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殴った右手が痛くない

旦那が風俗嬢と隠れてコソコソラブラブラインをしていた件で、これらの行為を浮気とみなし、次やったら離婚するという誓約書を書かせた。

この件で私の白髪は一気に増え、肌は荒れ仕事を休み、メンタルはボロ雑巾になった。あんなに結婚したくて結婚したというのに、男はやはり約束なんて覚えていないし、妻を軽く見ている。心底ナメているのだ。

数日間、睡眠薬で無理やり眠る日々を過ごし、不満で腐ったブスな女と成り果てた私の感じた事を記しておきたい。

もろもろあってこの事件が発覚し、証拠を押さえて突き詰め自白させた際、私は怒りに狂って旦那の頬をぶっ叩いた。

バッッチーーーン!!!
ものすごすく良い音が出た。
音響的には100満点のビンタだ。
元気デスカーーッッ?!?!と言いたくなるほどの猪木感。私の右手は猪木の右手。ベットで横になりながら白状した無神経な男の頬から、586メガヘルツくらいの爆音が響いた。

しかし、私の右手は痛くなかった。
よく漫画で「殴った方の右手が痛い…」的な表現があるが、それを全く感じなかった。なぜなら向こうが1063458267426%悪いからだ。私に罪悪感など微塵もない。よって痛くも痒くもなかった。

こんなこと繰り返すのも馬鹿らしいし、人を疑いながら生きるのはあまりにも辛すぎる。そんなことならいっそ一生楽しくオタクをしていたいと思ったし、30過ぎて愛だの恋だの旦那と揉めるのは心底馬鹿らしかった。
同じ方向見て歩くっていって結婚したのに、お前と私が戦ってどうすんだよ。何が夫婦だ。先月セックスレスだった私を差し置いて風俗か。お前のチンコはアクセサリーかよ。死ね以外の感情が出てこなかった。勃起薬持ち歩いてるとかありえないから。

貯金半分こして今すぐ離婚でいいと本気で思った。
あんなに結婚したかったのに、この一件はやけにスッと離婚でいいや、と思えてしまい、離婚を提案した。
嘘かほんとかわからないが、離婚はいやだと言うので、納得できる方法を探した。
そして、法的に有効な誓約書を書くことで話はまとまった。

こんなことする女になりたくなかった。
こんなことする女にしないで欲しかった。

それが一番の感想だ。

それでも、後日誓約書を書かせた際に、殴ってごめんねと謝った。

本当は私だってこんなことしたくなかったから。こんなことする女になりたくなかったから。

そこは素直にごめんねと伝えたところ、旦那は「反射的に痛いといったけど、全然痛くなかった。殴りなれてないってよくわかった。だからこそ、そんなことさせてごめん。」と言った。

ここで謎の怒りと反骨精神が顔を出し始める。

痛く、なかった…だと…?

「あれがまじで命の危機を感じるビンタだったら、反射的に殴り返してたと思う」

は…???????

この時点で、もはや私の顔は今KISSのボーカルみたいになっていた。ヘビィメタル。悪魔の導きを感じる。火炎放射器が家になくて良かった。世田谷区を火の海にしていたに違いない。オーストラリアの森林火災よりもニュースになるほど全てを焼き尽くしてしまっていたはずだ。そこには旦那の骨すら残らない。残さない。1ミクロンも残さずに灰にしてウンコと共に下水に流してしまうところだった。世田谷区の人は今生きてることを私に感謝して欲しい。大切なことだから2度言いますが、火炎放射器が家になくて本当に良かった。

それでも悔しかった。
何もかもが悔しかった。

殴っても痛くない右手、殴られても横になったままの旦那。ブスな風俗嬢。メンヘラみたいなLINEプロフィールの風俗嬢。そんな女の営業に、にややしながらこそこそしながら返信して楽しんでいたなんて、殺意が湧く。
仕事疲れたー足揉んでーと言っていたお前は、風俗でちんこ舐めてもらっていただけじゃないか。

こんな男のために、服洗ったり掃除していたのかと思うと、今でも許せない気持ちでいっぱいになる。誰か私の右手を押さえてほしい、フリックをやめたら包丁持ち出してしまいそうだよ頼む、書いてて怒りが再沸騰してきた。時を戻そう、、そう、そんな怒りを感じたっていいじゃないか、平穏な夫婦生活を脅かしているのはお前なのだから。私は悪くないよ。残業した後でも家のことちゃんとやって、忙しかった12月を乗り切ったじゃないか。

そんなこんなで私は「素手で人を殺せるくらい強くなりたい」と思うようになった。

この一件の後から、筋トレを再開し、ムエタイか何かのジムに通いたいと思い始めている。

誓約書を書いたぐらいで浮気性は治らないと思うので、次に見つけた時は誓約書の通り、即金で現金300万を払ってもらうんだ。

怒っても泣いても、旦那はごめんねと言ってシャネルのバッグ買ってくれるわけでもなければ、花の一つも買ってこないし、新婚旅行の計画も考えてくれなければ、テレビのアンテナを直してもくれないから。 

風俗行く時間はあるのに、私への謝罪のために何かする時間は30分もないみたいだから。

もはや楽しみと思うことにした。

次に見つけたら300万もらうんだ。
300万貰ったら、火炎放射器買うんだ。
いや、お金もったいないから素手で殺そう、
300万貰った後に素手でぶち殺すんだ。
今から筋肉鍛えとこう。
そうやって乗り切ることにした。

こんな女になりたくなかった。

お母さんみたいに、呑気で能天気で、ほんわかムーミン谷の住民みたいな奥さんになりたかったよ。

でも、もうなれないんだ。
なれるわけないよ、こんな裏切りの後、ムーミン谷には戻れないんだよ。
出禁だ出禁。人を殴ってしまったんだから、もうムーミン谷には戻れないんだ。永久追放だ。さようならムーミン。そしてこんにちは生き地獄。殺意と嘘と疑いしかない、地獄の生活の始まりだ。

今、私の目の前には修羅の道が広がっている。
だから素手で人を殺せるくらい強くなる必要があるのだ。
命と書いてタマ、タマを取る。そうだね、金玉を取ってやろう。素手で去勢してやる。私の右手は、もうビンタなんかでは済まされない、愛は深いほど憎しみもまた深いのだ。身をもって思い知れば良い。
明日からもう一度北斗の拳でも読み直そう。
世の中は理不尽なものだと再度確認しよう。
なんならついでに刃牙も読み直そう。
背中に鬼を宿そう。
アメリカ政府が保身のために同盟を持ちかけてくるほどの強さが欲しい。今すぐ範馬勇次郎になりたい。
どうせ地獄でしか生きられないのなら、勝手に楽しく生きていく。

こうして、旦那に優しくできなくなっていく自分が何より悲しい。
私の良いところ、どんどん死んでいくね。
ばいばい、優しい私。
でも大丈夫だよ、だってもう大人だから。
次やったら300万もらえるから。
私の価値、たった300万分しか無いみたいだから。うけるね!年収以下!!

人に期待するのをやめると楽になる、なんて大嘘だな。
好きな人のこと、信じられなくなるのがこんなにキツイなんて、知らなかったよ。
教科書には載ってなかった真実をまた一つ理解してしまった。

でも大丈夫、私もう大人だから。
それでも明日が来るの、知っているから。
人生の全てがネタだから。
全部食べて血肉に変えるから。
素手で人を殺せるようになってやるからな。

そう言ってペンライトをダンベル に持ち替えると、女は筋トレをしながら夜の街に消えていった。

本当は、人をを憎むよりも愛したいーーーー

そう呟いた女の涙は、推しの色に変わっていた。その悲しいまでに美しい緑色は、この世の理不尽をまともに受け止めるのを辞めた証のようだった。

fin.

このお金で一緒に焼肉行こ〜