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ショートショート 「知の極み」

レトロな外観を呈する木造の喫茶店。
この店の中二階の隅のテーブルで青年と魔女が珈琲を飲んでいた。
青年の名前はひろや。
彼は市立中学に通う14歳の学生だ。
そして魔女の名前はめぐみ。
彼女は黒瓜魔女学園に通う学生魔女で年齢は不詳。
ふたりは「神秘主義サロン・天下茶屋魔法クラブ」が主催する魔術講習会で知り合った。
ひろやは生徒として、めぐみはアルバイト講師として、それぞれ会に参加していたのだ。

「なぁなぁ、ひろやさん...」
「なに?」
「あんた、なんで魔法クラブに入会したん? 魔法覚えてどないするつもり?」
「オール2の成績をオール3にすんねん。このまんまやとロクな高校行かれへん」
「ほな魔法やなしに五教科勉強せな。教えたろか? うち勉強得意やねん」
「ええわ。無理や。おれあほやもん。おれだけやない。家族皆あほやもん」
「そやかて魔法で人の能力を上げるんはめっちゃムズいねんで」
「そうなん?」
「うん。魔法レベル10要るもん」
「へえ、知らなんだ。そんな難しいんや?」
「うん。うちかてまだ出来へん」
「がーん...」
「逆に人の能力下げんのは魔法レベル3で事足りるし、比較的簡単やけどな」
「おんなじ魔法でも難しさにそない差ぁがあんのか...」
「そやで」
「ちなみに人の能力下げたい時はどないすんのん?」
「ある薬を飲むねん。ほんでから、誰のどんな能力を下げたいんかをゆうねん」
「口に出して?」
「うん」
「それだけ?」
「うん」
「なーんや」
「…あんたな、ゆうとくけどその薬作るんごっつい大変やねんで」
「ふーん。大変でもええし、作り方教えてぇや」
「教えたってもええけど、オール2のあほには絶対覚えられへんわ」
「キっツい言い方すんなぁ...」
「間違いない」
「念、押さんでも...」
「いろんな生きもんや木の実をぐつぐつ煮込んで作るんや。薬はそれらのエキスの結晶やねん」
「ほな今度それ作って来て、おれにちょうだいなぁ」
「あつかまし。そない簡単に...」
「ババロアご馳走するし。ここのババロア結構うまいねんで」
「ババロアかぁ...」
「なぁなぁ、めぐみさん...」
「なんやの?」
「来月の講習会も講師のバイトやんのん?」
「やるよ」
「ほな帰りに道頓堀でうどんご馳走するわ。ババロアとうどん。どや? これで手ぇ打たへんか?」
「うーん...」
「分かった分かった、ぜんざいも奢る。これで文句ないやろ? 難波にな、そこそこ名ぁの通った店があんねん。先だっておかんとデパート行った帰りに...」
「しゃーないなぁ...」
「へへ、おおきに」
「先払いやで」
「しっかりしてるわぁ...。了解。よう覚えとく。薬より先にうどんとぜんざいな」
「ババロア!」
「言わいでも覚えてるがなぁ。...すんませーん、ババロア一人前!」
「ところで能力下げてどないする気ぃやのん?」
「ちゃーんとな、考えがあんねん。ひひ...」

一ヶ月後、ひろやはさっそくババロアとうどんとぜんざいと引き換えにめぐみから入手した薬を飲んでみることにした。

「うわあ、にが...。いやいや、そんなことゆうてる場合やない。誰のどんな能力を下げたいんか早よゆわんと。えーっと...おれ以外の人間、皆おれよりあほになれ! 歴史上存在した人間も含めて皆や!

そう言ったきり、ひろやは気を失ってしまった。
意識を取り戻したのはしばらく経ってからのことで、なぜか腰巻き一丁で埃舞う荒野に突っ伏していた。
5メートルほど先の藪の中からオオカミと思しき動物がこちらの様子を伺っているのが見える。
ひろやは思わず「なんや、これは!?」と声に出し掛けた。
しかし上手く発声することが出来ず、代わりに獣の咆哮のような奇声を上げたのだった。

「ウホ、ウッホッホ!?」

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