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私の魂の一部は50sのニューヨークに存在している

ミュージカル好きの私には、不動の「ミュージカルランキングトップ5」がある。

5位が『ミスサイゴン』、4位が『キャッツ』、3位が『ノートルダムの鐘』、2位が『ジーザスクライストスーパースター』。そしてダントツの第1位は、『ウエストサイドストーリー』である。

 

私と『ウエストサイドストーリー』(以下WSS)の初めての出会いは、高校生の頃。

その時私はミュージカル映画にハマっていて、『雨に唄えば』とか『イースターパレード』とか様々なミュージカル映画を見た流れで、初めて映画版のWSSを見た。

めちゃくちゃ正直に言うと、第一印象は「古いしダサいな…」だった。今では信じられない感想だけども。設定上は「少年」だけどどうみても大人の男にしか見えない人たちがピッタリしたジーンズにシャツをインして、すんごいキレッキレでバレエっぽいダンスをしている。不良がバレエ踊るか?これほんとに喧嘩してるのか? 上品すぎじゃないか?当時の私の感想はそんな感じだった。

結果、私は物語を最後まで見ることなくDVDを近所のゲオに返した。「America」あたりまでは見た記憶がある。たぶん。

それから数年間、WSSは私の頭の中の隅っこの方に追いやられていた。映画版を見ようと思ったのもネットで「ミュージカル映画」と検索して出てきたものを片っ端から見ていただけで、それこそWSSの話をする人なんて私の周囲には一切存在しなかった。外部からの情報が無ければいらない記憶はどんどん消えていく。

そうして徐々に頭の中からWSSの存在が薄れていって、数年後。

NHKの朝の番組を見ていたときのこと。劇団四季が出演するとの情報を得て楽しみにしていたのだが、その時番組内で宣伝していたのがWSSだった。

当時私はガッチガチの劇団四季初心者で、その時点で観た演目は『サウンドオブミュージック』『美女と野獣』『ライオンキング』『リトルマーメイド』くらい。WSSを上演するという話はもちろん聞いていたけれど、「ふーん、あのちょっとダサいやつね…」くらいにしか思っていなかった。

番組内ではダイジェスト形式で第1幕のあらすじを紹介していた。争う不良少年グループ。その中で芽生える恋。益々険悪になる少年たち。そして対決の行方は…?この続きはぜひ劇場で!!

ダイジェスト映像はハイウェイ下でリフが刺されるシーンで終わっていた。

あれっこんな話だったっけ?それからどうなるの??気になりすぎる!!!

その時、私の頭の中で消えかかっていたWSSが突如存在感を放ちだしたのである。気が付くと私はろくに調べもせずに東京公演のチケットを1枚買っていた。しかも千秋楽。(当時私はどの舞台でも千秋楽が一番いいに決まってると思ってた)

それから公演日までの約2か月間、私は徹底的にネタバレを避けまくった。先に映画を見直してしまうか迷ったけど楽しみを楽しみなままギリギリまでとっておきたいと思ったので何も見ないようにした。公式サイトすらまともに見なかった。


そうして訪れた公演日。ライオンキングのハンドタオルを握りしめて2階席の隅に座っていた私は、あまりの衝撃に打ちのめされていた。

トニーの静かな死。マリアの慟哭。無音のカーテンコール。こんな悲しい終わり方のミュージカルがあったのかと、私はすべてに衝撃を受けた。アニタがジェッツに乱暴されるシーンなんてたぶん「アァ~…」って声出ちゃってたな。前日に見た『アラジン』の喜びと興奮は体からすべて抜け落ちていた(見る順番逆にすればよかったなと今でもちょっと思う)。

衝撃でこわばる体もそのままに静かに劇場の前を歩いていた時「良かったねぇ」と感想を言う女性の声を聞いて「良かったんだ…」と思った。この時私は主に終盤のストーリーに驚きすぎてダンスも歌もよく覚えていなかったし「公演」としての良し悪しに目を向けられる余裕が全く無かったのである。

それから1週間、私の魂は四季劇場・秋に置き去りのまま、じっと縮こまって生きることとなった。しかしこの観劇体験によってWSSは私の頭の中で強烈な印象を残し、決して消えることのない存在になったのだ。


観劇からしばらくたってなんとか心に余裕ができた頃、改めて公式サイトを見ると全国公演をやるとの情報が載っていた。公演地のラインナップには地元も含まれていたので、なーんだわざわざ東京に行くまでもなかったじゃん…と思いながら、あの悲しい話をまた見るのか、でもせっかく近くに来てくれるし見に行ったほうがいいのかなぁとかいろいろ考えた。地元の公演が1回と、地元からバスで1時間ほどの仙台でも数回の公演をやるらしかった。ちょっと迷ったけど久しぶりに仙台に遊びに行きたいしと思って、結果的に仙台公演の初日のチケットをとった。

結末を知ったことで物語を客観的に見れるようになった私は、2回目にしてようやく音楽やダンスや登場人物1人1人に目を向けることができた。2回目の観劇の直前に映画版を見直したりCDを聞いたりしたので、この曲好きだなとかこのダンスかっこいいなとか、そういったミュージカル作品らしい点にも良さを感じることができるようになった。

ところで私は登場人物を好きになることで沼にはまるケースが多い。この時そんな私の目に留まった登場人物は、トニーでもなければマリアでもアニタでもなく、ジェッツの隅で常に小さくなって怯えている少年、ベイビージョンである。

物語のどのあたりで彼の存在に気付いたのかは覚えていないけれど、なんだか周囲と毛色の違う男の子がいるな…と思った。ジェッツの面々はシャークスや大人たちに対して常に息巻いていてピリピリしている印象だったが、ジェッツのメンバーの1人であるベイビージョンは無邪気にスーパーマンへの憧れを抱き、「ピストル」と聞いては怯え、警察から逃げて泣きべそをかいていた。ジェッツのメンバーと一緒になってシャークスを馬鹿にするシーンもたくさんあるが、どう見ても年上のメンバーたちと並ぼうと必死に背伸びをするかわいい男の子にしか見えない。

彼はSomewhereで真っ先に踊り始める無邪気さを持ちながら、終盤で無理矢理アニタへの暴行に加担させられ、ドクが入ってくると部屋の隅へ逃げて泣きじゃくっていた。ラストシーンでもAラブに支えられながら覚束ない足取りで去ってゆく。本編中ではあまりクローズアップされないけれど、もしかしたら彼の少年性は少なからず物語のキーとなっているのではないか。

 彼の存在に気付いてからの私は、主演のキャラクターもそっちのけでずっと彼の行動を目で追いかけていた。観劇後はもちろん一回目と同様に落ち込んだけれど、ベイビージョンの存在に気づけたことは私の中でとても大きかった。トニー、マリア、ベルナルド、リフ、アニタ以外は正直モブのように見えていた初観劇時と違い、ジェッツやシャークスのメンバーにもそれぞれ個性があることに気付いたのである。

今思えば、この時の私は既に「ただのミュージカル好き」から「ミュージカルオタク」へのランクアップの階段をのぼり始めていたのだ。

観劇後、私は数日後の仙台公演のチケットをもう一度とった。今度は宮城在住の友達も誘った。しかもこの回はリハーサル見学会(所謂リハ見)付き。友達は用があったのでリハ見は1人で見に行ったが、前から10列以内でめちゃくちゃよく見えたしなんなら司会役のH原さんと目が合った気がする(気のせい)。あと通路横の席だったのでダンスリーダーのS庄さんが駆け抜けたときの風を全身で浴びた。すごい。ベイビージョン役のT川くんは一見ひょろっとしているのに手のひらが大きくて男の子らしいことに気付いて少女漫画のヒロインみたいなトキメキを覚えた。

本番では地方の劇場の2階席隅だったので遠くて見づらかったけれど、またベイビージョンの行動をひたすら追いながら、MamboやCoolで大興奮し、Somewhereとラストシーンで滂沱の涙を流した。ちなみにこの時一緒に行った友達にはあまり刺さらなかったようで残念…私と同じようにもう一度見れば何か引っかかったかもしれないけど。


その後、満を持して地元の古い劇場での公演があったのだが、チケットはとっていなかったしそもそも発売後即完売状態だった。しかし諦めきれない私はダメ元で当日券を狙って劇場前に行くと、そこには3人ほどしか並んでおらず、余裕で当日券がとれた。当時私は東京公演でも安いB席やC席をとるのが普通だったので、当日券でS席に座ったのはこの時が初めて。こんな顔してたんだ!?と思うところがたくさんあってそりゃあもう大興奮。地方公演ならではの拍手の少なさではあったが、曲の終わりと拍手のタイミングを既に熟知していた私は常に10人分くらいの熱量で拍手をした。

初観劇時に「良かったねぇ」と呟いていた女性に首を傾げていた自分はもうどこか遠くに行ってしまった。まばたきすら惜しいと思うほど、舞台の一瞬一瞬を目に焼き付けるのに必死だった。音楽、演技、ダンス、歌、衣装、舞台装置、照明……すべて息が止まるほど圧倒的だった。劇団四季の『ウエストサイドストーリー』はすごい。人生を変える力がある。


この時のWSS全国公演の観劇は残念ながらこれが最後。しかしこの一か月の観劇体験は私にとってかけがえのない経験になった。この期間中、私の頭の中は常にWSSで一杯で、とにかく満たされていた。ひたすら楽しかった。ちなみに私はこの時はじめてツイッターに観劇趣味用のアカウントを作った。立派な「ミュージカルオタク」誕生の瞬間である。

その後私は映画版を何度も見まくり、CDを聞きまくり、解説本を読み漁った。youtubeで海外の公演の様子を覗き見たり、2、3年前に国際フォーラムでやったシネマコンサートや、去年某360°劇場でやった来日版も見に行った(日本人キャスト版は解釈違いを起こすんじゃないかと心配で悩んだ末見に行ってない。行けばよかった…)。

(ちなみに来日公演ではSomewhereをエニィボディズが歌っていたことが衝撃的だった。Somewhereだけでなく、かなりエニィボディズをクローズアップした演出が多くあって、この時代に彼女が男装している理由などを考えると納得感があってめちゃくちゃ好きな演出だった。また見たい)

 

私よりもっとWSSを好きな人やもっとたくさんのカンパニーの公演を見ている人、もっと裏話や豆知識を知ってる人なんていくらでもいると思う。私はまだWSS歴(?)も短い。でも私はWSSを心から愛している。劇団四季が再演したらめちゃくちゃ通いたい。有給とって連日マチソワしまくりたい。海外にも見に行きたい。色んなカンパニーのWSSが見たい。WSSは間違いなく私を私たらしめるものの一部になっている。

私はWSSを見るたび、今日こそはトニーが生き延びるのではないか、リフもベルナルドも生きて、そしてトニーとマリアは皆に祝福されるのではないか、そう思いながら彼らの姿を追いかけてしまう。

それでも悲劇は美しい。悲しい結末があるからこそ、それまで懸命に生きようとしているトニーやマリアやジェッツとシャークスの少年たちの姿が、私の目に鮮明に美しくうつるのである。

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