現代版シンデレラにありがちなこと。

むかしむかし、

シンデレラという若い娘が、継母と二人の義姉にマウンティングされて暮らしていました。

前向き女子なシンデレラは、なんとか楽しみを見つけようとちぎりパンをインスタにアップしたり、裏庭でボルダリングをしたりしながら「私は幸せになれる!」と声に出し、引き寄せの法則を信じていました。


そんなある日、西船橋の駅前を歩いていると、チラシ配りの美容師に声をかけられました。

「お姉さん、カットモデルやらない?」

金髪で、ロンブーの敦似の彼は、強引にシンデレラを引き留め、話を続けました。

その話術は凄まじく、まるで悩みを見透かされるようだと感じたシンデレラは、すぐにその男に好意を持ちました。

LINEを交換した二人は、その日から連絡を取るようになったのです。


ある日、美容師は言いました。

「今度ホームパーティをやるんだ、よかったらうちに来ないかい?」


シンデレラは迷いました。

自分に自信がなかったからです。


なので彼女は、オシャな髪型や洋服をキュレーションサイトで必死に学び、ワンランク上の女を目指しました。

そして、ホームパーティに参加する決意をしたのです。



彼の家は初台にありました。

友達とルームシェアしてるという噂通り、部屋には複数の男女の物と思われる服や小物が、モデルルームのように配置されています。

パーティのメンバーは、看護師、消防士、コンサル業。あとは全員SEで、全員が株か副業をしていました。

みんな羽振りが良さそうです。


「料理は俺が作ったんだよ。この無水調理鍋で作ったのさ。食べてみてよ!」

シンデレラは無水調理鍋というものを初めて知りました。 

この鍋で調理するだけでダイエット効果があり、栄養も効率よく取れるのだと美容師は言います。

「すごいわ…!まるでフェアリーゴッドマザーの魔法のお鍋ね!」と、シンデレラは思いました。

この魔法の鍋が、ヤフオクで大量に売られている事などこの時は知りもしません。


「シンデレラってさ、水ってどうしてる?もしかしてミネラルウォーター買ってるの?」

いつもお庭の井戸水を飲んでいるわ、と言うと、会場の全員がギョッとした顔で彼女を見ました。

あり得ない、本当に何も知らないのね、可哀想、などと、彼らは言います。

「この浄水器はね、菌という菌をすべてキレイに取り除いてくれるんだ。俺はこれを使い初めてから風邪を引かなくなった。看護師の佐藤ちゃんは、SARSが流行ってもこれを使ってたから感染しなかったんだよ。消防士のA井は、アトピーも克服したんだ!だから、継母達の性格も、この水を飲めば改善される可能性があるよね!」

無知なシンデレラは、彼の話を信じました。

「フェアリーゴッドマザーの魔法だわ!魔法の浄水器なのね!」とシンデレラは感心し、その魔法を手にしたいと思い始めます。


美容師は言いました。

「シンデレラちゃんはさ、可愛いんだから、もっと美意識高くしなきゃもったいないよ。ね、今度メイクしてあげる!」



シンデレラは、美容師に誘われるがままに渋谷のビルに足を運びました。

新しく、大きく、そしてオシャレなビルでした。

あれよあれよというまに、彼女は化粧をされ、次の日は栄養学のセミナーに出席し、気がつくと高級な醤油や完全無農薬コーヒー等を買っていました。

心優しいシンデレラは、これらを使って料理を作れば、継母達のイジワルなマウンティングすら改善されると信じていたのです。


彼女は毎週のようにセミナーに通いました。

どれもこれも魔法のような売り言葉で、素晴らしい商品のように思えます。そして、あの建物に行くと孤独や淋しさが紛れる、と彼女は思いました。



「こんなに素敵な物に巡り合わせてくれるなんて、あの美容師さんは王子様だったんだわ…!」

シンデレラはすっかり美容師と魔法の商品に夢中です。

足元で、かつて親友だったネズミやトカゲが話しかけても、もう言葉は彼女に通じません。


「王子様、私、もっと王子様の隣にふさわしい女の子になりたいの、だって…あなたの事を…愛してるから…。」

シンデレラは、溢れだす気持ちを美容師に伝えました。

美容師は笑顔で彼女の瞳を見つめます。

「愛してくれてるのなら、君の友達、家族、同級生、そう、回りの人間すべてにこの魔法の商品を勧めてくれないかい?

僕はね、君自身にも、君の回りのす人にも、この魔法を広げたいのさ。みんな幸せになれるだろう?

フェアリーゴッドマザーの魔法を、世界に広めて欲しいんだ…!」



心優しいシンデレラは、ありとあらゆる知人や森の仲間にフェアリーゴッドマザーの魔法の鍋を売りました。

月末になるとノルマが達成出来ず、自分で8コ購入する月もありましたが、魔法の力を信じて頑張りました。

友達が減り、知人とも疎遠になっていくのですが、彼女は魔法を信じているので、回りの人の方がおかしいと思い始めます。

のめりこむように鍋を買い、セミナーに朝から通い、いつも似たようなメンバーでBBQなどをしてリア充ごっこを楽しみます。

彼らはFacebookのイイね!の数こそ人間の価値だと思っていて、必死に一人じゃないアピールをします。シンデレラもそれに習い、SNSにのめりこみました。

コメント欄には「ヤバイw」「パナイw」などの浅い日本語が並びました。それだけで人気者になったような気がするので、とても不思議です。


その後も、フェアリーゴッドマザーの魔法はなかなか解けませんでした。

財布が空になっても、友達がいなくなっても、シンデレラはひたすら鍋を売り続けました。


そして死ぬまで働き続け、完全無農薬の醤油の効果も虚しく病気になり、結婚も出産も出来ず、山ほど在庫を抱えてヤフオクでもさばけなかった無水調理鍋に囲まれて過ごしました。



王子様は言いました。


「シンデレラ、今月のノルマ足りてないよ?これじゃ俺のランクが落ちるじゃん。

使えないな、このドブネズミが。」

 


シンデレラは泣きました。

しかしその声は、かつて仲良くしていたネズミやトカゲやガチョウさんにも届きません。当たり前のことです。


フェアリーゴッドマザーの魔法が解けたのは、死んだママの歳より、うーんとうーんと歳をとった頃でした。

目の前に広がるのは、一人ぼっちで過ごした家の屋根裏より、遥かに孤独で希望のない現実です。


そんなシンデレラの元に、フェアリーゴッドマザーが現れました。

それはまるでおとぎ話から飛び出してきたような、キレイな女性でした。

彼女は、老いたシンデレラの手をとり、こう言いました。

「シンデレラ。優しさと勇気さえあれば大丈夫よ、

そう、この魔法のサプリメントを買えば、ね。」

犬飼いたい