見出し画像

続けるって大切

この前は継続の概念みたいな話を書いたんですけど、今日は自分の経験を通して得たものの話です。

はじまりは唐突に

私、アカペラサークルに大学4年間所属しています。そのアカペラサークルでの出来事です。

一年生の夏休み頃、友達に誘われた外部のアカペラ合宿。その時の私は何故か野望はあったけど、アカペラはド下手クソで何も分からない。その合宿のことあんまり知らないまま、二つ返事。あんまり練習せずに参加。結果はボロボロ。今考えるとやる気ないクズ(笑)
でも、これが私のアカペラ人生のターニングポイント①だった。
実はこの合宿は外部のものかつ有志なので、他大学の学年問わずやる気ある人が集まっていました。そして組まされるバンドにはレジェンドアカペラーが1人いるようになっているというやる気ある人にとって最高の合宿だった訳なのです。
私はそんなことなんてつゆ知らず参加したんですが、周りの同い年の子がまぁやる気あって上手なこと!
「え!?同い年で同じタイミングで始めてたったの4ヶ月でこんなに違う!?」
自分のサークルでは見たことのなかった景色に衝撃的で、私やらなかったからずっとド下手クソだったんや…と突きつけられました(マジで当たり前のこと気づいてるけど一年生の頃だから許して)
それと同時に、その子達と仲良くなって、刺激されて、「私も上手くなって、この子達に置いてかれないようにしたい!同じ土俵立ちたい!」という想いが芽生えました。
私の真剣スイッチがここでONしたのです。

まあそう簡単にはいかんけど切り口はひとつじゃない

真剣スイッチが入った私がやる気満々でサークルに帰ると、組んでいたバンドは解散するわ、一年半付き合ってた彼氏にはフラれるわ散々の様。私のアカペラの場所なくなった…辞めようか…と傷つきまくった私。真剣の行き先はどこ…と病んだ頃、外部合宿で成り行きでした音響の影響で音響班に配属されました。
その頃の音響班というのは出来立ての班で、とにかくプロに指示されたとおりにするだけの班でした。
でも、アカペラをしなくても係があれば堂々とサークルに居られるんです。
任せてもらった仕事はちゃんとやろ〜くらいの気持ちでスタートしたこの事がターニングポイント②です。

指示待ちじゃなくて君達がやるの

そうやってぬるっと始めた音響班でしたが、夏が終わり秋がやってくると一年で1番本腰を入れる冬のライブが近づいてきました。ちなみに一年目なので風の噂くらいしかどんなライブかは知らないけど、とりあえず大事な行事だと。
そしたらびっくりする一言をライブリーダーの先輩から言われます。
「指示待ちじゃなくて全部君たちがやることなの。それが音響班の仕事。」
………ん?………え!?!?!?
一応先輩も班にはいたものの、そんなこと誰も言ってないしやろうともしてなかったので、びっっっっくり。
え?今まで指示されてたことをあと残り半年で自分達で出来る様にしないとダメなの?ちょっと待て、誰もできないぞ?
そういう心境でした。
これがターニングポイント③。

誰も出来ないなら自分でやればいい

私はとにかく分からないし焦るばかり。そんな時に合宿に誘ってくれた友達が、「次はその合宿主催の団体がストリートライブするから機材の手伝いしに行くぞ!」と。
私フッ軽なので、よく分からないけどまた二つ返事で行くことに。
ここターニングポイント④!
行ってみたらまぁびっくり。強豪他大学の音響班がうちらの3倍くらいの人数居ました。え?多い…!と思ったら、なんと3年生の先輩も居る。先輩も居るの!!!しかもめっちゃ先輩が率先して動いてて全部の事の指示出してるよ!!!
4人しか居なくて、先輩も何も知らなくて、いつも指示待ちかつ実はやってるのはほんの一部分だけだった私は、本当にびっくり。
「これが、自分でやるってこと。これこそが音響班のやるべき仕事。なのか。」
でも誘ってくれた友達はもう何処かで誰かと仲良くやってるし、私1人だし、んーこれは負けじと食らいつくしかない!出来ることするしかない!
今先輩になって客観的に考えると、弱小サークルの一回生がひとりで来て、何か出来ることさせて下さい。って凄い根性あるなっておもうけど、その時の私はまさに「必死」
あと半年でこれをたったの5人で、しかも全員初心者でやらなければならない事への焦りと不安でいっぱいになりました。

2回目のストリートライブのお手伝い

1回目は圧倒されて殆ど何も出来なかった。でも色々気づく事ができた。
2回目がやってきました。焦ってますから、勿論行きます。ここで強豪校の先輩が私に気づいて輪の中に入れてくれました!(先輩ができる人すぎる。見ず知らずの一回生を巻き込んでくださった…)
そして、沢山のことを自分のサークルの後輩と同じように教えてくれたんです。
「え?全然違うサークルなのに、とっても良くしてくださる…。」
またまた衝撃。ターニングポイント⑤。
必死ですし折角の機会なので、その先輩の周りをキープして観察して質問して…としているうちに私はその先輩ともその後輩とも仲良くなりました。

3回目以降はもはや人に会いにいくつもり

3回目にはもう慣れて、仲良くなってるし、手伝いかつお勉強は勿論するものの、会いたくて通い詰める様に。
そしたら段々と音響も覚えるし、益々仲良くなるしで楽しくて嬉しくてたまらない!!!
通い続けたから仲良くなれた…辞めなくて良かった…続けるの大事かも…
もはや自分のサークルにいる時より刺激沢山で楽しい!
反対に自分のサークルの問題点が浮き彫りになって、これはどうにかしなければなと思い始める様に。

そうする内に初めての冬ライブ

結局私だけが飛び抜けて知識を得たので、先輩を差し押さえリーダーシップを握らせてもらい、ライブは大成功。
プロの方には助けてもらいながらではありますが、一年生ながらリーダーとして指揮を握り成功させたのだから、我ながら立派でしたよね。
そしたらサークルでアカペラをしてなかったのに認められる様に!!!!人権確保です!!!
居場所を作り出せたんです!!!!
通い続けて仲良くなって教えてもらったお陰だ…良かったなぁ。
ここまでは挑戦って大事って教訓になりますよね。

アカペラしてないのに幹部になっちゃった!

認められたと共になんと2年生で四年生までいるサークルの幹部に選出されました。
前々からどうにかしなければ…とは思っていたので、これを機会に!と必死で頑張りました。
その間もストリートライブには手伝いに行き続け、強豪サークルの観察と分析をしては持ち帰りとしていました。
1年間の幹部の経験を経て、だいぶしっかりした2年生の終わりの私に一報が。

委員にならない?

あのストリートライブの団体の委員になるお誘いです。この委員っていうのは基本強豪サークルから選ばれるものなのです。
私は弱小サークル。勿論私のサークルに前例などない。わたしが初めて声かけられた人です。
私はもう既にこの団体のお陰で人権確保と憧れの先輩と友達を作れたというバリューがあり、大好きなので、断る理由もなく委員になりました!
なんで私なんですか?と委員の先輩に聞くと、毎回お手伝い来てくれてたし、プロの人とも仲良いし!と。
続けて良かった〜〜〜〜〜!
心の中で心の底から叫びました。
まず第一続けて良かったポイントですね!
他の委員のメンバーは全員強豪サークルからきたアカペラ超上手な頭も賢い人達。
幹部をした経験から、頭の賢い人達と私の違いを知り、これもまた必死で自分のできる事を探してやる日々でした。でも、刺激があって、交友関係もどんどん広がって、自分のサークルには居なかった尊敬できる先輩が何人も居て、めちゃめちゃ上手でやる気のある同期の友達が沢山できて、楽しいことばかりでした。

そして4回生最後の委員の仕事

気がついたら4年間通い続けていました。でもなにか大きな功績を残した訳でもなく、私がめちゃめちゃ学ばせてもらって、友達いっぱいできたっていう。いうたらほんまに得たことしかない!本当にありがとう!って自分の中では感じていました。
でも周りを見渡すと…
アカペラしてない奴なのがあり得ないくらいバリバリ活躍してるアカペラーと軒並み友達に。
他大学の知らん後輩にも名前覚えられて色々聞かれる様に。
委員の仕事してたら感謝されるように。
サークルでも重宝されるように。
あれ…?一回生の夏と全く環境が違う…。
私、アカペラしてないけど、活躍してる子と同じ目線で話してるやん!
なんならめちゃ褒められるやん。重宝されてるやん。後輩から頼りにされてるやん。

そして帰りにはそうやって出来た他大学の複数の友達がお疲れ様!と花束のプレゼントをしてくれました。

こんなに一回生の頃の私と違う世界が見れる様になったのは、ただ行き続けただけ。
でも1回でもサボったら、こうならなかった。

続けるって偉大。そして大事。

この記事が参加している募集

最近の学び

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?