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万葉集翻案詩

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万葉集翻案詩2編:『純な関係』

※今回は2首1組です。

我が里に
大雪降れり
大原の
古にし里は
降らまくは後

(「万葉集」巻②・103)
天武天皇

『純になる』

僕が住む里に
景色を白一色に
染め抜くほどに
雪が降り積もったよ

君が住む
古びた大原の里に
この雪が降るのは
もっと後になるからだろうね

雲の間から不意に漏れた
光の雫を一滴
心に落とし込んでみると

一瞬にして胸の汚れが
漂白されて純になるから
この気

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万葉集翻案詩:『浦の島子の物語』

春の日の 霞める時に 墨吉の 岸に出で居て
釣舟の とをらふ見れば 古の 事そ思ほゆる
水江の 浦島子が 鰹釣り 鯛釣り誇り 
七日まで 家にも来ずて 海界を 過ぎて漕ぎ行くに
海神の 神の娘子に たまさかに い漕ぎ向かひ
相とぶらひ 言成りしかば かき結び 常世に至り
海神の 神の宮の 内のへの 妙なる殿に
携はり 二人入り居て 老いもせず 死にもせずして
永き世に ありけるものを 世間の 愚人

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万葉集翻案詩:『その姿を見るために』

待つらむと
至らば妹が
嬉しみと
笑まむ姿を
行きてはや見む
(「万葉集」巻⑫・2526)

『その姿を見るために』

“待っているからね”と
君から届いた便り…
それだけで心は
加速度をつけて走り出す

待っている所に着けば
君は僕の顔を見て
嬉しさのあまり
微笑んでくれるだろう

その姿を見るために
早く、少しでも早く
君のもとに行こう

その姿を見るために
僕は今、
この命を生きている

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万葉集翻案詩:『深い想い』

安積香山
影さえ見ゆる
山の井の
浅き心を
我が思はなくに
(「万葉集」巻⑯・3807)


『深い想い』

美しく雄大な
安積香山の姿を映すのは
清らかな水を湛える
浅い山の泉

清らかで美しいけれど
私は、
この泉のような浅い心で
あなたの事を
想っているわけではありません

そんな、浅はかな気持ちで
あなたを
恋い慕いはじめたわけではありません

だって、
あなたは私にとって
もっ

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万葉集翻案詩番外:『梅の花が咲く頃に』

難波津に
咲くやこの花
冬ごもり
今は春べと
咲くやこ
(王仁)


『梅の花が咲く頃に』

たくさんの船が行き交う
難波の海の その辺り

見あげた先に咲いているのは
真白き梅の花

長い冬を越え
暖かい風が吹いたら
今こそ春が来たと
梅の花が咲いた

光を湛えて煌めく海を
風を受けて船が行く
誰の夢を積んでいるのか
ゆっくり、ゆったり
進んでゆく

梅の花が咲く頃に
私の心にも

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万葉集翻案詩:『風流』

酒坏に
梅の花
浮かべ思ふどち
飲みての後は
散りぬともよし
(「万葉集」巻⑧・1656)
大伴坂上郎女


『風流』

青い空と
梅の木の下で
気の合う者同士が集まって
楽しくお酒を飲む宴

濁り酒の上に
梅の花をひとひら浮かべ
ほんの少し
風流を気取る

いつもより
おしゃれな飲み方が
いつもの風景を
より美しく変えてゆく

ここに集う仲間と
お酒と共に
風流を分け合った後は
梅の花

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万葉集翻案詩:『季節の絵筆』

我が園に
梅の花散る 
ひさかたの
天より雪の
流れ来るかも
(「万葉集」巻⑤・822)
大伴旅人



『季節の絵筆』

冬晴れの空の下
この庭に
ひとりたたずんだ

おりからの風…

梅の花びらたちが
一斉に散ってゆく

まるで、それは
天空から風に乗り
流れ来る沫雪のよう…

冬と春の境めあたりで
神様が
季節の絵筆を使って
私の心に
雪に似た梅の花で
白い川を描いていった

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万葉集翻案詩:『好きになればなるほどに』

膝に伏す
玉の小琴の
事なくは
いたくここだく
我恋ひめやも
(「万葉集」巻⑦・1328)

『好きになればなるほどに』

綺麗で小さな琴のように
貴方の膝に身を委ね
愛の言葉を受けたのは
そよかな風吹く夜でした…

あの日の事が無かったら
私は今でも こんなに強く
貴方のことを心から
恋しくなんて思わない

こんなにまでも愛されて
大事にされると温もりが
いついつまでも消えないよ

好きになれば

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万葉集翻案詩:『恋なんて』

恋は今は 
あらじと我れは 
思へるを 
いづくの恋ぞ 
つかみかかれる

(「万葉集」巻④・695)
広河女王

『恋なんて』

私は今、
恋なんてしていない…
そう思っていたのに
どこからか
不意にやってきた恋が
つかみかかってきた

心がつかまれるまでの時間は
ほんの一瞬で、
あの人に出会った時に
恋は光の姿で
私の中に入り込んできた

恋が私の中に入り込んでくると
また、
あの人の事を

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万葉集翻案詩:『いつの間にか』

家に有る
櫃に鍵さし 
収めてし 
恋の奴が 
つかみかかりて

(「万葉集」巻⑯・3816)
穂積皇子

『いつの間にか』

家にある大きな箱に
鍵をかけて
もう出られないように
入れておいた恋の奴

どうやって抜け出したのか
いつの間にか
私の心に つかみかかってきた

抑えつけても 抑えつけても
いつの間にか顔を出し
私の心に つかみかかってくる
恋の奴

こいつが現れると
また彼女の事を

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万葉集翻案詩:『黄昏の二上山』

うつそみの
人なる我や
明日よりは
二上山を
弟と我が見む

(「万葉集」巻②・165)
大伯皇女
(おほくのひめみこ)

『黄昏の二上山』

遠い世界へと旅立ち
この世では姿形が見えなくなった
愛しい弟よ
私は何を見て そなたを偲ぼうか

このうつつの世界で
まだ姿形がある私の視線は今
君が祀られている
黄昏の二上山へ

明日からは
あの二上山の姿を
そなたと思って日々を過ごそう

紫と橙が溶け

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万葉集翻案詩:『君に逢える』

待つらむと
至らば妹が
嬉しみと
笑まむ姿を
行きて早見む
《巻⑪・2526》

『君に逢える』

夕方の太陽が
この心を染める頃
なんとなく落ち着かなくて
何度も腕の時計を眺める

今日は久しぶりに
君に逢える

待ち合わせの場所に付いたら
そこにいる君は
“嬉しい”と
微笑んでくれるだろうか

こんなふうに
僕の願いだけを描いたら
君の事を また
淋しくさせてしまうかな

これからは
先読みの

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万葉集翻案詩:『あなたに逢える』

夕さらば
君に逢はむと
思へこそ
日の暮るらくも
嬉しくありけれ
《巻⑫・2922》

『あなたに逢える』

夕方の太陽が
摩天楼を染める頃
嬉しくて嬉しくて
落ち付かなくなって
何度も時計を見てしまう

あなたに逢える時が
少しずつ少しずつ
近づいてきている…

逢えない日々が続いて
自分を欺きながら
歩いてきたけど
今日からは 
それもやめよう

あふれる想いも
高鳴る鼓動も抑えずに
自分の気

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万葉集翻案詩:『恋ひ恋ひて』

恋ひ恋ひて 
逢へる時だに 
うるはしき 
言尽くしてよ 
長くと思はば
(「万葉集」巻④・661 大伴坂上郎女)

『恋ひ恋ひて』

ずっと、ずっと
あなたに恋して 
恋し続けて
迎えた今日だもの

こうして逢えた時くらい
愛の言葉を
たくさん降らせてほしい

今夜は
あなたなりの言葉で
愛を尽くしてよ

ふたりのこの関係を
長く続けようと思うなら…

今まで
いくつもの恋の扉を
くぐり抜けてき

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