1万部を割り込む…どころか5,000部になった
・年収が減った
こんな話をあちこちでよく聞くようになりました。前述の漫画業界が空前の活況という話と随分と矛盾してると思いませんか?

いえ、これが一つも矛盾していないのです。

こちらは、同じ『出版月報』のコミック新刊点数をグラフ化したものです。

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        『出版月報』2021年2月号より(グラフ化は筆者)

見ていただきたいのは、グラフの右端と左端、赤い下線部の引かれた部分です。
1995年(コミックの売上金額の最盛期)は6721冊だったコミック新刊点数は、2020年までに12939冊に倍増しています。

つまり2020年のコミック市場は、最盛期の1995年の約2倍の発行点数のコミック+電子書籍で売上金額で追い抜いたということです。電子書籍の発行点数を勘案すれば実質3倍以上ではないでしょうか。

単純計算で言えば1作品当たりの売上は、1995年と比較して1/2〜1/3以下に落ちていると思われます。実際には少数のメガヒット作品が売上の数割を持ってゆくため、大多数の作品はさらに少ない金額になると思います。「これからは兼業作家を目指すべき」「漫画で月5万円を稼ぐ方法」みたいなコピーをよく目にするようになったのも同じ理由からだと推察されます。


2つのサイド

これは読者サイドから見ると喜ばしい状況なのかも知れません。月に数十冊の漫画雑誌、100冊以上発売される単行本、無料及び有料のアプリやWeb漫画があり、よりどりみどりの選び放題です。ただし、とてもじゃありませんが個人がすべてを網羅できる分量ではありません。

今や日本の漫画は個人がその全容をつかめないほど大量に発売されているのです。まあ実際のところすべてを網羅する必要などなくて、読者は興味のあるジャンルだけを読めばいいのです。

しかしこの状況は制作者サイドから見ると事情がまったく異なります。書店の書棚には限りがあり…どころか書店自体が減る一方です。初動で売れなければすぐに返本されてしまい、そのサイクルはどんどん早くなります。その時その時の売れ筋が持て囃され、地味だけど読み進めるうちにその壮大な意図が分かる…みたいな時間の掛かる作品や難しいテーマの作品が作りづらくなります。

Web漫画ではより早いサイクルが求められ、スマホの小さな画面で読むため、そしてローコストでスピーディに制作するために背景は簡略化され…それどころか人物も線数も減ってゆきます。極端な話、表紙とタイトルから内容が分かるような作品以外は開いてもらえない場合も多いのです。



Web漫画、スマホ漫画の登場により原稿料はどんどん安くなり、同時にデビューのハードルは下がりました。これをチャンスと捉えられる人にとってはいい時代なのだと思います。とりあえずデビュー→腕を磨き→連載を獲得→単行本化(あるいは単行本すら必要としない)で印税で稼ぐ、というルートですね。

しかし既存作家にとっては逆風ばかりです。流行は常に移り変わり、発表媒体を変えると原稿料が下がり、本来の作品発表の場である筈の漫画雑誌はどんどん少なくなります。SNSを駆使してフォロワーを増やさなければ仕事に繋がらず、それすら数年後にどうなっているかは分からないのが実情ではないでしょうか。


可処分時間と可処分所得

ところで、この調子で漫画業界は毎年成長を続けられるのでしょうか。正直私は短期トレンドでは成長したとしても、長期で見た場合はかなり難しいと思います。

スマホと電子書籍の登場により、漫画の間口は広がりました。ビジネス漫画、学習漫画はもちろん、ちょっとした企業広告漫画や商品タイアップ漫画のようなやり方も増えましたし、これまで漫画を読まなかった層にリーチしているようにも思います。縦スクロールから入ってくる若年層もこれから増えるでしょうし、ジェンダーレスな漫画が増えているようにも思います。

しかしその一方で、人1人が1日に持つ可処分時間(個人が自由に使える時間)は限られています。

総務省の平成28年社会生活基本調査では、生活時間から1次活動(睡眠や食事)2次活動(仕事や家事育児)を抜いた時間は、1日平均で約6時間20分とのこと。

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総務省の平成28年社会生活基本調査より


この約6時間20分を テレビ・ラジオ・新聞・you tube、雑誌、等のメディア、映画、音楽、漫画、アプリ、ゲーム等のエンターテイメント、自己啓発、社会参加活動、交際、スポーツなどが奪い合うのです。



同じように可処分所得(個人が自由に使えるお金)にも限度があります。スマホ代、ゲーム代、洋服や化粧に掛かるお金、交際費…それらにプラスして漫画に幾らお金を使ってもらえるでしょうか?可処分所得の金額については子どもから大人、独身者から家族持ちまで幅が広すぎるのでここでは触れません。可処分所得全額を趣味に突っ込む人もいるでしょうし。

以上を総合すると、いったいどれくらいの時間とお金を漫画に使ってもらえるのでしょうか。


日本の漫画市場の特殊性

こうして見ると、日本の漫画がいかに過当競争であるか、言い換えるとレッドオーシャン(競争が激しい市場)であり、それにより制作者である漫画家(及び漫画原作者)が追い詰められていっているかが分かってもらえると思います。膨大な作品の海の中から読者に自分の作品にたどり着いてもらわなくてはならない。しかし泳ぎ手である読者の体力にも財布にも限界があるのです。

さらにこの先、日本は既に人口減少局面に入っていて、毎年50万人前後の人口が減り続けてゆきます。新型コロナにより少子化に拍車が掛かるのではないかと懸念されています。

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ここから先、高齢者が増加し、生産年齢人口と若年層が急激に減ってゆくのが分かります。まさに漫画にお金を使ってくれる層です。

それでも、漫画はこれからしばらくは伸びてゆくでしょうし、傑作も生まれると思います。激しい競争の中で数多くの漫画が切磋琢磨するのですから、確率論的に毎年幾つもの傑作が生まれるのです。その点ではこれからも漫画は進化し続けることでしょう。


『Ninja World』シリーズについて

さて、ここからは夢のある…というか夢の話です。

私たちEnmakuが発行する『Ninja World』シリーズ。
『Ninja World』シリーズについてはこちらを参照下さい。
日本の漫画は世界のMANGAになれると確信した日

『Ninja World』シリーズはこれまでにUSA編(Part1,Part2)、JPN編(Part1)の3冊をリリースしました。
USA編は、AmazonのKindleランキングで第9位にランクイン。

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8/1にリリースした日系ブラジル人の女の子が主人公のJPN編Part1は中南米で人気沸騰!……といいたいところですが、翻訳が間に合わずまだ英語版のみ。しかしフェイスブックでスペイン語とポルトガル語のリリース情報を打ったところ、大量のいいね!が…

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ポルトガル語のリリース告知記事

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スペイン語版の反応、3日間で4,623のいいね!が
こちらが驚くほどです
今後のスペイン語版、ポルトガル語版のリリースが楽しみです


プロジェクト概要

Ninjaworldプロジェクトは、端的に言うならば「ダイレクトに世界で勝負する枠組」です。漫画を作る→漫画を売る、の相手が世界なだけで、同人誌とほぼ一緒とも言えます。


少し違うのは

・形式を海外に合わせる

・対象国の文化を尊重する

・各国語に翻訳する

・販路を海外に広げる

・別作者の作品をチェーン方式で繋げてゆく

といった点です。

私は最近よく、Enmakuの活動を金鉱掘りに例えています。スコップ一つで金の鉱脈探しに向かう無謀な旅がNinja Worldシリーズです。どこに金鉱があるのか、本当に見つかるのかどうかは分かりませんが、ピカピカと光る無数の筋があちこちに見えるのです。それはKindleのランキングだったり、FBにつく「超いいね!」や熱いコメントだったり…。

先頭の一人が倒れても、次の一人が取って代わって掘り続けます。次から次へと誰かが掘り続けている限り、金鉱掘りは止まることはありません。いつか誰かが本当に金の鉱脈を掘り当てたら、遡って以前の作品も売れると思います。

私はこれを自作の『解体屋ゲン』で学びました。毎月新刊をリリースし、定期的にセールを仕掛けることで、1巻からのランキングが何度でも再浮上し、全体の売上を押し上げるのです。

第1巻の順位は現在1,298位、少し前まで758位でした。でも発売は2019年の6月です。発売から2年が経過しても常にランクを上げられる、この意味を分かっていただけるでしょうか。

これは『解体屋ゲン』が大量のバックナンバーを持つからできる荒業ですが、『Ninja World』シリーズでは作者と国を変えて繋いでゆくことでそれを再現しようという試みます。


世界の事情

少し目線を変えて、世界の状況を見てみましょう。まず大前提としてのスマホの世界的な普及があります。

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「コンテンツの時代」研究会 世界のコンテンツ市場の現状と展望に関する調査
平成31年4月 経済産業省商務情報政策局 より


ここではいくつかの国をピックアップしていますが、先進国のスマホ普及率が既に9割を越えているのに対し、新興国がすごい勢いで追いついてきていること、その絶対的台数では、(人口の多さから)中国やインドが先進国を遥かに凌駕する台数を保有していることが分かります。

電子書籍を読んでもらうためにはそのツールが必須ですが、幸いなことに世界中の人がスマホを手にする時代がすぐそこにやってきています。世界に漫画を売るタイミングが来つつあると言えます。

ここでは、幾つかの国において、どうして日本の漫画を売り込むターゲットになり得るのかを見てみたいと思います。

世界の事例

例えばメキシコ。人口は約1億2,757万人でほぼ日本と同じで、かつてイストリエタという大衆漫画文化を持ち(現在はほぼ消滅)、現在はアメコミと日本の漫画ファンが多く、定期的に「コミック・コンベンション」と呼ばれる会合が開かれています。またアメリカには3,500万人のメキシコ系移民が住んでいます。潜在的に漫画を読む層がいるにも関わらず、今はアメコミを読む層が主流となっています。
実を言うと次の『Ninja World』はメキシコ編です。

例えばインド。人口は約13億6,641万人。
インドで特筆すべきはAmazonがインドに巨額の投資をし、市場拡大を急ピッチで進めていることです。2018年からはAmazonサイトはヒンディー語(話者約5億3,000万人)に対応を始めています。前述のスマホの普及率の伸張や人口増加率を含め、今後もっとも市場の伸びが期待される国の一つです。
また「ニンジャハットリ君」が大ヒットし、インドオリジナル編が制作されているほど忍者の親近感が高い国でもあります。

例えばブラジル。人口は約2億1100万人で今も増え続けています。ブラジルは日本人の移民が一番多い国であり、今でも約200万人の日系人が住んでいます。そのため独自の漫画文化を持ち、「モニカの仲間たち」(マウリシオ・ヂ・ソウザ作)という国民的な漫画があります。「ドラゴンボール」や「NARUTO」を始めとする日本の漫画も売れており、「キャプテン翼」がブラジルのサッカー選手に影響を与えていることも有名です。

また、これはブラジルにとどまらず、南米各国には忍者道場が数多くあります。忍者や侍に対する憧れは、日本より海外の方がはるか高いのです。

上記3つの国の人口の総和は17億、もし人口の0.0001%に売れたら17万部です。もし3倍の0.0003%に売れたら50万部を突破、もし…これ以上の机上の空論は虚しいというか、いずれにしろ誤差の範囲なので止めておきますが、ちょっとした話題になれば未知の可能性が広がってゆく計算式なのは分かっていただけるのではないでしょうか。

市場はどこに

他にも沢山の有望な国があるのですが、すべての国に共通するのが競争相手の少ないブルーオーシャン(未開拓市場)だということです。

よく日本の漫画が世界で売れないのは市場がないからだ、みたいな言い方がされますが、私はそれは違うと思います。日本の漫画のニーズが高いのは、逆説的にですが海賊版サイトの隆盛が示しています。

リンクは貼りませんが月間10億PVを超える海賊版英語サイトがいくつもあります。私はそれすら氷山のほんの一角、現在の状況は特定のマニアが読んでいるに過ぎないと考えていて、しかべき場所にしかるべき(相手国にチューンした)作品をおけば、これまで漫画を読まなかった一般層にも広く届けることが出来ると考えています。

つまり金鉱というのは「見つける」というよりは自分たちで「切り拓く」ものだと思います。K-POPや中国のゲーム業界は世界に打って出る際には市場分析を行いそこに向けてチューンしています。日本の漫画ももちろんそれをする意味があるし、十分にできる実力を持っていると思います。


うー、長々とお付き合いいただきありがとうございます。ここからはさらに読者を絞って、中堅以上の漫画家さんを対象に書きます。特定の誰かを指している訳ではありません。

Enmakuが目指すところ

私たちEnmakuが目指すのは永続的なシステムです。Ninja Worldシリーズを伸ばすことで、全体を常にひっぱり上げ、走り続け、いつかヒット作を出すことを目標としています。

プロの漫画家にとって、漫画は生活するための手段であり、自己実現のための目的でもあると思います。私ももちろんそうですが、日本国内だけを見ていると何か大切なものを見失っているんじゃないかと思う時があります。

それは…一人ひとりの体験が異なるので説明は難しいのですが…漫画を読んでドキドキしたり、救われたり、勇気づけられたり、新しい世界を見せてくれたり…かつて自分が体験してきたそうした漫画作品を今、私たちは作れているでしょうか。

繰り返しますが、日本の漫画界は特殊です。今やありとあらゆるジャンルが漫画化され、オリジナルな世界を作るのが難しいほどです。マーケットは常に売れるものを求め、流行に流され、ニッチな設定のニッチな話が求められます。それは別に悪いことではありませんが、ある種の閉塞感がつきまといます。

でも世界は違います。新興国の多くの子どもたちはスレていなく、日本の漫画絵の1枚1枚に一喜一憂してくれます。絵柄の流行も関係なく、どストレートな人情物、派手なアクション、こっちが恥ずかしくなるような恋愛モノを求めてきます。

商業誌に掲載された経験のある作家さんは、大抵自分だけの必殺技を持っています。それはキャラだったりストーリーだったり、その両方だったりする訳ですが、本当に面白いものは世界でも通用すると思います。

今はまだ余裕がないのですが、2022年には新たな漫画家さんを募集する予定です。前述のようにNinja worldシリーズとして繋いでゆくため、人数に制限は設けません(だからといって無尽蔵に出せる訳ではありません)。

どうでしょう、少しは夢のある話になったでしょうか。
新型コロナの影響で日常生活は固定され、外出もままならず、気持ちの塞がる日々が続いていることと思います。

しかし幸いなことに、漫画は家の中で・一人で・想像力だけで、夢を見ることが/誰かに夢を見せることが出来る数少ない職業の一つです。

一生に一度くらいは世界で勝負してみたい!もしそう考える漫画家さんがおられましたらお気軽に声を掛けて下さい。TwitterのDMやこのnoteのコメント等、チャンネルはいつでも開いています。匿名での参加も歓迎します。漫画家さん以外でももちろん構いません。


ここから先、多くの人の意見を聞いてみたいと思うのです。




『NINJA WORLD3 JPN:1』 Kindle版 みなみくま (原作), いのうえとみい (作画)
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『NINJA WORLD1 USA:1』
『NINJA WORLD2 USA:2』  nobita (原作), toji (作画) 
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これだけ言葉を尽くしても、実は言いたいことの1/10も言えていません。今後、続きを掲載してゆく予定なので、引き続きチェックしてみて下さい。




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